升目の中に人
もちもち
升目の中に人
「サグラダファミリアにマホージンがあるのを知っているかい、松島」
深夜テンションにもほどがある、と思った。
サグラダファミリアに魔法陣?
サグラダファミリア自体は分かる。スペインのどっかにある建設中の教会だ。最近、何かの技術が進んだとかで、やっと完成時期の見通しが立った、とかニュースで見た覚えがあった。
建築時間が長すぎて、すでに修復が始まってると言っていた未完成の塔。
一度目にすれば、忘れるのも難しい姿をしている。
で、守山が言うには、その自然物にも見える教会に、漫画やアニメでよく見る円の中に文字やら記号やらがいっぱい詰まった模様(?)があるのか。
いや、もしかしたら俺と目の前の(深夜にしては昼間の道すがらで挨拶してきたみたいな顔をしている)男とは、思い描いている『魔法陣』が違っているかもしれない。
俺はいつかの妙高山の経緯を思い出していた。
「魔法陣て、なんか、丸くてごちゃごちゃしてて、何かを召喚しそうなやつか」
「うん?」
これは違うらしい。ピンと来てない守山の表情にピンときた。
守山も、俺の言葉を吟味したようで、小さく頭を傾げて考えている。だが、すぐに察したかパッと顔を輝かせた。
「違うね」
朗らかに。
「松島の言ってるのは、たぶん魔術で使われている魔法陣のことだね。
魔法陣という名前は、かの水木御大が作品の中で使った呼称が始まりで、西洋魔術の伝統としては魔法円と呼んでるそうだ。
術者が中に入って、呼び出すものから身を守るためだったり、自分の術力のブースト的に使ったりするんだってね」
そこまでは知らないんだが。水木とは、水木しげるのことだろうか。まったく西の方から来た言葉だと思っていたが、まさか祖国発祥の造語だったとは。
一つ投げ込めば十返ってくるようなデータベース守山だが、言葉の端々から、彼も誰かから話を聞いて知っている様子がうかがえた。
この男の周りにはどんな人間がいるんだろう。
「さて。俺が言ったのは『魔方陣』。ホウは方角の方だよ。
n × n 個の正方形の方陣で、縦横・対角線のどの列の総数も同じ値になるってやつ。
サグラダファミリアにも、4×4の枠線を引いた中に各列の総和が33になる石板が彫り込まれている。イエスが亡くなったとされる年齢だ。
受難のファサードと呼ばれる面でね。イエスが苦しんだ三日間の出来事を彫ったところだね」
だね、と言われても、俺は土の要塞のような外観しか知らないので。てっぺんに果物みたいなつぶつぶがあっただろうか、とかくらいしか。
だが、守山の話を聞くのは嫌いではなかった。
ここは一つワインでも飲みたいところだが、曲がりなりにも勤務中ではあるので、俺はレジ近くにあるパンコーナーから、ブルーベリージャムとホイップクリームが挟まれた菓子パンを取って来た。
会計を済ませ袋を開け、半分に千切った方を守山へ差し出す。
「ふふ、俺、このお菓子タイム好きなんだよね」
にこにこと嬉しそうに、守山は半分のふかふかの菓子パンを受け取った。
まさかとは思うが、こいつ『お菓子タイム』のために
レジ横に設置されているホットドリンクから、いつも通り守山はカフェラテ(追い糖スタイル)の缶コーヒーを二本を取り出し、二本分の代金を寄越す。
俺も遠慮なくコーヒーを頂いた。
深夜のコンビニ。人の多い土地でもないので、仮にお菓子タイムを狙ってきたとしても個人的にはありがたい。
オーナー兼店長に呼ばれた時はちょっと心臓に悪かったが、「面白ね、この話」と監視カメラに残っている守山との会話に言及されただけであった。
昨今はコンビニ店員がSNSで燃えてたりするので、そのうち注意くらいはあるだろうと思ったが、容認されているしなんなら「缶コーヒーの種類増やしとく?」まであるので、内心(やってる側でも)賛否はあれど、誰に迷惑を掛けているわけでもない、許されている間は気楽にやっていようという
「話が続くのだけど」
コーヒーを飲んで一息ついたところで、守山が切り出した。
なんとなく、彼の話にしては収まりが悪かったなと思っていたので、続きがあることには驚きはない。
「1から16までの数字を一つずつ使って魔方陣を作った場合、通常は総和が34になる」
にこりと笑う守山。彼の柔らかい笑顔は、ときに謎めいてもいる。
「33じゃないのか」
「実際やってみるかい、と言いたいところだけど、並べれば作れるものでもないからね。
そうなんだよ。33じゃないんだ」
「じゃあそのサグラダファミリアの魔方陣は」
「ルールに則っているものを魔方陣と呼ぶなら、魔方陣ではないね。
12と16が無くて、10と14が2回使われている。
当然のことだけど、製作者は意図して33にしたんだね」
「ええと、ガウディだったか」
