実体験背反スペクトル・フィスト

釣ール

テリフィ捕獲作戦

 人間より怖い者はいない。

 昔格闘家だった時に金を払わないアンチ達がよくSNSで吠え、それを無視出来るほどになったら今度は仲間内でカーストを作られて手も出せず数字を理由に下に見られた。


 倣擬即退もてぃるそくとう

 これはコンプラを守るためにリングネームを利用した偽名。


 即退はいわば弱い自分を忘れないためにわざと付けた即退場そくたいじょうの意味。


 即退は怖がりで心霊関係が苦手だった。

 人間関係が良くなく、誰かの家へ泊まりにいったら必ず心霊DVDを観させられ皿やコップが突然割れたり、どうでもいい動画を撮っていたら誰かが写っていたり。


 その時どう対処したかなんて言う必要はないはずだ。

 出来るだけ優しく終わらせた。

 倫理感が求められているから。


 人間と戦うのも大変なのに不可解な何かや他の人間の悪意とも上手く付き合わないといけないこの世界に見切りをつけてまだ若い年齢で引退した。


 本当の地獄はここからで、適当に仕事でも探そうとさまよっていてもこれだけデジタルが発達したのに稼げそうな仕事は見つからなかった。


 他の連中のように学歴もなく、好きなことも何もなくて前時代的な仕事しかなく落胆らくたんしコンビニバイトを転々としていた。

 高校生でそういう生活をしていたことを思い出したっけ。


 それでも暮らしはよくならず、即退はアラサー世代が孤独死におびえている姿を見て昔は笑っていたが不安な時にはこのことが夢にでるほど現実に追いやられていた。


 即退はバイトでも疲れるほど人間関係に疲れていた。

 だから格闘家になったんだっけ。

 身内のカースト上位から世界のカースト上位を目指すキラッとした同年代の格闘家を殴れる上に命を懸けて生き様を魅せられるからと何度もジムを行き来しては練習し続けた。


 それがいまや…。


「またテリフィ退治・・・じゃなかった。

 テリフィ捕獲作戦実行の時だよう。」


 あいよと返事をして車を用意する。

 資金が足りないからDVDで観るような現地取材方式でAI模倣幽霊立体型映像エーアイもほうゆうれいりったいがたえいぞう・通称テリフィと名付けた怪現象をクラウドファンディングで立ち上げたオンボロ事務所とディレクター・森塔りんとうと共に捕獲(※場合によっては退治)で成り上がる道を選んだ。



 車内。

 高速道路を通りながら依頼のあるホットスポットへ行く。


 テリフィは分かりやすく言えば人間が作った幽霊だ。


 一昔前の廃墟に幽霊が出るなんてスタンダードは廃れ、人間が多い場所で法が適用されないことをいい事に生殖機能を持たず、分身を作る能力もないのに端末かデジタル機器があればそこへ潜入して勝手に投影された映像が歩きだし、個人個人の端末にある情報をもとに暴れ出す生命体のような連中だ。


