魔王になった君への手紙

月見 夕

親愛なるリュシカ

 魔王討伐おめでとう。

 故郷の田舎村で僕と一緒に育った君(とそのパーティ)がまさかこんな偉業を達成できるだなんて、僕は今でも信じられない気持ちでいっぱいだ。

 途中までとはいえその旅路の一員に加えてもらえて、僕は幸運だったよ。


「あたし、勇者になる」って言って聞かない君は、本当に魔王を倒してしまったね。カンネの滝で涙ながらに誓ったあの言葉は嘘じゃなかった。

 僕はその決意を受けて「ああこの人について行こう」と思ったし、実際己の力不足を感じてパーティを離れる決断をするまでの数ヶ月間の数々の冒険は、きっと僕の人生の走馬灯になるほどかけがえの無いものになった。楽しかったよ、本当に。


 でもさ、どうして魔王になったんだい?

 そんなに人間の治世は退屈だったかな。まあ旅立ちに銅貨三枚しかくれないような王様に思うところはあったかもしれないけどさ、まさか魔族の頂点として君臨するとは思わないじゃないか。田舎の婆ちゃんがひっくり返ってたよ。

 暗黒龍を従えて王国に進軍し、王様に半ベソかかせてたのはちょっと面白かったけどね。

 まあ君は腕も立つし、魔の王として君臨し色々舵取りしてくれるのなら、有象無象の魔物たちも悪さをしないだろう。僕は君が元気ならそれでいいよ。


 そうそう。君が気がかりそうにしていた、シスター・アシュリーの件。僕と最後に訪れた村で出会ったあの子のこと。

 彼女の暴走の件は僕が何とかしておいたから安心して。あのいけ好かない宮廷術士に頼んで、偽造婚姻届は六次元先の彼方へ飛ばしておいたから。アシュリーはまた別の人を追いかけてるらしい。懲りないね。


 テラライトの魔術師はその後、一向に姿を現していない。彼女も別の意味で大概厄介な存在だったけれど、君が拳で叩き割り世界中に散った大テラライト結晶の欠片を求めて放浪しているんだろう。

 人間と魔族との共存をうたっていた彼女は、きっと猛牛の群れを操り今でもどこかで生きてるんだと思うよ。子供になったシュテルンと一緒にね。


 聖剣の調子はどう?

 三頭犬との戦いの後に手入れをしたきり僕は触っていないけど、切れ味の程は如何かな。

 旅立ちの時にあまりにも台座から抜けなさすぎて、君がその怪力で台座ごと持っていったのには笑ったけど、案外良い鈍器として活躍したよね。

 天空龍を倒した辺りで聖剣の方が「あ、こいつ勇者かも」ってやっと認めて台座から抜けた後は、普通の剣のように使っていたけど。まだ使ってるかな?

 君のことだから新しい武器くらい調達しているかもしれないけれど、たまには帰郷がてらに持っておいでよ。錆びてしまう前にまた僕が研いであげよう。懐かしい話でもしながらさ。


 長くなってしまってごめん。

 僕は君のこれからの人生が上手くいくことを常に祈っている。行き詰まった時にはまた帰っておいで。できる限り力になろう。

 君が何になろうが僕は味方でいよう。


 グラフィ村の刀匠 マイネスより



 追伸

 あとさ、たまには髭剃った方がいいよ。

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