data№10 新天地 翔、買い物へ ガラポンの賞品は

病院を離れた翔はリシアと歩いていた。

病院の敷地を抜け、いつか見た軍の司令塔に近づく。

と、思ったら急に脇道に逸れ、別の建物が見えてきた。造形からして今までとは雰囲気が異なっている。

翔とリシアは玄関のような所に立つ。そしてリシアはドアにカードをかざした。すると

『認証システム起動……。クリア。……どうぞお入りください』

と音声が流れ扉が開く。

「着いてきて」


中は意外とレトロ調で沢山のどっしりとした扉があった。また、それに比例し、沢山の軍人とすれ違う。不思議そうに見られ肩身が狭くなった翔はリシアに隠れるようにして進む。浮遊する床に乗って最上階まで行き、突き当たりまで行ってやっとリシアは足を止めた。

「着いたよ。ここが今日から翔くんの住む所」

「ここが、僕の……」

ゆっくりとノブに触れた。


ガチャ。キィぃー。


見た目によらず自動扉だったようで重苦しい音を立て開く。

と、

「うわっ。 ゲホッゲホッ!」

「なにここ。掃除されてないじゃないか」

ホコリが溜まっていたようだ。手をパタパタしながら部屋に踏み入る。

部屋には、一つ窓、水道、冷蔵庫、テーブルと椅子、ベッドとクローゼット、それに映像機器が備え付けてあった。

「……」

「まったく。掃除もされてないし、軍の寮になんてやっぱり……。翔くん、嫌なら言っていいんだよ。別のとこに変えるから」

「……です」

「え? なんて?」

「めちゃめちゃいいです。ここ気に入りました!! なんかレトロっぽくて僕好みです!」

「えぇ……。でもさ汚くない?」

「掃除すれば全然平気です。それに僕一人暮らし初めてなんでワクワクしてますッ!」


(あとこれ以上迷惑かけられないもんね)


興奮気味に発見した掃除ロボットの準備を始めた翔にリシアは何も言えなかった。


「翔くんがいいって言うなら俺は別にいいよ。あ、お風呂とトイレと洗濯機は向こうのドアね」

「はい」

「あとなんか足りない物はある?」

「足りない物……」

(足りない物ってある? 歯磨きとかシャンプーとかはあるし。あ!)

「えっーと。今思い付くものだと洗剤と食器ぐらいかな」

「確かに。服もジャージ以外にも欲しいよね」

「服……。そうですね」

翔は現在転移時に着用していた部活のジャージを着ていた。

「一応聞くけど翔くんお金って」

「う、ないです」

(あーっ。買えないじゃん)

どうしましょと頭を抱える翔を見てリシアは考えた。

「そうだね……。今日はちょっと無理そうだから明日一緒に買いに行こう」

「でもお金……」

「勿論大人の俺が払うよ」

「なっ!?」

(なんて、なんて優しいんだろう。こんな見ず知らずの他人にこんなにも……)

「一生ついていきます! あとなんか手伝えることありますか」

「いいよ。そんなの。俺の善意でやってるし」

「だ、ダメです! そんなの僕の気持ちがッ!?」

足を急に動かすとその先に掃除していたル〇バもどきがーー。

倒れる翔。


痛みが訪れなかったので目を見開くと蒼の瞳と目があった。虹彩が金剛石のように輝く、惹き込まれる目ーー。美しい。

そして手を床につこうとして何かに触れる。この感触は……筋肉だ。なぜ自分の下に筋肉があるのかは分からないがそれにしてもなんて逞しい筋肉であるのか。こんなに力強い筋肉は陸上部にもいなかった。


(なんだか体温も優しくってポカポカする……ってなんで目と人の体が。まさか)


「……大丈夫?」

「うわああっ! す、すみませんっ!」

なんと、翔が倒れた先にはリシアがおり下敷きにしてしまっていたのだ。どうりで痛みが訪れない訳である。

「怪我は無い?」

「いえ。もうホントに。全然。平気、と言うより本当にすみませんでした!!」

アワアワしつつ純日本人として土下座をする。

「やめてやめて。土下座しなくていいから。それより……」

顔の下に手をスっと差し出され掴むと一気に立たされた。

「ありがとう、って言ってくれた方が嬉しいな」

「……あ、ありがとうございます」

ふわりと笑むとリシアは

「じゃあ明日10時位に迎えに来るから」

と出ていった。


(申し訳なさがあるのは当たり前だけど。なんだかドキドキする。何だろうこの……)

二、三歩ドアからよろめき、下がる。

が、再びそこにル〇バもどきが!