「初心を忘れないようにあの時のことを思い出してるよ。」


「あの時と比べれば近年はイージー。

 しっかり金を稼ぎましょう。」


 ここからは回想となる。

 ある日だった。

 クラウドファンディングで無理やり立ち上げた元心霊番組事務所「スペクトル・フィスト」はたまたま他の映画にハマっていた時に考えた名前だった。

 そんな名前だけの事務所だったのに知り合いがいない即退の前に現れた人物。


 森塔だった。

 森塔は性別・年齢不詳のSNSにいたら話題になりそうな不気味かつ売りに出すには難しい金属のような鈍い輝きと魅力のある人間だった。


 何度話をしてもまるで作り話のような嘘臭い経歴と話し方でしびれを切らした時に


「ね?」


「なんだ?早く応えてくれ。

 あんたの素性を。」


「それがさっきまで語った通り。

 胡散臭いしどれもニッチな仕事ばかりで落とされてしまって。

 でも、あなたなら理解してくれそうだったから。」


 何を理解してもらえるつもりなのだろう。

 この際ハッキリ言っておいた。


「多様性に無理解…ってわけじゃないとは言えない。

 まだ俺は二十そこそこだが異性愛に同性愛もギャンブルだということは経験してる。

 それに神も地獄も仏も信じたことはないしどんな主義主張理想も全ては現実に存在しない。

 長続きだってしない。

 あんたは傷つくかもしれない言い方が詐欺だった場合も考えてきつく伝えておく。


 為替案かわせあんがないから俺たちは傷つき、理不尽に会い、格差や誹謗中傷におびえ誰かと比較し卑屈になる。


 俺もかつては表舞台に上がることを目指していた。

 だが立てなかった。


 この事務所はコンプラを利用してコミュニケーションも取れなかった人間の末路だ。


 仮にあんたが詐欺のつもりでもないのなら資金不足で俺が生きるのもやっとの世界。


 今どき心霊なんて目指す奴は俺みたいな社会を憎む人間だけだ。


 他の仕事の方がボランティアよりもやり甲斐もあるし給料が良い。

 諦めるのなら今だ。」


 多様性がどうの社会的には良い傾向かもしれないがそれで生きやすくなるのなら誰も苦労しない。

 即退も含めて誰もが幸せになれる世界を協力して作れるのならこんな発言も発想もない。


 自己保身に走る上司と組みたがる奴なんていないさ。

 即退は森塔を眺めて動きを確認しているとそれでも森塔はここから出ようとはしなかった。


「別に変な意味ではなくて幸せなんてわたしは求めてませんよ。

 ある映画の少女が言っていたようにここで働かせてくださいと素直に言えない人間ですから。

 」


 ただと付け加えて話は続く。


「わたしはかつて貴方が現役格闘家時代にスポンサーに付いていた人間だとしたら。

 」


 なら余計に信用出来ねえじゃねえか!

 と言いそうになるのをこらえて話を聞こうとした。

 こいつ、トーク慣れしてるのか。



「現役時代の貴方からは平成以降に続く爽やかさやヤンキー、あるいはグレたような素振りがなかった。

 それなのに誰かを殴りたくて仕方がなく、他の誰かが持つ輝きとは異なった貴方からは世間と世界への憎しみが会見と試合に現れていた。


 わたしもこの世に産まれたことを後悔している。

 スポンサーといっても百円スポンサー。

 厳密に言えばわたしが勤めていた会社が貴方のスポンサーで飲みで見せられた貴方の試合を見た時、貴方のストレートとハイキックが憎しみを持つ選手相手だと威力が違ったので別の形で資金がある限り貴方を応援し続けていたのですよ。


 しかし、多様性の割にこの世界は能力幻想に金持ちや家族、唯一無二の存在や理想ばかり求めていて誰も現実を見れていないから副業をしても稼げずミスが誰も許されない世紀末になってしまった。


 つまり貴方が会見で

『無いものに毒された馬鹿達を殴り倒すストーリーを見て欲しい。』

 と言っていたようにその続きが個人的に見たくてこちらへ転職しようという話です。


 これは嘘ではないと信じていただきたい。」


 おいおい。

 そんなコアなファンがいたのか。

 嬉しいっていうかリアルなホラーじゃないか。

 だがこの話で確信した。

 森塔なら即退の仕事を頼めると。


 そこで依頼書を初めて渡したのも森塔だった。


「早速依頼をわたし達でこなしちゃいましょう。」


 掴みどころのない奴だ。

 しかし事務所に近い場所でかつて格闘家の知り合いだった人間から森塔を経由して頼まれることになった。


「即退!お前生きてやがったのか!

 まさか森塔さんが頼んだ相手がお前だったなんてなあ!」


 銅恨どうみねは相変わらず口が悪い。

 学生時代に試合で三針縫う怪我を負わせたからか当然根に持っている。


 試合で熱い友情が生まれるタイプのドラマを銅恨との間にはなかったからか森塔が話を進めてくれた。


 銅恨は森塔が昔勤めていたいた会社がスポンサーとしてついてくれていた格闘家で仲間と遊びにいった場所で立体映像のような化け物と出会ったらしい。


 なんでマスコミでもないのに「のような」をつけるんだ?

 森塔の前なら仕方ない対応かもしれないが。


「俺たちが束になっても逃げやがるから捕まらなかった。

 向こうは立体映像をいい事に浮いたり潜ったりしながらこちらの攻撃を避けていたが連れの一撃が立体映像の身体に食いこんでグチャッとなった。」


「つまり物理攻撃が効くのか。

 何が心霊だ。

 面白いが夢がない。」


「何言ってんだ即退!

