Creatures(クリーチャーズ)

加賀倉 創作(かがくら そうさく)

Creatures(クリーチャーズ)

突如として現れた、夕空を覆い尽くす巨大な宇宙船。


宇宙船は、郊外の広大な畑の上に、静かに降り立った。


現場には、直ちに大規模な軍隊が派遣された。また、地球外の生命とのファースト・コンタクトを一目見ようと、多くの野次馬たちが駆けつけた。


長い沈黙が続いた後、ついに、宇宙船の扉が、ゆっくりと開き始めた。


船内から、眩い閃光が漏れ出て、人々は思わず顔を伏せる。


このあと地球は宇宙人の侵略によって滅亡してしまうのだろうか。生かさず殺さずで搾取されてしまうのだろうか。それとも友好的な関係が築けるのだろうか。皆、各々、様々な考えを巡らせた。


光が消えた。


日は沈みかけており、あたりは薄暗い。


開き切った宇宙船の扉の方から、二足歩行の何かが、隊列を組んでゾロゾロと降りてくる。


それら大勢の何かが、だんだんこちらへ近づいてくる。


ようやっと薄闇の中に見えたのは、意外にも人類と瓜二つの生き物たちだった。


まさか、人類が初めて出会った宇宙人が人類そっくりだとは、誰も予想しなかっただろう。こんな偶然も、あるものか。


彼らの両手には、細長い、棒状の武器のようなものが握られているのが確認できた。


あの棒を、魔法の杖の如く一振りすれば、我々は消されてしまうのだろうか。


しかし彼らは攻撃をしてくるようなそぶりは一切見せなかった。むしろおとなしく、平和的な人種のようだ。


そして彼らの手に握られている棒をよく見てみると、どうやらそれらは武器ではなく、ペンとも筆とも取れる外見の、文具らしい。


大軍を率いる将軍は、ダメ元とは思いつつもその土地の言葉で、彼らが何のためにここに来たのかを尋ねた。


「遠路はるばる地球にお越しいただき、誠にありがとうございます。広い宇宙で迷子でしょうか、それとも食料や燃料の補給でしょうか。はたまた貿易でしょうか。ところでそちらの文具のようなものは何でしょうか」


代表者らしき宇宙人は、翻訳機を通してこう言った。


「コレハ、ペン。ペン、ツカウノガ、ムズカシイ。ワレワレノ、ココニキタ、モクテキ。サクヒン、ホシイ。カキモノ、オンガク、カイガ。ナンデモ、ウレシイ。ワレワレ、ソウゾウリョクガトボシイ。アナタタチノ、ホシイモノト、コウカンシマス」


彼らはなんと、高度な技術力を持っておきながら、創作物を生み出す能力をこれっぽっちも持ち合わせていないという、変わった宇宙人だった。一方で、人類は数え切れないほどの作品を残してきた。シェイクスピアの戯曲、モーツァルトの音楽、ラファエロの絵画。宇宙人が降り立った地域では特に、短歌が有名だったので、将軍は一句読んで見せた。


夕闇に 御園みそのの人も知らぬ影 我与えしは三十一文字みそひともじかな

※御園・・・園(野菜や果樹を植える畑)を尊んでいう語。

※三十一文字・・・短歌、和歌のこと。五・七・五・七・七の一首が仮名で三十一文字になることから。


「アナタノサクヒン、スバラシイ。ワレワレニハ、ソンナゲイトウ、フカノウ。カンドウヲ、アリガトウ」


「とんでもないことでございます。この星にはおびただしいほどの作品があります。よろしければすぐにでも、本や絵を船内に運ばせましょう」


「ワレワレ、トッテモウレシイ。ゼヒ、ソウシテホシイ。ワレワレノホシニモッテカエッテ、ハヤクミンナニ、ミセタイ、キカセタイ」


「わかりました、任せてください。皆の者、ありったけを持って参れい!」


それ以降人類は、何度も地球を訪れる宇宙人たちに、ありとあらゆる文化的・芸術的創造物を与え続けた。宇宙人は対価の支払いを申し出たが、人類は彼らに対価を求めなかった。当初は、出過ぎた真似のために攻撃されてはならないと考えて、敢えて無償で提供していたのだが、いずれにせよ、授けた作品の数々を子供のように有り難み、楽しむ純粋無垢な姿に、人類はそうせずにはいられなかった。