おお、と守山は驚いた顔をする。これは「よく知ってるんだね、松島」の顔だ。
俺は来るべき守山の褒め(なのかどうか)に身構えた。
「違うね」
朗らかに。
違うんかい。
「受難のファサードの着工は1954年、ガウディの没年は1926年。
受難のファサードはガウディが亡くなった後、スビラックスという彫刻家に依頼されたんだ。
ガウディはそもそも受難のファサードの詳細なスケッチを作ってたわけでもなかったし、そのスケッチも火事で焼けてしまったらしい。
魔方陣は、スビラックスが作ったものだそうだよ」
つらつらと読み上げるように守山は語る。よく人の生没年を覚えているものだ。俺など、語呂合わせにしても、語呂を忘れるくらいである。
彼に比べれば知識の乏しい俺も、聞いた話を思い出した。
「確かだけど、かなり批判を食らってなかったっけ、作風が全然違うって」
「よく知ってるね、松島」
出た。ちょっと不意打ちだった。
守山は、いつもこの言葉を言うときは、満足そうな顔をしている。
「自然の造形を取り入れるアールヌーボー代表のガウディに対して、スビラックスはキュビズムを発揮したからね。
いわく、ガウディが残したものの踏襲ではなく、自分が生きる時代に根ざした表現、だそうだ。
これをどう受け取るかは個人によるところだけどね」
謎めいた言葉を最後に添えてくる。批判とも受容とも取れそうだが、守山の表情からはどちらとも読み取れない。
「託されたものへの敬意とかはなかったんかな」
「スビラックスはガウディを彫刻の中に残してる。
敬意と言えばそれが彼の敬意になるのかな」
「うーーん」
確かに、教会の一部になるとは、聖人たちと列席すると考えてもいいものだろうか。
だが、なんというか……
「傲慢というか」
「ふふ、日本人らしいね」
「馬鹿にしたか」
「まさか」
脊髄反射的に返してしまった言葉に、守山は慌てて首を振った。珍しい彼の様子を見れたので、悪意はなかったという守山の言葉を信じよう。
「日本人は、先人の意思を最大限尊重しようとするだろ。復元技術は素晴らしいものを持っているよ。
おそらく、日本人が手掛けたなら、受難のファサードも違和感なくアールヌーボーの作風が続いていたと思う。
作風を変更する客観的根拠がないかぎりはね」
良くも悪くも、我々日本人というものはルールと義理に則る。
「松島はどう思うんだ」
それこそ、客観的根拠しか述べてきてないような男へ、俺は聞いてみた。
お前は、どう思うんだ。
「そうだなあ」
と、ここで初めてそのことを考えました、とばかりの様子で、守山は空になったコーヒーの缶を指先で弾きながら考える。
「可愛いことするなと思うかも」
「か」
深夜テンションにもほどがある。
誰を捕まえて可愛いなどと言ったのだ、この男は。
もしかして眠いのではないかと思ったが、話を続ける守山の口調はハキハキとしている。
「その手段を取ってもルールからは逸脱することも、己の信念を信じて主張を全面に出すことも、すごく人間らしい仕草じゃないか。
俺はそういう意味でも、イエスが処刑される受難のファサードを手がけたのは、正解だったんじゃないかって思うな。
知ってるかい、松島。
同じスペインはグラナダのアルハンブラ宮殿のある壁は、一部が湾曲していて、ちょっと歪んでいるのだそうだ。
それはね、『人は完璧なものを作れない』て意味なんだってさ。
最初に聞いたときは、ただ人の未熟さを表わしているものだと思ったけど、今日松島と話してて、人間だからって言葉の深さを感じた気がするよ。
人によってそれは、愚かにもなるし、崇高にもなるんだね」
…… おそらく、守山の言葉と言葉の間には、圧縮された彼の思考が挟まってるのだろう。
突然、彼の話から置いてかれてしまった俺は、ぽかんと守山の顔を見ていた。
深夜にそんな哲学に突入されても頭が追いつかない。いや、守山との会話は、いつも軽く緩い哲学に片足を突っ込んでると薄々勘付いていたが。
愚かも崇高も、つまり「可愛い」で済ませたのか、この男は。女子高生のコメントか。
俺の様子を察したか、守山はひらひらと手を振る。
「話がかなり飛んでってしまったけど、言いたかったのは、
3×3の升目が並んでるゲームを勝手に魔方陣だと思い込んでて、最初意味が分かんなかった、て話だったんだ」
と言いながら、守山はポケットからスマホを取り出して俺に見せた。
「ナンプレ」
にっこりと守山がオチを付ける。
時間が長すぎて構築の横で修復を繰り返す建築物を取り上げては人の業まで説いてきて。
そりゃあまりに弱いオチだよ、平和な守山。
(升目の中に人 了)
升目の中に人 もちもち @tico_tico
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