春の桜の木の下には
あげあげぱん
第1話
「桜の木の下には死体が埋まってるんだって」
夕日が差し込む中学校の教室で、幼馴染がいきなりそう言ったから、僕は少し驚いてしまった。
「宇佐美さん。どうして急にそんな話を?」
そう訊き返すと宇佐美さんはいたずらっぽく笑って言う。
「最近、うちのクラスで流行ってる噂なんだ。正門前の桜の下には死体が埋まってるんだってさ」
「そんな話は僕には信じられないけど」
「だよね」
宇佐美さんは声を潜める。今、クラスに他の生徒は居なくて、声を潜める必要は無いように思えるけど。
「だからさ、桜の下に何が埋まっているのか調べに行こうよ」
「えぇ……」
「今夜。今夜調べに行こう。ちょっとした冒険だね」
「その計画はローリスクハイリターンじゃないかな」
「私たちド田舎の村の中学生だよ。見つかったってちょっと怒られるだけだって」
「そうかなあ」
その後も彼女の誘いと僕の拒否が続いたが、最終的に僕の方が折れてしまった。もし僕が彼女の誘いを断ったとしても、彼女は一人で今夜の計画を実行してしまうと思えたからだ。
「……分かったよ。それじゃあ、今夜集まろう。宇佐美さんの方で準備が出来たら呼んでくれ」
「そうこなくちゃね。じゃあ、今夜」
「……うん」
夜になり、人も寄り付かないくらいの時間に僕と宇佐美さんは中学校の正門前に集まった。僕はスコップを持っている。力仕事は僕の担当というわけだ。
「宇佐美さんは見張りをお願い。僕は土を掘ってみる」
「了解。穴掘りお願いね」
「……うん」
宇佐美さんは近くに人が来ないかを気にしている。彼女の体は、僕が立っているのとは反対の方向に向いていた。
僕は正門前にある桜の木の下に立つ。まだ四月だけど、桜はもう散っている。
土にスコップを入れてみて、不思議に思うことがあった。妙に土が柔らかい気がする。気のせいかもしれないけど、土が掘りやすいのは良いことだ。僕としても助かる。
スコップで土を彫る。彫る。彫る。土は柔らかく、掘るのは容易だ。
そのうちスコップが何かに当たった。それは土とは違って、妙な柔らかさを感じさせた。
まるで肉を切るかのような感覚。肉?
暗い地面に、何か液体が漏れ出しているのが分かった。僕がスコップを入れた場所から、何か液体が流れてきている。土の匂いの中に、ほのかな鉄の匂いが感じられた。
僕はスコップを動かさず、おそるおそる手で土を払い始めた。僕は何かにスコップを刺してしまった。怖いけど、確かめないと。
そして、土を払っていき、現れたのは人の顔だった。顔の下には首があって、首は体に繋がっている。そして僕のスコップは、その人物の首に突き刺さっていた。
土の中の人物はすでに死んでいるようだった。ただ、その人物が最初から死んでいたのか。それとも僕がとどめを刺してしまったのか。それは分からない。もし……もしも僕がこの人物にとどめを刺してしまったのだとしたら。
腹の底から何かが込み上げてくる気配があった。僕は込み上げて来るものをぐっとこらえる。が、その場にうずくまって動けなくなってしまった。
何秒そうしていただろうか。あるいは何分。何十分かもしれない。離れた場所から宇佐美さんの声が届いた。
「うずくまってどうかしたの? 何か見つけちゃった?」
僕はハッとし焦りながら、何か言わなければと頭を働かせる。
「いや……掘っても掘っても土ばかりだね。たぶん、これ以上掘っても何も出ないと思う」
「ふぅん。結局は噂でしかなかったのねえ」
なんとか、ごまかせた。僕は急いで土を元に戻していく。宇佐美さんが「急いでるの?」と訊いてきたから「誰かに見つかるとまずいだろ」と言い返した。
土を元に戻し、スコップで地面をならした。地面の底から液体があふれてくる気配はない。思えば、あの液体の正体は血液だったのだろう。
「……宇佐美さん。帰ろう」
「何も見つからなくて残念だけど。そうね」
僕たちはそのまま家に帰った。それほど遅い時間にはならなかったし、誰にも見つからなかった。だから誰かに怒られるということはなかった。
その後、数日が経ち、数週間が経ち、数ヶ月が経ち、数年が経ち、僕や宇佐美さんが結構な年齢になった今も、桜の木の下から死体は見つかっていない。
桜の木の下には死体が埋まっている。
その死体は、僕が殺してしまったのかもしれない。
春の桜の木の下には あげあげぱん @ageage2023
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