「モットホシイ。モット、サクヒンガホシイ。デキルダケ、タクサン。ホカノホシノ、トモダチニモ、ワケタイカラ」


「ほぉ、他の星にも人類の作品を。それは構いませんが、生憎まだお渡ししていない作品の数も段々減ってきておりまして。ええっとそうだなぁ……隣町の古書店にまだあったかもしれません。すぐに運んできますので、少々お待ちくださいね」


時は流れ、人類が宇宙人に提供できる作品は、底をついてしまった。


「あいにくですが、あなた方に提供できるようなプロの作品は、もうないんです。私たちには見当もつきませんが、他の惑星をあたってみてはどうでしょうか」


「コノホシイガイデ、サクヒンミツケルノハコンナン。ワレワレ、プロアマトワナイ。ソウゾウリョクノトボシイ、ワレワレカラスレバ、アナタタチノサクヒン、ゼンブスバラシイ。ミカンセイデモイイ。チョットシタ、アイデアノカケラデモカマワナイ。ナンデモイイカラ、タノム」


それ以降、宇宙人は地球を訪問する度に、「未完成の作品、アイデアなど、何でも買います」と記されたビラを撒いて行った。このビラによって、かつて若かりし日に作家や音楽家、画家などを目指した、今では尊くもありふれた仕事をして暮らす人々から、世に出なかった作品たちが大量に寄せられた。彼らは、もはや自身の創作物を、紙切れ同然、ごみ同然と思いながらも、どうせ埃を被って捨てるくらいならと、無償で提供した。


「わしの書いた取り留めの無い短編の原稿じゃ。完結させられなかった上に、字もミミズのように這っておるが、無いよりはマシだろう。是非持っていっておくれ」


「断捨離しようと古いコンテナを漁っていたの。そしたらね、学生時代、軽音楽をしていた時に録音した、自作の曲のテープが見つかったのよ。下手なギターソロは聴くに耐えないかもしれないけど、もし良かったらどうぞ」


「昔は旅先で、絵を路上で売って宿代を稼いだもんだ。この、なんちゃって水墨画風のイラスト。外国人によく売れたんだよなあ、懐かしい」


際限なく湧き出る、人類の創造物は、宇宙人の心を打ち続けた。


「アナタタチノサクヒン、ドレモスバラシイ。ワレワレノホシノミンナ、ヨンデ、キイテ、ミテ、タノシンデ、シアワセニナッテル。アンナモノ、ワレワレニハツクレナイ」


「そうでしたか、楽しんでもらえているようで、良かったです」


「デモ、ワレワレ、アナタタチニ、タイカハラッテナイ。モウシワケナイ、ナニカサセテホシイ」


「そういえば、そうでしたね。寧ろ我々人類の文化や芸術を宇宙に広めていただいてありがたいくらいなのですが……ちょっと皆で話し合ってみますね。次回お越しいただいた時に、何をしていただくか、こちらの望みをお伝えします」


人類は話し合った。その結果、成功した作家や作曲家、画家よりもむしろ、圧倒的に数の多い、地球では日の目を浴びずに創造性の探究を断念してしまったアマチュアたちから、多くの意見が寄せられた。


「我々アマチュアの作品が、どの惑星で、誰に、どんな風に楽しんでもらえているのか、細かく教えてもらうことはできないでしょうか? 何せ、何万、何億光年も離れているらしいし、本当に誰かに届いているという実感に乏しいのです。できれば、映像や声があると嬉しいかな。無償で提供すると言っておきながら、我儘なお願いかもしれませんが、地球では実を結ばなかった我々の作品が、人々を楽しませていることを実感したいのです。そうすれば、作品の供養にもなりますし」