「へ?」


ガッシャーン!


もうもうとホコリに包まれる翔の新生活は前途多難そうである。


◇◇◇


翔とリシアは大型商業施設を訪れていた。


「ここが未来のショッピングモール……」


天井まですべての階層が吹き抜けで出来ており天窓から太陽光が差し込んでいる。各それぞれの店舗の中には形状様々な光の玉が浮遊しており商品をベストに照らす。

モール中央には大きな3D映像機器が置かれ、綺麗なモデルが化粧や服を宣伝したり、企業のCMが騒がしく映されていた。


「えーと。昨日俺も思いつく限り、翔くんに足りない物考えたんだけど」

「はい」

「先ず、服と日用品。それからコレだね」


と自分の右腕につけている時計のようなものを指さした。


「それ、みんなつけてますけど、何なんですか?」

「当たり前記憶まで忘れちゃったか。思えば発見された時もつけてなかったし……。あ、それでこれは万能時計ワイズ・ウォッチって言って、例えば……、あそこ見て」


リシアが指さした方を見ると女性がホログラムで情報を確認していた。そのホログラムが出ている元は万能時計からだった。


「ああやって情報確認したり……。あっちでは」


また別の方を指さす。


「映像で電話したり、あとはほらっ!」


リシアが時計をいじると一瞬で服が私服から軍服に変化した。


「登録した服に着替えられたり、簡易ワープできる」

「へぇー。すっごく便利ですね」


ゲームなどもできるようなのでおそらく未来のスマホみたいな物だろう。


ーーーーーーーー


「こっちの洗剤の方が安いかも」

「これは形状記憶プラスチックでできてるから割れても安心」

「翔くんだったら、この服、似合うんじゃない?」


午前がすぎる頃には両手に沢山荷物を抱えていた。


「あー、多くなりすぎちゃったね。早く時計買って帰ろう」


とリシアが声をかけたが翔は一点を見つめて動かずにいた。


「どうした? 翔くん。なんかヤバイものでも見た?」

「あ、あれ……」


震える翔が見つめる先には……、


「なんで赤ちゃんがホルマリン漬けにされてるんですか……」

「え? ああ、あれね。わかんないとびっくりするよね。あれは培養ポッド」

「培養ポッド?」

「今の時代同性でも子供作れるからねー。あの中に医療機関で作った互いの細胞が合わさった卵を入れて子供を作るんだって。あとあの赤ちゃんはタダの3Dだから安心して」

「良かったー。それにしても科学の力っていうか、未来凄いですね」

「未来ってか、まあそうだね。さてと、時計を買う前にお腹すいたしなんか食べようか。いい店知ってるんだ」

「やった! お昼ご飯!」


ーーーーーーーーー


(あ。この世界の食事情忘れてた……)


翔の前にはパステルオレンジカラーのゼリー状のものと何故かキラキラ光る黒色の固形物が重なっている物体が提供されていた。

幸いにして飲み物は普通だったので飲み物から攻めながらリシアに視線を送った。


「ん? もしかして味? 病院より美味しいよ」


スプーンでゼリーを綺麗に掬って食べたリシアがそう言う。


(そうじゃないんです……。でもまあ味は病院で食べたやつと一緒で美味しいかも)


出されたものは食べる! で口に含む。

案の定、食感と喉越しは絶妙なラインだったが味は美味しいかった。


「やっぱりここは美味しいね。何のエキスを調合してるんだろう」

「ご馳走様です」

「いいよ。じゃあ行こうか、時計店」

「その前にお手洗い行ってきていいですか」


と翔が聞いた。この尿意は絶対先刻のジュースの飲み過ぎである。


「おっけ。1人で行ける?」

「さっき見かけたので」

「じゃあ、おれここで待ってるから」


リシアと離れトイレに向かう。

無事用を足し外に出ると


「オイ、探したぞ!」


と突然知らない男性に話しかけられた。


「は? え、あの誰でっ……」

「今日会うって約束しただろう! なのに逃げやがって」

「あのほんとに知らないんですけど」

「いや、しらばっくれても遅いぜ。……と言うよりここに連れ込んだってことはもしかしてそういう事が好きなのか?」


手首をガっと掴まれて壁に押し付けられる。


「丁度誰も来てねえし、いいだろ」


体制から何かを察し、声を上げようと口を開くがその前に布か何かを詰められてしまった。


「モガッ! (やめろ!)」


必死の抵抗をするが翔以上に筋力があるのか振り払えない!

