data№9 翔について 右向きの蝶と夢 お引越し!

ここは司令室ーー。


「司令、なんでしょうか」

「あの少年の事についてだ」

「それなんですがいつまで入院させて閉じ込めておく気ですか?」


リシアは強い口調で言った。


「落ち着け。実は今彼の戸籍を作っていてな。それを伝えようとしたんだ。今後役に立つだろう」


そこでリシアは安堵の表情を見せる。


「あー。なるほど。まあた面倒なことを命令されるかと思ってヒヤヒヤしましたよ」

「後で追加してやろうか。……まぁいい要件はそれだけだ行っていいぞ」

「はっ。ありがとうございます」


帰る背中にふと司令は問うた。


「なぁリシア、そんなに彼が大切か? ……それ程まで似ているのか」


リシアの足が止まった。


「……さあ……」



リシアが失礼しました、と言って部屋を出ると入れ違いでやつれた男が入ってきた。


「失礼しますよっと」

芥川あくたがわか」

「これ、この前の戦闘報告書と被害額のまとめになります」

「ありがとう」


司令が内容の確認をしていると芥川がボソリと聞いた。


「さっきリシアと何を喋ってたんですか?」

「例の少年のことだ」

「ああ。あの……」


納得したような、そんな声だった。


「そうだ。あ、それで思い出した。退院させたらどこに住まわそう。……確か隊員寮に使ってない部屋、あったよな?」

「まさかそこに住まわせる訳じゃないですよね」

「その通りだが?」

「それって、いいんですかい?」


すると司令は書類を置いて後ろを向く。


「いい。将来的に彼には軍に入ってもらう。軍は万年人手不足だし、あとは陽炎の報告では少々釈然としない部分があってだな。見える範囲に置いておきたいのもある。軍に入れば衣食住は保証されるし身寄りのない子供にとってはいい案だと思わないか」


そこまで言い切ると再び前を向き、芥川を見た。


「確かに、いいと思います。ただ……」

「うん」

「ただ、あいつは怒ると思います」

「わかっている。だから軍に興味を持たせ、自分から軍に入りたいように仕向ける。少年自身の口から入りたいと言われれば、奴は黙らざるを得ない」

「そんなにあの子を取り込みたいんですね」

「そうだな……。何となくだがあの少年によって動く気がするんだ」


しばしの沈黙を持って芥川は口を開いた。


「……そうですか。そうなんですか。……では資料もお渡ししましたし、おれはここで失礼します。あいつの為にも少年、上手く使って下さい」


扉が閉じると司令は目頭を押さえ、息を深く、深く吐いた。

そしてまた報告書に目を通し始めるのだった。



ーーーーーーーーーー



「ーーもうほんとごめんね、ありがとう!」


一方病院では愛蘭が翔に頭を下げていた。


「いや、本当に大丈夫ですよ」

「エンジニアさんによれば今日で全部のロボット達、直るらしいから」

「それは良かったですね」


翔はニコニコして言う。


「え、もう何。ヤバい。翔君マジぐう聖。後で医院長にバイト代請求しようね!」

「あはは。いやー流石に遠慮しときますよ。……それで今日は何をすればいい感じですか?」

「これから言う番号の病室にこれ、持ってって欲しいんだ」


と、手渡されたのは色とりどりの絵の具。


「絵の具……ですか?」

「そ。コレをBの042号室に届けて欲しいの」


病院内で絵の具を届けるなんておかしな事だと思いはしたが快く承諾した。


「じゃ、よろしくね。私はちょっとした用事があっていけないから〜」

「はーい」


と翔は歩き始めた。




「040、041……あ、あった!」


失礼します、と中に入れば、壁を埋め尽くすほどの絵が飾られていた。


(わぁ。なんて力強く、繊細な線なんだろう。色もすっごいリアルで……)


「よっ、坊主。何の用だ?」

「わっ!?」


声を掛けられて横を見ると中年の男性が絵に囲まれて横たわっていた。


(絵に気を取られて気が付かなかった……)


