第10話

「ギフト」  第10部 最終回

                        

                      とみき ウィズ





「贈り物」





 勇斗達は涙が枯れ果て、ニコピンの遺骸を囲んで腰を落としていた。

 やがて勇斗が立ち上がった。

 ちひろがうつろな表情で勇斗を見上げた。


「…勇斗?」

「…ニコピンの…お墓を作らなきゃ…」


 勇斗はふらふらと小屋の裏に歩いていった。

 尚樹もゆっくりと立ち上がり小屋の裏へ歩いていった。

 2人の姿を目で追ったちひろはまたニコピンの顔に視線を落とし、ポケットからハンカチを出して、ニコピンの顔の汚れを拭いてやった。

 勇斗はニコピンの墓穴を掘りながら、ニコピンの臨終の時に言った願い事のことを思い出した。


(ニコピンみたいな特別な力を持った者がその力を使わなくとも良い世界にしないといけないんだ。ニコピンは最後にそういうことを言いたかったのかな?)


 勇斗は、悲しくて悲しくてどうしようもないのに心のどこかが冷静になってそんな事を考えている自分に嫌気を感じた。

 勇斗と尚樹は黙々と穴を掘り続けた。

 ちひろがニコピンに膝枕をしながら座っている所に穴掘りを終えた勇斗と尚樹が戻ってきた。

 ちひろがニコピンのおでこを撫でながらぽつりと言った。


「…ニコピン…冷たくなっちゃった…本当に…本当にニコピンは…」


 勇斗がぼそりと言った


「…死んだんだよ」


 ちひろと尚樹が勇斗を見た。

 勇斗が続けて言った。


「だから…ニコピンの頼みを聞いてお墓に入れてあげなきゃ…それから…ニコピンの事は3人の秘密にしないといけない。

 俺たちは花子と小犬たちの面倒も見なきゃいけないし…」


 ちひろと尚樹が目を落として頷いた。

 3人でニコピンの体を抱えて墓地まで運んだ。

 ニコピンの体は驚くほど軽かった。

 墓穴にニコピンの体を横たえ、3人はしばらくニコピンの顔を見つめた。

 奇跡が起きてニコピンがまた目を開けて微笑まないかと思いながら3人はニコピンの安らかな死に顔を見つめた。

 ニコピンは目を開けなかった。

 やがて勇斗がシャベルでニコピンに土を掛けた。

 ゆっくりゆっくりとニコピンが土にうずもれていった。

 ニコピンを埋め終わっても勇斗達はしばらく墓の前を動けなかった。


「…お祈り」


 ちひろが言ったが3人とも気の聞いた言葉が出なかった。

 その代わり3人の目から涙がまた、こぼれた。


 その後、3人はのろのろと小屋の中の壁や窓についた血を拭いた。

つけっぱなしのテレビからは軽薄なバラエティ番組の騒々しい笑い声が流れていたが、勇斗たちの耳には何も聞こえなかった。

 勇斗達は花子の為の餌と水を用意して小屋を出た。

 勇斗達は何度も小屋を振り返りながら歩いて行った。

 勇斗達が家に帰ると元気の無さを親たちが不審に思いあれこれと聞いてみたが3人とも何も語らなかった。

 早めに床に着いた勇斗は中々寝付けず、2階の台所に水を飲みに降りていった。

壁にかかった時計は午前1時を廻っていた。

 日曜日で「つかさ」は休みだったが早苗は明日の仕込みのために1階の店舗に降りていた。


 勇斗が冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出した時、誰かが勇斗の名を呼んだ。


「勇斗」


 振り返った勇斗は口が利けなかった。

 死んだはずの父親の悟が台所のテーブルについてコーヒーを飲んでいた。

 あっけにとられてふらふらと近付いた勇斗を見て悟が微笑んだ。


「勇斗、おっきくなったな~」


 悟が勇斗の頭を大きな手で撫でた。


「…とうさん…」

「お前の友達の事は心配しなくていい。

 お前が一番わかってるだろう?」


 勇斗は訳も判らずに頷いた。

 悟がコーヒーを一口飲んで微笑みを浮かべた。


「素晴らしい事が起きる。

 とてもとても素晴らしい事が起きるよ」

「…何?何が起きるの父さん?」

「とても素晴らしい事だ。

 今まで誰がやろうとしても出来なかったとても素晴らしい事が起きる。

 すべての人たちが次の段階に進む、とてもとても素晴らしい事がやがて起きる…お前は自慢の息子だよ。

 ありがとう」


 悟が勇斗の腕を握って言った。


「…父さん」


 悟がコーヒーカップを勇斗に差し出した。


「勇斗、コーヒーのお代わりをくれないか?」


 勇斗はコーヒーカップを受け取り流しに行った。

 振り向くと悟はいなかった。


「父さん?…父さん、父さん!」


 早苗が勇斗の声を聞いて2階に上がってきた。


「どうしたの勇斗?

