アナザーストーリー

加賀倉 創作(かがくら そうさく)

アナザーストーリー

大しけの海原に、怒号の如く雷鳴が鳴り響く。濃い灰色の空を背景に、遠くの方で漁船が、荒波と滝のような雨に襲われているのが見える。船がついている突堤には、無数の亀裂が走っており、長年使い古されていることが見てとれる。漁を終えた船からは、決して多いとは言えない量の魚が引き揚げられた。とれた魚は、そのまま朝市へと運ばれるようだ。


「おっちゃん、このホタテ、いくら?」

「ホタテはいくらでねぇよ。ホタテはホタテだぁ」

「もー、冗談上手いんだから。最近の魚屋は腕っ節が違うわねぇ」

「おっ、そんな褒めてくれるなら、おっちゃんおまけしちゃおうかなぁ」

「えー、それは嬉しいわ。じゃあ二人分もらおうかしら、大盛りでねッ」

「あいよ、二人前で千二百円ね」

「ありがとー」

「まいどありぃッ」

 市場は相変わらず賑わっていた。どこもかしこも、新鮮な魚介を楽しもうと涎を垂らしながら練り歩く観光客でいっぱいだった。しかし、魚屋の親子は神妙な面持ちだった。

「おやじ、昨日は一人前五百円だったのに、今日も売れるね」

「あぁ。これだけ不漁が続いて値段が高くても、多くの観光客が、海の幸を求めてやってくる」

「年々漁獲量が減ってるけど、このまま続けられるのかな」

「まぁ、しばらくは大丈夫だろう。状況はどうあれ、美味しい海の幸を皆に届けるのが、俺たちの仕事だからなぁ」


 その頃海底では、湯水の如く海産物を消費する人類を批判する声が強まっていた。


「O姫さま、人間たちは、海の生き物を乱獲しています。このままでは海の生態系が崩壊してしまいます。どうにかなりませんでしょうか」

タイがそう言った。

「そうですね。我々の城もいつ目をつけられるか、時間の問題ですね。何か手を打たなければ」

と、不安そうなO姫。

「O姫さま、欲深い人間どもに一泡ふかせてやりましょうぞ。タコよ、そのどでかい頭に詰まった脳みそで、何かいい案を思いついてはくれないか」

ヒラメがそう提言した。

「そうだなぁ……地上に強力なウイルスを撒き散らすというのはどうでしょう」

タコがそう答えた。

「名案ですね。タコさん、あなたにウイルスの開発をお任せします。ただし一つ条件があります。そのウイルスは、我々には作用しないよう作らねばですね。人間だけに効くようにできますか」

「できます。少しばかり、人間のDNAサンプルが必要ですが。あ、いいことを思いつきました。カメに力を借りましょう、彼は肺呼吸ができるから、地上で人間をおびき寄せられる」


 彼らの思惑にまんまと引っかかり、U氏という男が、カメに連れられて海底の城にやってきた。どうやら、心無い少年たちにカメがいじめられているところを、U氏は助けてくれたようだ。お礼として、豪華な食事を振る舞った。その裏では、作戦が着々と進んでいた。

「さげた皿を持ってこいッ。あの男の唾液から人間のDNAを抽出するんだッ。男が帰るまでに、寝る間も惜しんで、なんとしてもウイルスを完成させるぞ」

タコが作戦の指揮をとっていた。ウイルスを完成させるのは、そう容易ではないようだ。

「どうにか時間を稼いでくれッ」

海の生き物たちは、時間稼ぎに必死だった。最初は宴を開き、飲み食いし、歌って踊ればよかったものの、そのうちU氏も飽きてしまう。彼は地上へ帰りたがることもあったが、O姫が誘惑し、なんとか足止めをした。

「ついに完成したぞ。これで人間どもを再起不能にできる」

 一週間が経ち、ちょうど時間稼ぎの策も尽きたところでウイルスは完成した。別れ際にO姫はU氏に記念にと言ってウイルスの詰まった箱を一つ託した。


海底の生活を楽しんだU氏は、カメに乗って地上に戻った。記念品として貰った箱を開けると、彼は霧のようなものに包まれた。突然気だるさに襲われ、肌の様子もおかしかった。そして、彼は水面に映った自分の姿を見て驚いた。

「なんだこれは、お爺さんになっているじゃないか」

途方に暮れた彼は、村へ戻ったが、知っている者は誰もおらず、自宅があった場所は空き地となっていた。その上、村人たちはU氏を見るや否や、不気味がって逃げていくのだった。

「確かにお爺さんにはなったが、避けるほどの見た目でもないだろうに。どういうことだ」

ふと後ろを振り返ると、踏み分けてきた草木が枯れていた。

「これは偶然ではないな。ひょっとして、この草木も老化しているのか」

 彼の予想は当たっていた。最悪の事態を想像して、周囲に注意を呼びかけようとしたが、遅かった。通りがかった少女が、草木が不自然に枯れているのを不思議がって、彼が踏んだところを手で触った。彼女は瞬時に老婆に変わり果てた。

 

 U氏を地上に送ったカメは、海底の城に戻り、作戦の成功を報告していた。

「みなさん、作戦は大成功です。海に戻ったふりをして岩陰から見ていましたが、あの男、まんまと箱を開けていましたよ。その後、ウイルスは他の人間にもうつり、パニックになっていました。じきに地上全体に広がり、人間は漁をする能力がなくなるでしょう」


 カメの言った通り、地上には老人が溢れかえり、全ての経済活動はストップした。そのおかげで、海の生き物は順調に数を増やし、海中には活気が戻っていた。


しかし、今度は別の問題が起きた。海の生き物は増え過ぎたのだ。


「O姫さま、大変です。我々海洋生物は増え過ぎた結果、住むところに困り、縄張り争いが起きています」


 最初は小競り合いだったのが、大戦争に拡大し、ついには、海中には小魚一匹たりとも残らなかったのである。


〈完〉

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