「すみません! あの、絵の具、届けに来ました」

「おう。すまねえな」


翔は男性の左手に絵の具を手渡した後軽く周りを見回す。


「なんだ。気になんのか?」

「あ、え、なんか絵が沢山あるなって。……全部ご自分で描かれたんですよね。……凄い、綺麗」

「ありがとよ。なんかなーもう大丈夫ってのになかなか退院させてくれねくてよォ。暇で描いてたらこんなになっちまった。散らかってていや〜、お恥ずかしい。ハッハッハ!」


と布団に左手を打ち付けて豪快に笑う男性に翔は興味を持った。


「絵を描くのが趣味なんですね」

「おう。まあな。これでも賞をとったこともあるんだぜ。昔の話だけど。っと」


その時男性は手に持っていた絵の具を落としてしまった。


「僕取ります」


と絵の具を拾い上げた翔は男性の差し出した左手に置こうとした。

そこで違和感に気づいた。


(この人、さっきから左手しか使ってない? なんで)


視線を右腕のある空間に向ける。

が、シャツがぺたんと平になっていた。

本来あるはずの腕の膨らみがないことに息を飲む。


「びっくりさせてすまねえなァ」


苦く笑う男性。


「いえ。僕こそ驚いちゃってごめんなさい」


頭を下げる。


「いいんだよ。…………これな、ロボット達にやられたんだ。離脱が間に合わなくて」


男性は腕を見ている。

ハッと顔を上げた翔に垂れ流すように吐いた。


「オラぁ、画家になるのが夢だったんだ。家庭の事情つーか、なんつーか、色々あって軍に入ることになったんだけどよォ。諦めきれなくて2足のわらじでやってたんでさァ。でもよ……、でも腕が無くなっちまうなんて。怪我してもなんとかなるって……。オレはよ、利き手が右でそれで描く繊細な絵が自慢だったんだ。正直、痛いぜ」


ため息を漏らした男性を見て翔は不思議に思った。


なぜ義手を作らないんだろう、と。

翔は少し前の出来事を思い出していた。

それは愛蘭に手伝った礼としてジュースを奢ってもらった時のことだった。


◇◇◇


「ーー愛蘭さん、質問なんですけど」

「ん、何ー? あ、はいコレ、手伝ってくれたお礼」

「ありがとうございます」


相変わらず、未来的で奇抜なデザインに飲むのが少し躊躇われるが受け取る。


「で、質問って?」

「ここって軍事病院ですよね? なのに体は無事な人ばかりですよね。不思議な気がして」

「鋭いわね」


翔は元の時間軸では陸上部に属しており、まあまあ病院には世話になっていた。なので病院には詳しい。


「五体満足って本当にそう見える?」

「はい。 え、違うんですか?」

「実はねまあまあな数の人が義足や義手なの」

「ええっ!? そうなんですか!! マジか……。でも皆特有のぎこちなさがないですよね。全然自然すぎてわからなかった」

「技術の進歩ってすごいわよねー。体の機能を細部まで再現してるし一人一人の肌色に合わせた人工皮膚で見た目は変わらないし、それに機械で出来てるから脳とリンクさせて普通の手足みたいに細かくスムーズに動かせるのよね」

「へえ。全然気づかないわけだ」

「他にも自分の細胞からクローンの体を作ることも出来るの。ヤバくない? ーー」


◇◇◇


「義手、作らないんですか?」


翔は恐る恐る聞いてみた。


「そうしたいんだけど、運の悪いことにオレ、腕切られた時に毒で切られたところが金属に触れると爛れちまうようになって。ほら、あれって機械で出来てるからよ」

「じゃあ、クローンは!」

「あぁ。あれな。実は結構高いんだ。あれ。買えないことは無いけど家庭がある身からすると結構痛くってな。……八方塞がりだな! ハッハッハ」


笑ってはいるが誤魔化しているような気がして、居た堪れない気持ちになる。


「じゃあもう絵は描けないんですか」


と翔。


「って絶望したよ。一度は。……でもよ」


男性はそこで言葉を区切り、机の上に広げられている絵に視線を移した。


「でも、考えたんだ。オレのホントの夢は右手で精巧で美しい絵を描くことかって。違うだろ。兎に角絵を描くのが好きなんだろ。どんな形でも想いぶっつけて描くんだろってさ。そしたらまだ左手が残ってるじゃないかって切り替えて今も描いてるって訳さ」

