第24話 報連相

 地面から湧き出た光に灯される街の外れ、落ち葉の敷かれた野道を駆ける私たち2人組は目的地に立つ人影の前に近寄りそのまま礼の姿勢を取った。

 光源から離れているとはいえ目を凝らさずとも相手を視認するのに支障のないはずの私たちに彼、もしくは彼女の姿は伺う事は出来なかった。

 全身が黒い霧に覆われいる様な容姿で、かろうじて人だと分かる程度の情報しか外見からは読み取れない。


「…はぁ、その様子だと当たりのようだな。しかし運が悪いよな俺も、お前らも」


 霧から聞こえる声は歪んで聞き取り難いが、それでもその声からは隠し切れない疲労が感じられる。この一件は組織の中でもベテランの部類に入る者達に稀に任される極秘な仕事で、関係者を必要最低限にしようとする上の皺寄せを食い苦しんでいるらしい。

 光栄な事だと組織では言うが実際味わえばただの無茶振りであることが分かる。加えて表沙汰に出来ないことが殆どな為、綺麗な部分だけ見て憧れて入ったような奴らには刺激が強過ぎて到底見せられないので、大抵そういう仕事はいつもの面子に回ってくる。私もその常連の一人だ。

 私も最初は驚いたものの慣れて行き、仕事を渡された際も平常心を保ったままで居られるまでに至った。

 それでも事務仕事は過酷極まりないので目の前の人物は慣れることがない様だ。

 哀れに思う反面、苦手な事を任されても困るので変に心配もしてやれない。なので今後それっぽい奴を組織内で見かけたら何か適当に理由を付けて飯を奢ることにしよう。

 それにしても規則とはいえ仲間同士でも顔を隠さなきゃならんのは時代錯誤も甚だしいのではないかと常々思う。


「そういえば例の仮面、どっかに落としたりしてないな?アレ、紛失なんてしたらエライ目どころじゃ済まねぇんだからよ。まあお互いこういう仕事の慣れっこだし今更だけど」


「すみません。ソレ冒険者の方に譲りましたので白い仮面の方は今手持ちに無いです」


「………マジ?」


「はいマジです」


 …この女やりやがった。今平然とした態度でいられているのは一体どんなトリックが有ってのものなのか。今すぐ教えてくれ。


「何で止めなかっただよ…!」


 ああ、やっぱりこっちに振るのか。まあ当然と言えば当然なのだが私だってこの女に聞きたい。何で相談もせず勝手な事したのか、私全く知らなかったぞって。


「申し訳ございません。私の方から言い聞かせておきます。仮面も必ず此方で回収し、その冒険者も——」


「はああ?んなこと聞いたんじゃないぞ?」


 霧の相手は私の肩を掴み突き飛ばした。

 この程度で倒れはしないが、自分の謝罪が相手の癪に障ってしまったようだ。

 これはしくじったな。出来れば刺激せず穏便に仕事を終えたかったのだが、流石にストレスが溜まりに溜まった相手にこの女が油を注いだせいで限界が来たらしい。


「どいつもコイツも俺の仕事ばっか増やしやがってえ!いじめか?俺がそんなに嫌いか?陰でこそこそこそここそ!いつも!聞こえてんだよっ!」


 …相当溜め込んでいたのか、ここに居ない誰かへの怒りを私にぶつけ始めた相手をどうしたものかと考える。

 時間もあまり無いのでとっととコイツが持ってる合図をしなければいけないのだが。


「嗚呼!ああああ!くそっくそ!くそ!」


 駄目だな。怒りが限界を超えて精神が退行してしまっている。

 これはもう落ち着くまで黙って見ているしかないだろう。もしくは…


「なんでなんでなんでなんでなんでぇ!」

「"眠りなさい"」

「あふっ…」


 怒りに身を任せ暴れていた奴は糸が切れた様にぐったりと私にもたれかかった。

 疲れた子供の様に眠る姿は痛々しく、コイツも苦労していることが改めて感じられる。

 そしてそんな状況を勝手に相談無く作り出すこの女は何も反省していないことが伺える。


「確か合図は決められた色の光を空に打ち上げるのでしたよね」


「……その前に、謝罪とかないのか?」


「そう、ですよね…。この方を痛め付けていた現状、残酷な職場に耐えながらも諦めずに職務を真っ当せんとす気高い精神を無闇に汚すその組織の腐敗を放任していた私の愚かさを謝らなければいけませんね」


