第5話 ぱわー!! ですわっ!

 軽トラを走らせることすこし。


「あ、あれっ!」


 そう声を上げたナズナが前方を指さす。遠くの方で、もうもうと湧きあがる白煙が見えてきた。


「何か見える?」


「煙のほかには……人影も、モンスター? もいませんね」


 運転するスミレも、ナズナが言うとおりのものしか見えなかった。


 スミレはふと思いついて、ヘッドライトをつけてみる。


 カチリと音を立て、古ぼけたセピア色のひかりが、薄暗いダンジョンを伸びていく。それでも、白い煙の中を照らすには足りない。


「あの中に入るしかないかしら……」


「視界が悪いんですよ? 装甲車というわけではないのですから、それは危険だと」


「装甲車って、何」


「な、なんでも。とにかくですねっ、モンスターならともかく、がれきにぶつかってケガをされたら、私、クビになっちゃいます!」


(アンタがメイドをやめようと知ったこっちゃないのだけれど)


 スミレはため息まじりにそんなことを思った。だが、ナズナが言うことにも一理ある。


 遠くからでもわかるほど濃密な煙は、中へ入ってしまえば、霧のように視界を遮る。がれきが目前に迫って、回避できるほど、軽トラのレスポンスはよくない。


「わかったわ。でも、とりあえず、煙の近くまで行くわよ」






 煙のすぐそばで車を止める。そのころには、フロントガラスにうっすらとホコリのようなものが積もっている。


「危険な物質である可能性もありますので、できる限り吸いこまないでくださいね」


「息を止めろっていうの?」


「そこまでは言いません。これをどうぞ」


 ナズナは、ハンカチを一つ取りだして。


「これを口元に当ててください」


「まるで避難訓練ね……」


「本当はガスマスクがあればいいんですけど」


「そんなもの、ある方がおかしいわよ」


 スミレは、ドアを開ける。途端、じっとりとした空気がムワッと入りこんでくる。しかもほこりっぽくて、思わずむせる。慌てて口にハンカチを当てた。


 ドアを閉めていると、助手席側からナズナがやってきた。彼女は、自らの片腕を口に押しあてて、マスクの代わりとしていた。


 もう片方の手では、煙の方を指を向けている。ドラマで見たことあるようなハンドサイン。


(コイツ、本当にメイドなのかしら……)


 どちらかといえば、軍人のよう。でもその割には、おどおどしている。小首をかしげているところなど、小動物のようで。


(気のせいね)


 スミレはそう思うことにした。


 ナズナはどこに用意していたのか、ペンライトを取りだし、それで煙の先を照らしている。


「……準備がよすぎないかしら」


「しっ。粉塵を吸いこんでしまいます、喋らないで」


 スミレは、口を閉ざす。


 先を歩いているナズナは、左右へ光を振って、じりじりと先へ進んでいく。その姿は、海外ドラマに登場する捜査官のよう。


「ねえ、あなたもしかして、元刑事デカ?」


「ち、違いますけど」


「ならいいわ」


 できる限り会話をしないようにしながら、スミレはナズナについていく。


 舞う粉が、目に入ってゴロゴロする。


(帰ったら目を洗わなきゃ)


 そんなことを思いながら歩いていけば、ふいに、先行するナズナが立ち止まった。


「お嬢さま」


「どうかしたかしら」


「何か聞こえませんか」


 言われて、スミレは目を閉じ耳をすませる。


 パラパラと何かが地面に落ちる音。そして、何か硬いものと硬いものとがぶつかり合うような甲高い音が聞こえてきた。


「キーンキーンって」


「ええ、それです。なにかを叩く音……ほかに気がつきません?」


「別に気がつかないけど」


 改めて、スミレは前方から響いてくる、金属のグラスを叩いたような音に耳を傾ける。


 コンコンコン。


 キーンキーンキーン。


 コンコンコン。


「リズムがある」


「モールスになってます。ちなみに、SOSです」


「SOSねえ。どうしてそんなことを知ってるの」


「しょ、小説です。モールス信号を利用したものだなんて、この世にはいくつもあり……」


「はいはい、理由は後から聞くとして、はやく助けに行きましょう」






 音のする方へと歩いていく。


 ダンジョンにはモンスターがつきもので、後ろか前からやってこないとも限らないし、姿を隠している可能性さえある。


「前は私が警戒しますから、お嬢さまは後ろを」


「何かがやってきてるってわかったら、どうすればいいのかしら」


「私に言ってください」


「なんとかできるの?」


「なんとかします」


 即答が返ってきて、スミレはびっくりした。


(ホントに何とかできそうだから、不思議ですわ……)


 カギをピッキングし、いつの間にか盗聴器と発信機をつけていた、この新人メイドならば、怪物がやってきても何とかなりそうな雰囲気があった。ペンライトを逆手に持っている姿からして、さまになっている。


 しばらくすると、突然、ガレキの山が現れた。


「ここが、崩落してしまったようですね」


 ガレキは天井から降り注いできて、道をさえぎっているらしい。光りに照らされたそのガレキは、山というよりかは、一つの塊らしいが、その大きさといったら、軽トラと同じくらいかもしれない。