「それで絵の具をこんなに」

「おう。あ、ほらこれ。これが左手で描いたヤツ」


と広げて見せたのはとある花の絵。

何の花かわからなかったがペチュニアと説明されわかった。輪郭の濃淡は一定ではなかったがその色彩は忠実で美しさは失われていないように思われた。


「……」


言葉が見つからなかった。


「まだまだ右手には及ばないけどな。っとそれよりもこんな暗い話しちまって申し訳ねーなァ。どれ、良かったら気に入った絵、持ってってくれ」

「え!? いいんですか」

「そうしねえと、しょうもねえ1人語り聞かせちまったオレの気がすまねェ」


翔は絵を貰うことにした。



「これがいいです。強い思いが詰まってる気がするので」


椅子の上に置かれていた絵を取る。


「お、いいねェ。ロスチャイルドトリバネアゲハ。さてとオレから話振っといてなんだがお前さんをここに寄越した看護師が心配してるだろ。帰んな。絵の具ありがとな」

「はい」


翔が病室を出ようとしたその時。


「お前さん、夢はあるか?」


振り返ってコクリと頷く。


「もし、諦めることになっても本質を見っけて、見失わなければ何処までも追いかけられるさ、新しいカタチでな」


翔は何となくと言った感じではい、と病室を出ていった。

病室には男性と絵のみ。


「あれ、オレが初めて左手で描いた絵なんだーー」




廊下を曲がると愛蘭と出くわした。


「あ、いた! 遅いから迎えに行こうとしてたの!」

「ごめんなさい。ちょっと話してて……」

「何? 説教でもされた?」

「そんなことないです! ただ、いいお話を聞かせてくれただけですよ。あと絵、くれました」


翔は愛蘭に絵を見せた。


「へー。あの人こんな絵描くんだ。きれー」


画面には震えた線の美しい蝶が力強く羽ばたいていた。


「それと、軍の関係者かな。翔君のこと探してた」

「それどんな人達でしたか」

「白髪と黒髪のイケメン」

「あ、リシアさんと陽炎さんだ」

「どっちも翔君の知り合い? 何もうっ、紹介して〜!」


その後頭をガクガク揺らされあわや脳震盪を起こしそうになったが無事リシア達と合流できた。



「翔くん、朗報だよ!」

「……退院、出来ることになった。……おめでとう」


翔は口をあんぐりと開けた。


「え! 良かったじゃん! おめで〜」


愛蘭がはしゃぐ。


「ほ、本当ですか?」

「ああ。……そういうことで最後の……検診に行くぞ」

「ということで、君」


リシアが愛蘭に声をかけた。頬がほんのり桃色に染まった愛蘭が


「はいっ!」


と元気に応える。


「俺らで連れていくから君は通常業務に戻っていいよ」

「はい……」



リシアと陽炎について行き、入室したのは院長室。

ちょっと痛いですよ、と言われ変な機械の中に腕を入れられた。


「では、スイッチ入れまーす」

「うぇッ、ちょ、まっ」


バチッ!


「い゛っっだだだだだだ!」


室内に翔の悲鳴が響いた。



「今日でここともお別れか……」


病室には1ヶ月程ここで生活していたため若干の愛着が湧いていた。

見送りにはまあまあな数の人に来られた。


「手伝ってくれてくれてありがとう!」

「頑張れよー」

「絵をよろしく!」

「怪我したら何時でも来て! 私が治療するわ」


そんな光景を見てリシアが言う。


「良かったね、翔くん。沢山思ってくれる人ができて」

「はい!」

「さ、荷物寄越して。持つの手伝うよ」


こうして翔は病院を去って新たな場所へ向かうのだった。

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