第23話 外道

 燃え上がる炎に照らされ肌がジリジリと焼かれるような感覚を覚える中、鎧を纏う男は断頭の刃を振るう。


 風も音さえも置き去りにして突き刺すそれに慈悲は一片もなく、ただ肉を抉り骨を断ち切り首を飛ばす。それ成す為の一撃。

 1秒にも満たない刹那の後に、女は苦痛にまみれた死を迎えるだろう。



『——このままでは』

「…ちっ!」


 男は槍の軌道を即座を変え、死角に現れたソレの一撃を防ぐ。

 衝撃は男の体を伝わりステージの床を破壊し、風圧はけたたましい金属音を響かせた。


 襲撃者は続くニ撃目をもう一方の拳で放ち、男を広場の中央へと弾き飛ばす。


「——おいおい、嘘だろ」


 男に弾き飛ばされた事へ驚きはない。不意打ちを防がれ、追撃も僅かな踏み込みの甘さで此方に衝撃を逃す隙を与えている。

 その程度の実力なら自身の所属する組織にも冒険者の中にもそれなりに居る。

 だが、驚くべきなのはその姿にある。

 

『馴染むには、少々時間がいりますね』


 ゆっくりと3人が意識を向ける中、突如現れた乱入者に守られながら女は立ち上がる。

 ステージだった物を見上げる3人観客に背を向けたまま話す声は、あの時の悲鳴と同じ脳内に語り掛けるものと同じであった。

 しかし違うとハッキリと分かる。

 


『時間はまだ有りますし、少し準備運動と参りましょうか』


 そう言って話す言葉はまるで世間話のように優しく相手に投げ掛けるものだが、目の前の光景がその甘い考えを悉く否定する。

 何故なら振り向く奴は———


『お相手をお願いしますね?』


 顔の無い、生物の理を捨てた人外なのだから。







「しゃらくせーーーっ!!」


 槍を豪快に振い迫り来る口から上の無い敵怪物を吹き飛ばす。

 男の前には血を撒き散らす骸が飛び交い、その間を抜いては新しい骸が作り出されていた。

 切る。飛ばす。蹴り上げる。その繰り返しを経ても男に息切れは起こらない。

 しかし——


「この市民…、いや怪物は何処から沸いているんだ…?」


 私は男の対処しきれぬ場所から来る敵を切り伏せながら呟く。

 死なない戦士は居ても、死に続けても無限に湧き出る軍は存在しない。

 なのに目の前にいるアイツらはそれを実現していた。

 血を吹き出し、内臓を溢し、悲鳴を上げて、それでも勢いだけは止まらない。まさに

悪夢そのもの。

 なのに、彼らは私服姿に加え子供まで入り混じって進行している。

 剣を止めるわけにもいかず、思考はぐるぐると答えを求めて迷走していた。

 一体私達は何を相手にしているんだ…?


「……っ!一旦下がるぞ」


「「……はい!」」


 進まぬ以上此処で進行を食い止めてもいつかは疲弊し続ける此方が負ける。

 3人の判断は早く。男が思い切り敵を吹き飛ばした隙に一斉に広場の外へと駆け——


「左右の屋根に弓兵!来ます!」

「「ふっ——!」」


 女の声に反応し、私と男で飛び掛かる矢を打ち落とす。

 男の槍と私の剣が払い終わり引き戻す。

 そして——


「上!」

「はっ…!」「あいよっ!」

 

 防御に生じる僅かな硬直を狙った攻撃を剣で受け止め、男が襲撃者の首を刎ねる。

 このまま大通りに抜けようとし——した瞬間、崩れ落ちる先の襲撃者の手にハマる指輪が目に入る。

 それは酒場でよく彼が自慢していた物と全く同じであった。


「ハイネル、さん…?」


 何故彼が?何故此処に?何故何故何故——


「来ます!避けて!」

「——なっ!」


 疑問に身体が縛られ動けない私はいつの間にか距離を詰めた敵に対処出来なかった。

 奴の手が私の胸に添えられ——


「————————ぶっ!!」


 “発勁”