 と。


 前方、がれきの向こう側から響いていたモールス信号が止む。その代わりにやってきたのは、困惑をにじませた言葉。


 はじめ、それがどんな言葉なのか、そもそも地球でやり取りされているものなのか、スミレには判断できなかった。文系科目は大の苦手だった。理系科目はもっと苦手だったが。


 だが、隣にいるメイドは、流ちょうな英語を発した。それが英語だと


 わかったのは、ジャパニーズ、という単語が聞こえたからである。


「向こうにいるやつってアメリカ人、かしら」


「この訛りはイギリス人でしょうか」


「なんでわかるのよ」


「ちょっとイギリスのSASで――」


 そこまで言ったナズナは口をつぐみ、


「今のはちょっとしたジョークです。とある漫画で読みましたっ!」


「?」


 スミレには、そのジョークの意味がわからなかった。


「もしかしてバカにしているのかしら、このわたくしを……?」


「ち、違います。それだけは断じて、決して」


 二人が言い合いをしていれば、向こうで悲痛な英語がやってくる。英語に明るくないスミレでも意味がわかった。


 ――そんな痴話ケンカしてないで、助けてくれ。






「それで」


 がれきから少し離れたところで、スミレはナズナに言った。


「どうやって、アレを取っ払うのよ」


 アレとはもちろん、がれきのこと。学校に置かれた無意味に大きな銅像並みに、巨大で重量のあるものを、スミレやナズナの細腕で何とかできそうには思えない。


「発破はちょっと危険だし……」


「発破って何?」


「爆弾を使うことです」


「でも爆薬なんてないわよ」


 スミレがいえば、無言が返ってくる。ナズナを見れば、腕を組んで何事かを考えているようだった。彼女の手は、自らの胸のあたりを触っているように見えなくもない。


「えっと、それより、こんなところで爆弾を使用したら、どのような二次被害が出るか分かったものじゃないですよっ」


「天井が崩れてきて、巻き込まれるのは、イヤね……」


「でしょでしょ。なので、どうしたものでしょう」


「そうだ。軽トラで引っ張れないかしら」


 スミレは、思いついたことを口に出してみる。おじいちゃんと一緒に敷地内を走りまわっていた際、倒れた木が邪魔になったことがあった。その際、荷台に入れていた縄で、車と木を結び、引っ張って退かしたのだ。


「それ、いいですね。縄は……」


「後ろに置きっぱなしになってるはず」


「では、早速、車に戻りましょう。試してみる価値はあります」






 ナズナの指示に従い、スミレは狭い通路の中を何度も切り返し、方向転換する。


 ガレキに軽トラのお尻を向けたところで、ギアをバックに入れて、そろりそろりと近づけていく。


 両者の間が猫の額ほどの狭さになったところで、縄を持ったナズナが駆けより、がれきと軽トラに縄を結んでいく。その手際の良さは、鮮やか。


「配膳は下手なくせに、こういうのは得意なのね……」


「なにか言いましたかーお嬢さま」


 スミレは、なんでも、と返事する。


(彼女ったら、こういうアウトドアな仕事の方が向いているのではなくて……?)


 なぜ、メイドなんかしているのか、疑問に思いながら、スミレはハンドルを指で叩く。


 待っていることすこし。


「できました! バックしてみてください」


「この瞬間を待っていましたのですわ!」


 シフトレバーをうごかして、アクセルペダルを踏みしめる。


 ゆっくりゆっくり速度を上げていく。軽トラが、がれきから離れていくたびに、シュルシュルと縄が伸びていった。


 ピーンと張れば、軽トラは動かなくなる。アクセルをいくら踏みしめようと、エンジンがうなり、タイヤが空回りするばかり。


 アスファルトを切り裂くような音がし、過熱したタイヤから煙が吹きあがってくる。鼻が曲がってしまう嫌な臭いもし始めてきた。


「どう!?」


「ぜんぜんです!」


 ナズナは、がれきの方へ何か早口で叫んだ。おそらくは、向こうにいる、イギリス人に何かを言った。スミレには、その言葉の内容は理解できなかったが、その語気はかなり強かった。


(おどおどしてるけど、言うときは言うのね)


 なんて、新人メイドの新たな一面に驚いていたのは、ほんの少しの間だけ。


 軽トラは、バックしようとしているのに、進まない。エンジンは、台風のときの風みたいに騒音を垂れ流す。車体は揺れて、腰が痛くなってくる……。


 それでもなかなか動かない。


 いや――目の前のがれきが、わずかに身じろぎする。


「パワー、ですわっ!!」


 ぐらり、とがれきが動き、車がバックしはじめる。一回動き出せば、後はあっけなかった。


 動き出したガレキは、トラックの方へと傾きはじめ、そして、ずしんと破片をまき散らしながら、たおれていった。

 

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ダンジョンを軽トラで走りまわったお嬢さま、伝説になる 藤原くう @erevestakiba

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