 何言ってんだこいつ。

 駄目だ。こいつと一緒にいると私も精神が平常でいられなくなってしまいそうだ。

 冒険者の件もそうだが、こいつは倫理観というか物事に対する認識が私と致命的にズレている。

 なのにそんなデタラメな力を持っているから尚更厄介極まりない。

 うちの組織は一体何でこんなのを雇ったのだろうか。上の考える事は私にはサッパリ分からない。


「私達に与えられる仕事は世界の秘密に関わる重大なものです。そして今回は失敗した際に生じる被害が最大級の世界規模に及ぶかもと危惧されるものです」


 眠らせた奴の懐を漁って取り出した筒に魔力を注ぎながらそんな事を言い出す。

 実際、私の行うこういった類いの仕事はそういう民間には出回らない様な事例を対処するものだ。それが世界の秘密と言われればそうとも言えるし、私では計り知れない思惑ので動く事もあるのでそこまで壮大な話になるのかは定かでは無い。

 しかし今回は珍しく丁寧な書類に滅多に見ない機密防衛の魔術まで掛けられたものでただ事ではないことは知っていた。

 しかし世界規模とは書かれていなかったし、読んでいてそれを示す文言も見当たらなかった。コイツは何を言っているんだ?


「しかしそのような事が起こるという言葉を聞きながら、危機感を持たずに下の者に義務を肩代わりさせ堕落し続ける者達。ああ、なんと嘆かわしいのでしょうか!」


 恐らく組織の上の方々を言っているのだろう。確かに私の上司は痩せてたり、目の下にクマを作ったりと皆個性豊かな不健康っぷりを見せられている。

 そして対照的に月の初めに行われる定例会議で見ることができる本部のお役人さん方はどれを見てもでっぷりとした腹にたるんだ顎の肉がついている。本部はいつから養豚場を始めたのだろうか。


「この方の様に酷使され搾取される哀れな方々にこれ以上の悲しみを、苦しみを与えない為にも立ち上がらなければ。そう!ストライキ!いてっ!」


「やめろ。お前がやるとただのテロだ。早く合図を上げろ」


 流石にこれは聞き逃さないので後頭部を軽く殴る。

 こいつが本気を出しても組織に捻り潰されるだけだろうがそれに私も巻き込まれるなど堪ったもんじゃない。


「それじゃあ撃ちます。ほい」


 気の抜けた掛け声とは反対に筒から放たれた光は甲高い音を発し、目にも止まらぬ速度で街の上空に上がった。

 これで私たちの残った仕事はこの街を見届けるだけ、の筈だったのだがこいつのせいでまだひと仕事残っているのだ。

 この女は最後まで迷惑を掛けてばかりだったので仕事が終わったらこいつに何か奢らせようと考える。私も疲れて腹減ったし。色々と文句やら言いたい事は山程あるしな。


「私はお前が置いてきた仮面を回収しに行く。お前はここに残って眠ってるそいつの護衛でもして待っていろ。絶対に余計な事はするなよ?」


「分かりました。でも——」


「でも、なんだ?」


 もったいぶった言い方をする様子にイラつきながらも振り返り様子が変だと気づく。

 女は兜の上から手で片目を抑え、もう一方の目でこちらを見つめていた。それは索敵をしていた際と同じ動作だった。

 そしてその表情は見えないというのに私はなぜか笑っている様に見えた気がした。


「彼、やり遂げましたよ」


 そう、女は喜びながら言ったのだった。

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人外が出た!(仮) 熱々の白米と筋子 @okazu710

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