第4話 ダンジョンふたたび、ですわ!

 フロントガラスを青く染め上げていた光は、一瞬にして消えた。


 次の瞬間、軽トラは広い通路を走っている。


 コンクリートのような壁がどこまでも伸びる、灰色の通路。ザラザラとしていて、薄暗くじめじめした場所。


「ここは?」


「ダンジョンのはず、だけど、前の時とは場所が違う……?」


 軽トラをゆっくり動かしながら、バックミラーを見る。


 後ろにも前にも似たような通路がのびている。壁や路面の凹凸おうとつの感じは、前回とあまり変わらない。


「出る場所がランダムなのかしら。あなたはダンジョンのこと、何か知らないの」


「わ、わたしは見てばっかりで、ダンジョンなんてそんな」


「そうよね……どうして聞こうと思ってしまったのかしら」


(ただのメイドが、ダンジョンのことなんて知っているわけがないか)


 スミレはちいさくため息をつく。メイドだけではなく、日本、いや世界的に調査が行われているのに、何もわからないのがダンジョンだ。


 宇宙のように果てがなく、なんのためにつくられているのかも、よくわかっていない。


 それでも、ネットには何かしら情報がまとめられているはず。


「スマホで調べてもらえないかしら。私、スマホを持ってきてないの」


「そ、そっか」


 ごそごそとナズナが、メイド服をまさぐり、スマホを取りだす。


「だ、ダメです、圏外……」


「そっか。異世界みたいなもんだって言われてるし、当然といえば当然なのかしら」


「どうやって、出るんでしょう」


「前は、入ってきたときと同じ光に飛び込んだら、戻れたわね」


「そ、そうですよっ!」


「わっ、なによ、いきなり」


「やっぱり、お嬢さまがネットを騒がせているあの軽トラの」


「いまさら隠してもしょうがないから言うけれど、そうよ」


「どうしてこんなことを」


「運転の練習」


「え!? ってことは免許は……」


「ないわね」


 えええぇっ!?


 そんなナズナの悲鳴がダンジョンにこだました。




「ほ、ホントにわたしが運転しなくても大丈夫ですか」


「平気よ。みなさい、ちゃんと運転できてるでしょ」


「確かにエンストしてませんね」


 スミレはブレーキを踏む。しっかり減速してから、ギアを入れ替える。それから、十字路を右折。

 一連の動作は、多少乱雑な部分はあれど、エンジンが止まるほどではなかった。


「ほら見なさい」


「確かに……どこでならいました?」


「おじいちゃんに。ほら、牧草地あるでしょ……あそこ、うちの敷地だから」


「あー私有地ってことですか。で、練習を」


「そ。練習ってつもりはなかったのですけれども」


 スミレは、幼いころのことを思いだす。小学校時代、おじいちゃんが運転する軽トラに乗って、栗拾いに行ったこと。ペダルに足が届くようになった中学生にはもう、ハンドルを任されるようになった。


(最初はエンストばっかして、おじいちゃんにからかわれたっけ)


 懐かしさとともに、寂しさが隙間風のように入りこんでくる。それを置き去りにするべく、スミレはギアを上げる。


「それにしても、光……ですか? 見えませんね」


「ダンジョンは広いみたいよ。前も、結構走ったわ」


(あ、そうだ)


 スミレは、車の距離計のリセットボタンを押した。これなら、どれくらいダンジョン内で走ったのかが一目でわかる。


 道はまっすぐ続いていた。ヘッドライトのひかりは、どこまでもどこまでも伸びていくが、今のところは何も見つからない。


「これがダンジョンなんですね……それにしては殺風景だ。もっとこう、敵とかいるかと思ったんですけど」


「敵に会いたいですの?」


「いやいやいやっ。でも、安心したというかなんというか、お嬢さまを守るのが、わたしの使命ですから」


「こんな状況でよくもまあ」


 スミレは、隣に座っているメイドを見つめた。変わってるとは思っていたが、こんな非現実的な状況であっても、落ち着き払っている。他のメイドだったら、気絶してもおかしくないのに。


 周囲をキョロキョロと見回し、手を、服の内側に突っ込んでいる。そこに、大事なものがあるかのように。


 それが何なのか、スミレは聞こうとした。


 そのとき、轟音が響いた。




 まるで、何か重たいものが崩れ落ちたかのような騒々しい音。わずかに地面が揺れ、キュキュッとタイヤが鳴いた。


「な、なに」


「爆発音――」


「わかるの!?」


「おそらくですけど、何かが爆発して、天井が崩落したのかも」


 じ、自信はありませんよ、とナズナが慌てたように付け加えて、


「どこかのお店で、ガス爆発でもしたのかなー」


「こんなところでお店を開いてるバカがいたら、見てみたいものだわ」


「そ、そんな言わなくたっていいじゃないですかっ」


「いや、あなたが言ったことですわ」


「とにかく! お嬢さま、あっちには行かないようにしましょう。武装した人間がいるかもしれませんし、モンスターがいるかも……」


「あっちに行きましょう」


「なんで!?」


「困っている人がいるかもしれないのですわ。助けに行くのがノブリス・オブリージュですわ~」


「どこでそんな言葉を――飛ばなさないでくださいっ!? ちょっとお!!」


 ガチャンとギアが上がる。うぉんと一段高くなったエンジン音を響かせて、軽トラは煙めがけて疾走する。

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