 昔異国から伝わって来たとされる技術で、この国では一部の荒事を職にする者たちに人気のあるものである。

 しかし習得は極めて難しく挫折する者や、中途半端に身に付け満足してしまう輩も多い。

 冒険者にもそういう者は多く、私を慕っていたある後輩もその一人であった。

 器用であるが極める事をせず何事も中途半端にしてしまうのが彼の欠点であり美点であった。

 何事にも挑戦し、誰であろうと気さくに向き合う明るい人柄の人物で、そして誰よりも他人への思いやりに溢れていた。

 

 なのに、ステージで槍の男を突き飛ばした一撃と今私の体を衝撃で撃ち抜いた技は彼が得意としていたものだ。


「な…!な、ぜ…!」


 肺を潰され止まらない吐血に乗せて問う。

 何故君が、心優しい君がこんな事に加担しているか、と。

 しかし返答はない。けれど撃ち抜いたまま動かない彼の手は確かに震えていた。

 なら答えは一つ。

 

 市民と同じ姿で襲い掛かる怪物の群れ。

 私の記憶と食い違う彼ら行動。

 そして仕留められた筈の攻撃にある葛藤。


「げ…!ゲ…ホウ外道め…!」


 今だにステージだった物の上で此方を見下ろす奴の姿を睨み付ける。

 顔だけでは無い。あり方、行動理念までもあの女は私達人間のそれとは違う。


 


 仕組みは分からない。

 ただ共通しているのは皆顔の一部が奴と同じく深い闇で塗り潰されている事だけ。

 私の知らない魔術、それともそれに通ずる力を持つ魔道具の仕業か。

 どれであろうと一刻も早くそれを解かなければこの事態は悪い予感の通り国中に渡るだろう。

 

 上がったばかりとはいえ私と同じ階級の冒険者を兵士として運用出来ている事からその支配力は一部の例外最上位冒険者でなければ逃れるのは不可能と見た方が良い。


「おい、まだそいつは使えそうか?」


「延命処置だけならこの場で可能です」


「…充分そうだな」


 二人が何か話をしているのが分かるが負った傷が深い為に会話を聞き取れない。

 しかし私が足を止めたせいで二人が広場に踏み止まってしまった。

 それは駄目だ。

 私はのに。

 

 女が手を潰れた私の肺の辺りに添え何かを呟くと体が急に軽くなった。


「冒険者さん。最後に名前を聞いても宜しいでしょうか」


 女は膝をつく私の視線に合わせ問う。

 

「わ、私は…私の名前、は———」


 何故だろう。今まで気にしなかったのは。

 初対面の筈なのに彼女の言葉には友のような安心感が感じられたからかもしれない。


「はい。しかと聞き届けました」

「………」


 私の名を聞き終えると女は私の肩に手を当てながら立ち上がり、その後ろには敵の行進を防ぎながらも此方の様子を黙って伺う男の姿がある。


 早く私も立ち上がり男に加勢しなければ、早く広場から抜け出し応援を呼ばなければ、早く仲間リズたちを————


「あれ…?」


 何か…、とてつもなく大切な、重要な事を今思い出した様な感覚が頭を過ぎる。

 …仲間なら大丈夫の筈だ。

 だってこの人が治療してくれたのだから。

 先程の私に施した様に魔術で同じように仲間の首元に手を添えて———


「なら、短剣アレは何だったんだ?」


「………っ!」


 その瞬間私は女を突き飛ばし森へ駆け出す。

 仲間の元へ、あんな場所に置き去りにする事を疑問にすら思わなかったあの時の私を呪いながら走り出した。


「"止まりなさい"」


「———!」

 

 女の声を聞いた瞬間、足が止まる。

 駄目だ。動けない。口も目も体の全てのパーツが私の意思に応じてくれない。

 まずい。騙された。信用してはいけなかった。あの女は奴と同類。いやそれ以上の—


「"貴方は此処で役目を果たすのです"」



 

 そうして、1人の冒険者の意識は女の放つ熱のこもっていない声によって奪われた。

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