 もう遅いわよ?」

「母さん、父さんが今ここにいたんだ!」

「…」

「嘘じゃないよ!本当に父さんが!」


 早苗は両手を口に当てた。

 早苗の目から涙がこぼれた。


「…勇斗、判るよ。


 あの人のにおいがするもの」

 早苗がしゃがみこんで嗚咽を漏らした。

 勇斗は早苗の肩を優しくさすってやった。


 夜が明けた。

 寝ている勇斗を早苗が揺り起こした。


「勇斗!勇斗!」


 目をこすりながら起きた勇斗に早苗が興奮した声で言った。


「とにかくテレビを見なさい!早く早く!」


 勇斗は何がなんだか判らないままテレビの前に行った。

 ニュースキャスターが興奮した様子でいつもと違う妙な早口でニュースを伝えていた。


「日本時間の本日午前4時、世界で確認されている限りの紛争地帯で兵士達が自発的に全ての戦闘行為を中止いたしました。

 えー、原因はわかりませんが今の所一切の戦闘行為が中止しています」


 画面では中東の街角で敵味方の兵士達が武器を捨て抱き合って踊り、歌い、それぞれの信じる神に感謝を捧げていた。

 民間人も兵士を恐れずに街角に出て踊り歌っている。

 口ひげを生やした浅黒い肌の兵士が興奮してカメラに向けてまくし立てていた。

 BGMに「イマジン」が流れていた。


「終わりだ!争いは終わりだ!神が全ての争いをやめろと言われた!

 もうこれからは誰も争いで死なない!我々人類はすべて愛すべき兄弟姉妹なのだと神は言われた!信じる神は違えども我々は愛すべき兄弟だ!」


 画面が再びスタジオに戻って、ニュースキャスターが早口でニュースを伝え始めた。


 「えー、このほかにも世界中のテロ組織がそれぞれの敵対する政府宛に話し合いの用意がありそれまでは一切のテロ行為を中止するとの声明が出されました。

 また、世界各国の警察署にはあらゆる事件の容疑者が出頭、自首しており、窓口が非常に混雑し混乱しているようです。

 えー、今、警視庁からの発表がありました。

 自首、出頭したい方たちは直接に警察署に来ないでまず電話で予約を取ってから出頭してくださいとのことです…プッ!おかしい!あっ失礼しました。

 お判りのようにわが国でも警察署が大変混雑し、対応が困難なので自首、出頭したい容疑者の方たちは電話で予約を取るようにお願いいたします。

 更に別のニュースです…」


 勇斗が叫んだ。


「母さん!素晴らしい事ってこれだ!

 昨日父さんが言ってた事ってこれの事だよ!

 僕、行かなくっちゃ!」


 勇斗は部屋に戻り、慌しく服を着て階段を駆け下りた。

 早苗が慌てて勇斗に声を掛けた。


「ちょっと!勇斗!どこに行くの?

 何?父さんが言った事って?」


 勇斗が階段を駆け下りながら叫んだ。


「贈り物だよ!僕の親友が凄い贈り物をくれたんだ!」


 家を飛び出した勇斗の目の前にエロガッパが立っていた。

 エロガッパはいきなり勇斗に土下座をして叫んだ。


「勇斗君!今まで意地悪をしてごめんなさい!