気色の悪い手が身体に伸びる。


(……前、ゆうじもこんな感じで襲われてたことあったけど、こんなに怖いなんて……!)


目をキツく閉じると涙が頬を伝った。

男の手が翔に触れようとした瞬間、


「なにやってんだ!」


の声と共に男の体が吹っ飛んだ。


「ぐえっ」

「翔くん、大丈夫っ!?」


温かい手に顔を触れられて目を開ければ、心配そうなリシアが立っていた。


「口のヤツ取ってあげるからね」

「ぅ、う……リシアさッ……」


安心して力が抜け、崩れる翔をリシアが抱える。


「この子、俺の連れだから。何を勘違いしたか知らないけどさっさと失せて」


リシアの覇気に押されて男は這う這うの体で逃げていった。


「警察に連絡したいけど……、今は心の方が大事だね。静かな場所、行こう」


ーーーーーーーー


個室のようなバルコニーに2人はいた。

まるで翔を落ち着かせるかのように淡く風が吹いていた。


「ハーブティー、ありがとうございます……」

「うん。それよりどう? 落ち着いた?」

「まぁ、ちょっとは」


腫れぼったい目を向けて力無く応える翔。

そんな翔を見て危ないと思ったのか、ごめん、背中触るよ、と言ってリシアが背中をさする。


相手を想う様な体温が別の意味で新たに涙を誘う。

襲われる恐怖。性的な目で見られる気持ち悪さ。これらを知った反面、助けられた時の安心感、嬉しさ、大きな温かさも知れた。


(ゆうじも……こんな感じだったのかな)


「リシアさん。僕、初めて人に助けられました」

「え?」

「僕、今まで人に助けられたって言うか精神的な部分では助けて貰っていたんですけどこう、なんて言うんだろう、物理的には人を助けた事しかなくて……。僕の家は父親が警察官だったので自分の身は自分で守れ主義で、親友が居たんですけどその親友はよく絡まれたりしていて……」

「そっか……。親友君を守っていたんだね」

「はい。大事な友達です」

「守れる強さって凄いよ。今まで頑張ってたんだね。親友君も助けられてとても嬉しかったと思うよ」

「今なら、すごくわかります」

「でも自分も大切にしてあげてね。もし翔くんが傷ついちゃったら、大切な人を二度と守れなくなるし、翔くんのことを大切に思ってる人が悲しみに暮れてしまう。何より自分自身も未来を見れなくなってしまうからね。……ほんと、よく頑張ったね」

「ありがとう、ございます」


日々、人々を守っている軍人に褒められ翔は嬉しくなった。


「人を守れて、自分も守れる。長年戦ってきてこれが理想の強さだと俺は思ったな」

「人を守れて、自分も守れる……か」


翔は口の中で小さく反芻した。


「今日はもう帰ろう。時計はまた今度。それでもいい?」


翔はこくりと頷く。


「今日はもう、疲れちゃいました」


ーーーーーーーー


その晩。月が大きく出ていた。


「父さん、母さん、ゆうじ。それとみんな。僕は何とかやってます。生活に順応しつつ、戻れる方法を調べてます。そちらもどうかお元気で」


なんて、柄にもなく思ったりするのだった。


ーーーーーーーー


「お買い上げありがとうございます」

「やった。ついに……!」


翔は時計を自らの手首に装着する。

そしてちょこっといじってみる。


「うわー! スゲ〜! リシアさん、高いのにありがとうございます」

「どういたしまして」


(良かった。翔くんに笑顔が戻って)


「あ、そうだ。この前買い物した時に貰ったガラポンカードが今日から使えるんだった。翔くん引いていいよ」


モールの中央広場にあった球体にカードをかざす。

すると回り始め、ストップ、と書かれたウィンドウが表示される。

翔がタッチすると止まり、軽快な音楽と共に別のウィンドウが表示された。


「えーっと。『当選おめでとうございます。5等です!』って……。博物館!?」

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ボクと夏と未来戦 翠野とをの @MIDORINO42

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