彼らの願いを、宇宙人は快く受け入れた。


ほどなくして、地球中の、かつて作品づくりに熱中したたくさんの人々のもとに、メッセージが届いた。その内容は、概ね以下のようである。


あなたの作品は、惑星〇〇の、〇〇国、〇〇の人々に受け入れられました。あなたの〇〇なテーマ性が、〇〇な気質の〇〇人の胸を打ったようです。中でも、作品の〇〇な点が好評で、この作者のつくった他の作品もぜひ楽しみたい、との声が〇〇〇〇〇〇〇〇件も寄せられています。添付した動画ファイルを開いて、人々があなたの作品を楽しむ模様をどうぞご覧ください。


自分の生み出した、何でもない存在だと思っていた作品が、宇宙に浮かぶ一等星のように煌めく。その煌めきは、メッセージを受け取った作者たちの左胸に、輝かしい勲章となって現れる。


「よし、何だかあの話の続きを書きたくなってきた。ペンはどこだったかな」

ある老人は、長い間使われていない書斎の鍵を開け、ホコリの被ったデスクの引き出しからペンと原稿用紙を取り出し、ペンを走らせ始めた。


「ふと頭に、心地よいメロディが思い浮かんだわ、忘れないうちに楽譜に起こして弾いてみなくちゃ。さて、ギターはどこにしまったんだっけ」

自宅で掃除機がけをしていたとあるシュフは、固く閉ざされたハードケースを押し入れから取り出し、ギターの弦を張り直し始めた。


「この何でもない公園の木々の風景、よく見てみると美しいじゃないか。久しぶりに写生でもしてみるか」

ある営業マンは、公園でコーヒーを飲みながら休憩していたが、メモ帳を取り出し、ボールペンでスケッチを始めた。


こうして、「作品貿易」とも言うべき宇宙人との交流は、報われなかった作品が供養されるにととまらず、新たな創造の原動力にもなっていった。人類は、この関係を、未来永劫続けていきたいと思った。しかし人類には、一つ気になることがあった。それは、どうして宇宙人たちに、作品を作る創造力が備わっていないのか、ということだ。そこで、思い切って宇宙人に尋ねてみることにした。


「不躾な質問かもしれませんが……あなた方宇宙人は、作品に対する感受性が十二分にありながら、それを作ることは決してできないという、特殊な気質をお持ちです。それには何か理由があるのでしょうか」


「アア、ソノオハナシヲ、シテイマセンデシタネ。ジツハ……」


宇宙人は、遠い昔の宇宙の物語を、具に教えてくれた。


遥か昔の地球で、宇宙人たちの祖先は、農業を発明し、作物を育て、定住し、街を作り、国を作り、文明を築き、繁栄した。やがて、増えすぎた人類は、絶え間ない争いの時代へと突入した。結果、地球は荒廃し、人類の住めるような環境ではなくなった。そして、新天地を求めて宇宙へ旅立った。どうにかこうにか、居住可能な星を見つけ、生きながらえた。いつしか、生き延びることだけに精一杯になり、創造し、作品を生み出し、生み出された作品を楽しむことなど、忘れ去ってしまった。彼らの頭にふと、こんな考えがよぎった。「作品を楽しみたい」と。しかし、もはや作品を生み出すだけの創造力を失っていた彼らには、不可能だった。そこで、長い長い時が経った今、地球で人類が再興し、再び「創造」しているかもしれないという、ほんのわずかな、ごくわずかな可能性にかけて、やって来たのである。


話の最後に、宇宙人はこんな言葉を残した。


「イマノジンルイニハ、ツクッテ、タノシムコトヲ、オモイダシテホシイ」


〈完〉

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