 どうか、俺を許してください!」


 一瞬、何を今さらと叫びそうになった勇斗の目の前にニコピンの顔が浮かんだ。

 勇斗は拳を握りしめながら「許します!」と叫ぶと小屋に向かって駆け出した。


 ちひろも、裕子に起こされてテレビを見た途端に慌しく服を着替え始めた。

 興奮してすごいわぁすごいわぁと言いながらテレビを見ていた裕子がちひろに叫んだ。


「おまち!どこに行く気?」


 ちひろがジャンパーを羽織ながら裕子を見た。

 裕子がじっとちひろの顔を見た。


「…小屋だね?ニコピンのところだね?…まさかこれ…あんたらの仕業かい?」


 感の強い裕子がテレビを指差して言った。

 ちひろが笑顔で答えた。


「それは…内緒なのだ!」


 裕子がにやりとして叫んだ。


「いっといで!車に気をつけるんだよ!」


 慌しく靴を履いたちひろがドアを開けた。

 誰かがドアの前に立っていて激しくぶつかった。

 裕子が働いていた美容院店長の女が立っていた。

 女は部屋に首を突っ込んで裕子に言った。


「裕子さん、また、店に戻ってきて欲しいんだけど…ごめんね!裕子さんが悪いんじゃないのに辞めさせたりして…本当に御免ね!」


 ちひろが女の横をすり抜けようとして肉屋のおばさんにぶつかった。

 肉屋のおばさんは丸ごとの鳥の肉を抱えて、ちひろにすまなそうに言った。


「ごめんねちひろちゃん、おばちゃん意地悪してお肉ごまかしてたんだ。

 お詫びに地鶏のいい奴を持ってきたから受け取って。」

「私、忙しいので母に渡してください!」


 アパートの階段には、今までちひろ親子を苛めていた人々が並んでいた。

 ちひろは声をかけてくる人々に「母に言ってください!」と言いながら階段を駆け下りた。


 尚樹も着替えながらテレビに見いっていた。 

 電話が鳴って慶子が出た。

 何か興奮したやり取りをした後何度もお礼を言って電話機に頭を下げた慶子は電話を置くと笑顔で尚樹に言った。


「尚樹!今日は学校休みなさい!

 東京まで美菜を迎えに行くわよ!

 退院できるんですって!

 美菜の病気、治っちゃったんですって!」


 尚樹が廊下に出て来て慶子に言った。


「ママン!僕どうしても行かなくちゃいけない所があるの。」


 慶子と尚樹がしばらく見つめあった。

 慶子の脳裏にニコピンが美菜の病気を治すとノートに書いた光景がよぎった。


「…あの河原の小屋に行くのね?」


 慶子が笑顔になった。


「判った!尚樹は後からばあやと一緒に来なさい。

 …ママンがあの人にありがとうって言ってたって伝えてくれる?」


 尚樹は返事もせずに家を飛び出して小屋に向かった。


 3人が小屋に向かって走っている間にも新しいニュースが続々と入って来た。

 きわめて即効性のあるエイズのワクチンをある植物から抽出する事に成功した。

 世界中の先天性疾患や難病の患者達が謎の回復をした。

 確認されている所では今の所犯罪が一件も報告されていない。

 全ての核保有国が保有する核兵器を放棄する声明を出した。

 医薬品、化学薬品などを取り扱う会社の全てが動物実験を必要最小限にとどめる発表をした。

 独裁政権や軍事政権の国々が速やかに民主化し、公平な選挙をする準備に入る声明を出した。

 国連には、ある国から環境保全、災害派遣、医療派遣、などの為に全ての保有する軍事力を差し出すとの打診があり、続々と各国が続いている。

 会社や学校で、苛めをしていた事を謝る為のメールや電話が飛び交い、携帯電話の通信網がマヒ状態に陥っている。

 大手の兵器メーカーが、持っている技術を医療や化学、環境保全の為に転用する用意があるとの声明を出した。

 各国で少数民族の弾圧を速やかに止め、今まで弾圧行為に対して補償をする用意があるとの声明が出された。


 ありとあらゆる国境問題について、全て国連の公平な調停に任せるとおのおのの当事国から声明が出された。

 政府の国会議員の中から過去に汚職などをしていた事を告白し、不正に手に入れた金をすべて返却し、引退、辞任などをして警察署に出頭する者が続々とでてきた。

 動物愛護センターでは保護した動物達の殺処分を廃止して里親が見つかるまで保護することを急遽決定した。

 毛皮業者達は動物たちを開放してケミカルな模造品の開発に力を注ぐと発表した。

 枚挙に暇が無いほどのニュースが流れ込み、各メディアのアナウンサー達の声がかすれ倒れる者が続出した。


 世界中のありとあらゆる争いや格差や偏見を無くす為の方法が真剣に検討され始めたが、実はもうそれらの事は存在しなかった。

 インターネットでは色々な問題に対する解決案が続々と書き込まれ、世界中の人たちが活発に会話を始め、いま地球が抱えている諸問題解決の為の熱い前向きな意見が飛び交った。


 あらゆる良いニュースが駆け巡り地球は混乱状態になった。


 人類史上始まって以来初めて、人々は困っている隣人に手を差し伸べ助け合い、あらゆる困難な問題に団結して向き合う事を選び、長年に渡る愚かな同士討ちの歴史に終止符を打った。

 現在人類が抱えている解決が困難と思われる様々な諸問題も、人類全体が心の底からの連帯を持ってあたればいともたやすく解決する事を知り、人々は唖然とし、今まで行ってきた愚行を心の底から悔いた。