 こっちは怒り狂った立体映像に反撃されて試合欠場だ。

 明確な被害が出てんだよ。」


 簡単な話、遊びに行ったら幽霊が出たというだけ。

 だが実際は立体映像と呼ばれるほど視認ができ、こちらの攻撃も通じる。

 逆に言えばあちらの攻撃も通じることになる。


 そうか。

 だから銅恨より強い即退が心霊番組事務所を建てたのを知って森塔は訪ねてきたわけか。

 勿論それだけではなさそうだが。


「座標は端末に送ってくれ。

 しかしその立体映像を捕獲したら本当に謝礼を支払ってくれるのか?」


 こんな仕事だからこちらが立体映像を確保し解決してもいくらでも理由をつけて断られそうだった。


 すると森塔は彼を誘っていた。

「貴方の協力があればその立体映像が仲間にした恨みを晴らせますし、即退さんとコネクションがあれば将来似たことがあっても貴方自身の力で対処できます。

 そしてわたし達へ仮を押し付けながら頼むことも。

 報酬を支払う関係も若い時に経験して損はないかと。」


 森塔はどうやら即退の味方ではあるらしいがわざとらしく銅恨に伝えた。

 だが銅恨にまた立体映像が現れても再現性のある対処なんてこちらもぶっつけ本番なのに。

 すると森塔が端末を使って立体映像について説明をしてくれた。


「その立体映像の名称はAI模倣幽霊立体型映像エーアイもほうゆうれいりったいがたえいぞつ・通称テリフィ。

 テリフィはSNSで海外の方がもちいる”terrifying"からもじりました。

 いまや世界中に普及しているスマートフォンやPCが人間が生み出した心霊伝説を元に読み取って産まれた心霊ホログラム型AI。

 物理で倒せる生命体ではあるものの、端末さえあればいくらでも増殖可能で生殖機能はなくても言わばデータ生命体。

 あらゆる情報を模倣して攻撃もしてくる個体もいる令和ホラー。

 しかも旧端末から現れたものは規制がゆるくて新端末の個体よりも強いらしい。

 銅恨さん達は旧端末のテリフィと戦ったのでしょう。」


 話が難しい。

 即退はここで銅恨にも分かるように説明し直す。


「つまり現代は殴れる幽霊が現れていて、それが銅恨達に現れた奴らでテリフィって名前。

 更に古い奴ほど凶暴で攻撃性も力も高いってことだろ。」


 銅恨は面白そうな話と思っているのか訳の分からない生物と出会ってしまった恐怖なのか分からない複雑な表情をしていた。


 とにかく現場に行くしかない。

 テリフィって奴らが銅恨達以外に手を出さないわけがないからこそ。


 三人は車に乗り込んで現場へ向かった。

 カースト上位の銅恨が選ぶ遊び場だからか人が多い。

 そういえば心霊動画もやたら人の多い場所に少しだけ写ってたりすることも多かった。

 人への危害の加え方はやたらサスペンスじみていたけれど。

 今度は直接攻撃か。

 心霊現象を取り込んだテリフィが端末によるとはいえ暴力に訴えるなんてまさにフィクションで良く見るAI物語だ。


 どれだけ三人で現場を探しても中々現れない。

 そりゃそうか。

 小規模な活動でないと変に目立つ。

 小説も読み漁ってるだろう。


 人が少なくなってくる夕方まで探し続け、たまたま仕事を有給にしていた銅恨も必死に探していた。

 仲間の仇を取りたいのか、即退に仮を作りたいのか。


「いたぞ!立体映像、いやテリフィか!」


 声をかけたと同時にホログラムの腕らしき何かがこちら目掛けて地面を殴る。


「森塔!銅恨!離れて例の準備をしろ!

 ここは俺がなんとかする。」


 幸いにも格闘スキルは習得していなかったようだ。

 心霊にはそういうのなくていいからだろうか。

 かたよった勉強なのも現代ならではか。


 喧嘩が苦手でどこからでも攻撃出来るからこそプロの銅恨達を撹乱させられたのか。

 本能で動く連中とは相性が悪いらしいと皮肉を込めて様子を伺う。


 そうか。

 他の人間がいない場所に集まる者を攻撃しているだけ…つまりテリトリーに入った相手のみに攻撃してくるのか。


 なら一度離れて見ればどう出る?

 テリトリーの範囲が分からないが攻撃を避けながら仰け反り、出方を伺う。


 やはり攻撃範囲はテリトリーのみ。

 その範囲から出れば、探し始めた時間から今の時間帯である午後九時とおそらく午後四時まで洞窟スポットから攻撃はしてこない!

 テリトリーを犯せば丑三つ時前後まで攻撃される。


 律儀に心霊現象を再現しているのか。

 だが洞窟入口から5メートルまで攻撃をされるのは予想外だった。


 目的は分かっている。

 その為に彼らに準備もさせた。

 即退は石ころを洞窟入口まで投げた。


「これで時空の裂け目が出来る威力が出れば面白いが、どう出てくるテリフィ。」


 先ほどの即退の動きを覚えているのなら警戒のためにもう一度やってくるはずだ。


 そしてテリフィが攻撃をしようとやってきたが即退はテリトリー範囲外。


「「今だぁぁぁぁぁぁ!!!」」


 森塔と銅恨がありとあらゆる捕獲方法で隙が出来たテリフィを捕獲した。

 銅恨がプロの格闘家で良かった。

 と思えた瞬間でもあった。


 そして現在。

 テリフィの存在は公にならないように森塔が手配してくれた。

 手際と都合の良さにビビる即退と銅恨。

 銅恨はこの経験以来、協力的になったが報酬を支払って貰えたのは一ヶ月後だった。

 その間金欠でどれだけ自分達が辛い思いをしたのか柄にもなく即退は語り合った。


 大事なのは回避力と分かったから。


「銅恨は現場についているらしい。

 手柄を横取りされないよう急ぐぞ。」


「やはり、まだ貴方のストーリーは続いているのですね。」


 森塔の含みある返事は一ファンの応援でもあった。


「生きづらさは変わらない。

 だからこそ飽きさせない。

 さあ…」


 現場へ向かうぞ!


 そしてテリフィ捕獲のコツを覚え続けた自分達は仕事を終わらせることに成功した。

 更にまた依頼。


 出来ればこの仕事にも区切りは付けたい。

 次の終わらない戦いを終わらせるために人生を費やすことを決めた即退だった。

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