KINTAMA増えるよ金曜日

フカ



 朝起きるとおれのきんたまが四つに増えていた。

 金曜日、アラームをとめて二度寝をしようとベッドで横向きに転がると、股間に凄い違和感がある。

 布団をのけるとトランクスがピッチピチになっていた。ちなみにおれは冬でもパンイチで寝る。

 おれは一瞬静止したあとパンツを確かめる。中になんか入っている。ゴムを引っ張って覗くがよくわからなかったから、トランクスをずり下ろす。

 棒、たま、その下にたま。おれは叫んだ。二個から四つに増えたきんたまが反動でぷらぷらした。


「うるせえよ兄貴」隣の部屋から弟のりょうがドアをぶち開けて入ってくる。涼はいろいろぶらぶらしているおれを見るとドン引きしてる。

「え、なに、兄貴漏らした?」

「涼ちょっとこれマジどうにかして」

「は?」

「きんたま増えてる」

「はあ???」

 涼は体をかしげておれの股間を覗く。一瞬止まって涼も叫んだ。同じ反応が返ってきて、おれはちょっと冷静さをとりもどす。

「は???なに??なんで??は??」

「わからん」

「なんかしたんじゃねえの???」

「覚えはない。いきなり増えてる」

「キッショ」

「やめて」

「どうすんのこれ」涼がしにそうな顔をする。

 そうなのだ。どうしたらいいのだろうか。

 おれたちは大学生だ、四つになったきんたまがバレたら恐ろしいことになるだろう。あっという間に広まって一躍負の有名人だ。こないだ二十歳はたちになったばかりで人生を棒に振りたくはない。

「とりあえずちぎる?」涼はたぶんバカだ。

「しんじゃうだろ!!」「でもさあ」「他!」「病院に行く」「結局ちぎられるだろ!!」「うーん」「他!」「あ、じゃあ蹴ったら減るんじゃない?」

 涼はマジでやばい。

「どうやったらそんな考えになるんだよ」「連鎖で消えるみたいな」「くそゲーマーめ!!!」「ほれ足開いて」「待って、やめて、むしろ叩いたら増えない?」「別に2個じゃなきゃ4個も6個も同じくない?」「8個になったらどうすんだよ!!!」「そしたらもう病院だよ、はい、行きますよー」

 衝撃が走った。

 おれは悲鳴を上げながらフローリングにうずくまり、わけのわからん激痛に耐えた。たまが増えたから痛みも増えてる。いろんな場所の毛穴がみんな開いて汁が吹き出す。涼が爆笑する声が遠い。少年漫画のテクニカル系の必殺技をくらったみたいだ。

 体が震えて涙が垂れる。おでこを床にこすりつけて、勝手に泣き笑いになる顔をタテに伸ばした。

 しばらくうめきながら耐えると、股間を押さえる手が気づく。きんたまがもとに戻っている。

「涼!!!」

「うん、減ったわけね」

「そうだよ!!おまえの言う通りだった!!」

「これ見て」「は?」

 涼はボクサーパンツを下ろして横を向く。

 おれは四つのきんたまにまた会った。

「は???」

「やべえよ伝染うつるタイプのきんたまだよこれ」

「は??は??マジ??」

「とりあえず俺のも蹴って」

「やだよ!!!またこっち来るじゃん!!」

「じゃあどうすんだよ!!」

「話はすべて聞いたわ」おれたちは勢いよくドアの向こうを振り返る。

「お困りのようね、息子たち」

 母さんが手を日避けみたいに顔にくっつけてそこにいる。

 おれらは自分のパンツをすばやく引き寄せる。

「涼、私がきんたまを蹴るわ」母さんは涼の股間を指さし高らかに宣言する。涼が慌てる。

「待って、いやちょっとそしたら母さんが「涼、私にはね、夢があるの」「はい?」これはおれ。

「一度でいいから、きんたまを蹴られた痛みを感じてみたいって。私もあなた達の痛みをわかってあげたい、その尊い痛みを共有したいって、いつも思っていたのよ」

 うちの母さんはたぶんちょっとおかしい。

「でも、戻らなかったら」「大丈夫。父親が二人ならもっと稼げてハッピーよ」「たまだけあってもだめだろ」「確かに」「いいから!行きますよ〜」

 母さんの蹴り上げが涼の股間にめり込んだ。

 母さんは女性だから、股間キックの打撃を知らない。涼がおれを蹴ったときは多少の手心みたいなのがあったけど、母さんの蹴りの速度はもう見るからに全力のたぐいだ。

 涼が無言でくずおれる。声も出ないほどの痛みだ。おれは震え上がりながらも自分の股間を確認した。おれのきんたまは無事だ。

 たっぷり時間をかけたあと涼の背中の震えが止まると、おれはおずおずと話しかける。

「涼」

「る」

「はい?」

「いきてる」

「大丈夫か?」「だめ」「たまは」「ふたつ」「よかった!」おれは涼の背中をさすってやった。

「変だわ」ほっとしたのもつかの間、母さんが低い声で言う。

「母さんは母さんのままだわ」あごに手を置き、母さんが険しい顔をする。

「いや母さんは母さんでいいよ」おれが突っ込みを入れる。「でも」「でも?」

「たまは一体どこへ行ったの?」

 おれらは一瞬考えて、大急ぎでパンツを履いて階段を駆け下りた。親父はリビングにいるはずだ。

「「親父!!!」」ふたりの声が揃う。

 親父はグレーのパジャマのままで、炊いたごはんを食べている。

「えっ、なに?どうした」

「親父きんたま見せて」涼が息も絶え絶えに言う。

「エッ」「はやく!!」「エエッ」「私に任せて」母さんが親父の股間をそっと掴んだ。結果、

「ふたつよ…」

 神妙な顔で母さんが言う。親父は口をあけている。

「ウソだろ」涼が大声を出す。「おれもふたつだ」「おれも」「私も母さんのままよ」「じゃあどこに…?」瞬間、家の電話が鳴った。母さんがそれを急いで取る。

 おれたちは固唾をのんで様子を見守る。母さんが息を呑む。電話口を手のひらで押さえて母さんが言う。

「兄さんよ」母さんの兄、龍二さんだ。「まさか」「増えたわ」おれたちは青ざめる。駅ひとつむこうに住んでいる龍二おじさんのところには、生まれたばかりの孫の春輝はるきがいる。

「病院に行くそうよ。瑛美えみさんもお仕事。春輝を頼まれたわ」

「絶対にきんたまぶつけないでって、伝えて」

 おれが言うと、母さんも涼も頷いた。

「エッなに病院て、どうしたの」

 振り返ると、親父は二杯目の白米を炊飯器からついでいた。









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KINTAMA増えるよ金曜日 フカ @ivyivory

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