 河原の道で勇斗は息を切らせて走るよたよたと走る尚樹に追い付いた。


「尚樹!」

「勇斗!」

「見た?」

「見た!」


 後ろからちひろが勇斗達を呼ぶ声が聞こえた。

 真っ赤な頬で走ってくるちひろは尚樹のスピードの合わせて走る勇斗にみるみるうちに追いついた。


「あんた達!テレビを…」

「見た!」


 勇斗と尚樹が同時に叫んだ。

 勇斗達は笑いながら小屋へと走った。

 小屋に着くと勇斗達は恐る恐る裏手の墓地に行った。

 墓地を見て勇斗達は互いに手を取り合って飛び跳ね、歓声を上げて小屋の戸を開いた。

 昨日の中学生が土間に腰を掛けて座っていた。

 その横では泥だらけになったニコピンがコンビニ袋の中からおにぎりやサンドイッチなどを次々と引っ張り出してはむさぼる様に食べていた。

 中学生が勇斗達を見て慌てて立つとどもり、つかえながらぼそぼそと話した。


「…あの、昨日はごめん…あれから気になって朝ここに来たら、こいつ、あ、いや、この人が泥だらけで座っていておなかが空いてるっていうから…コンビニ行って色々買ってきて…本当にごめん…俺…警察行かなきゃ」


 中学生が小屋から出て行った。

 勇斗達はポカンとして中学生を見送った、が、歓声を上げておにぎりを頬張るニコピンに抱きついた。


「ニコピン!」


 勇斗達に抱きつかれてニコピンがおにぎりを飲み込み、サンドイッチにかぶりつきながら言った。


「かみしゃまが、もういちど、いきりょっていったにょ」

「だって俺達、ニコピンを生き返らせてください!ってお願いしたもん!」


 勇斗達は口々にお帰りと叫びながらニコピンの泥だらけの顔によってたかって頬刷りをした。

 みんな泥だらけになって心の底から笑いあった。

 笑いすぎて涙を流した。

 昨日からつけっぱなしのテレビが世界中からの良いニュースを伝え続けている。


 勇斗、ちひろ、尚輝は、嬉しすぎて嬉しすぎて生まれてから今まで一度も流した事が無いほどの涙を流し、笑った。


 世界中の人たちと共に、泣きながら笑った。





エピローグ



 川原の小屋で勇斗達は、ニコピンが食べ切れなかったおにぎりやサンドイッチを頬張りながらテレビを見ていた。

 テレビでは、世界中に起きた良いニュースとそれにまつわる混乱の数々を流し続けていた。

 ニコピンは沸かしたお湯で体を洗い、新しい服に着替えて花子の散歩に出かけている。

 尚輝がおにぎりを口に詰め込みながら言った。


「…これからどうなるんだろう?…幸せすぎてみんな馬鹿にならないかな?」

「科学とか進歩しなくなったりしてね」


 ちひろもサンドイッチを食べながら呟いた。

 勇斗がおにぎりを飲み下しながら言った。


「…確かに戦争とか無くなれば科学の進歩が遅れるという人もいるだろうね…でも、俺は違うと思うよ。

 戦争をやるどころじゃないくらい今この星は危ないって言う事に皆が気が付いたと思うんだ。

 これから、もっともっとやるべき事が多くなって人類全体が忙しくなると思う。

 戦争をやるくらい一所懸命にやれば、もっともっと科学とかは進歩すると思うよ。

 俺達みたいな子供も覚えなきゃならない事や、やらなきゃいけない事がずっとずっと増えると思う。

 今まで見て見ぬ振りをしてきた事が多かったからね。

 …でも、これからやらなきゃいけない事はきっと本当に必要な事なんだよ、きっと。

 …俺は喜んでやるよ、うん、心の底から喜んでやる」

「そうだね、勇斗が言うとおり、これから僕達が忙しくなるかもね。

 でも、確かに本当にやらなきゃいけない事がたくさんあると思うよ」


 尚輝がウーロン茶を飲みながら言った。

 ちひろがテレビを見ながらいった。


「でも、これってさ、確かに奇跡かもしれないけど…この奇跡のほとんどって神様の手を借りなくても私達人類が本当に心を合わせて頑張れば…できることだったよねぇ?」

「ほんとほんと!」

「人類って、情けないねぇ!」

「まぁ、これからって事で」

「頑張れ人類!」

「頑張れ人類!」

「頑張れ人類!」










「頑張れ人類。」








終わり

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