第20話 楽園化による破滅

そして数万年後

ワルドの本体は、一番近くに存在する光点のとこまでたどり着いていた。

「よし。下方次元である三次元を調査せよ」

ワルドの命令で、三次元へ調査体が派遣される。その結果、光り輝く恒星とその周囲をめぐる複数の惑星が確認された。

惑星のうち、三番目をめぐる星に水と酸素の存在が確認される。

「もしかして、生物がいるかも……」

そう切望するワルドの期待は、すぐにかなえられる。海が七割、陸地が三割を占めるその惑星には、多くの動物が生を謳歌していた。


「なんか、見たことがあるような動物がいる」

その惑星には、ワルドが元したバディ世界と同様に、鳥やドラゴン、獣などの生物が存在していた。

「よし、彼らを捕まえて、僕の本体地表に放流させよ」

ワルドの命令は、白美族と堕人族によってすみやかに実行される。

「あははは。可愛い動物でいっぱいだ」

今まで細菌や虫が変化したようなグロテスクな生物しか地表におらず、寂しい思いをしていたワルドは、思う存分動物たちを愛でて癒されるのだった。



ワルドは、新たに発見した生物が存在する星を「地球」と名付ける。

まだ「地球」には知的生物が存在していないようで、巨大な爬虫類が地上を闊歩していた。

ワルドはそんな「地球」をウオッチして、気に入った生物を自分の惑星に連れてきて繁殖させる。

そんなことを数千万年も繰り返している間に、いつしか巨大爬虫類は衰え、哺乳類にとって代わられるようになり、さらにその中から直立歩行する生物が現れた。

「もしかして……この生物が「人間」になるんじゃないだろうか」

ワルドは期待をこめて、その生物を見守る。そして長い長い進化の果て、ついに「人間」が現れた。

「やった。とうとう人間が現れた!」

喜んだワルドは、さっそく人間を自分の惑星に連れてくるが、そこではっとなる。

「待てよ。地球の生物に酷似した動物や魔物が、バディ世界には数多くいた。ということは……」

亜空間に追放されたとき、堕人王から告げられた「ここは、遥かなる時を遡りし彼方の世界」という言葉が思い出される。

「そうか。そういうことだったのか……」

ようやくすべての真実が理解でき、ワルドは一人苦笑を浮かべるのだった。



ワルドは、ようやく出会えた自らにそっくりな生物「人間」を、まるで我が子のように可愛がり、彼らには特別な恩寵を与えていた。

自らの惑星の一番気候のよい地域に住まわせ、彼らの餌となる美味しい果実がなる植物を用意する。また白美族や堕人族に命令して、彼らを襲おうとする細菌―魔物たちから護らせた。

食事に困ることのない豊富な餌と、争いのない環境により、人間たちはどんどん増えていく。

「かみさまーありがとう~」

恵まれた環境にいるためか、知能のほうはさっぱり成長せず、大人になっても赤ん坊のようなふるまいだったが、ワルドはいつまでも可愛いままの彼らに満足していた。

「まあ、知能は低いままだけど、可愛いからいいか」

人類をペットのように猫かわいがりし、しばらくは幸せな時が続く。

しかし、ある時を境に急に人類の数が減少に向かい始めた。

「え?どういうことだ?生きるための餌には不足させず、危険のない環境を用意しているのに」

不審に思ったワルドは、「人間」に転生して内部からその様子をさぐろうとする。

しかし、ワルドの魂が宿った赤ん坊は、母親に育てられことなく捨てられてしまった。

「子供きらい~いらなーい」

母親は子供から顔をそむけると、その辺の路上に置き去りにしてしまう。周囲には同じように捨てられた赤ん坊たちの餓死体が転がっていた。

「ワルド様!」

見守っていた白美族に慌てて助けられたが、その後も扱いもひどいものだった。

「ぶさいく~いけめんじゃない。よわい~きらい~」

成長して少年期になったワルドは、女に相手にされずに交尾を拒否されてしまう。

女たちは、男の中のほうの数パーセントのイケメンや強い個体に夢中になり、大多数の他の男たちを無視するようになっていた。

彼ら女を独占する「強い個体」は次第に傲慢になり、支配者として食料と住居スペースを独占するようになる。ワルドを含めた「弱い個体」は狭いスペースに追いやられ、食べることと寝る事以外に関心を持たなくなってしまった。

そして、女たちは「強い個体」のオスたちの関心を得るために、子育てを放棄して男たちに媚びることに熱中する。彼女たちのストレスは若い個体に向かい、子供たちに対する虐待が始まった。

数十年後、老人になったワルドが死を迎える頃には、幼い人間の死亡率は100%に達し、繁殖率はゼロになった。「弱い個体」の男女の中には異性に相手にされない絶望からか同性愛が横行し、「強い個体」においては格差社会が進行しすぎたせいで餌が豊富にあるにもかかわらず強者による弱者への虐めや争いが勃発し、ついには個体数が大幅に激減し、絶滅寸前の状況になっていた。

「なんでこんなことになったんだ……」

死の淵で嘆き悲しみワルドに、何者かの声が響く。

「決まっているだろ。全部お前のせいだよ」

「僕のせい?」

「そうさ」

ワルドの前に、死神の仮面をかぶった少年の精神体が現れる。

「……貴様―まだ存在していたのか!」

「哀れなものだな。お前には生物というものの本質が分かっていない。闘争する必要がなく、理想的な環境に置かれた生物は、ただ穏やかに滅んでいくのさ」

ラットを使った実験の一つに、「ユニバース25」というものがある。

十分な量の食料と水と、広い生活空間を持つネズミ用の特別な空間「マウスのパラダイス」とでも言うべきものを作ると、彼らはすぐに繁殖を開始し、その結果、マウスの人口は急増する。

しかし、しだいに繁殖力が著しく低下し始める。ネズミの数がある程度増えると、大柄な個体は小柄な個体を攻撃して餌とメスを独占するようになる。ネズミの間に階層ができ、いわゆる「のけ者」が出現した。

その「のけ者」たちはメスに相手にされないため、食べる事と寝る事以外関心をもたなくなる。同時にメスたちは子育てに関心をもたなくなり、ネズミの出生率は激減した。

その結果、理想的な環境であったにもかかわらず、ネズミの群れは全滅したのであった。

「つまり、楽園を作って人間たちを甘やかせたことが滅亡につながったのか?」

「そうさ。結局、生物にとって理想的な状況「楽園」は、存在すら無くしてゼロに戻るということに行きつくのさ。さあ、諦めて、すべてを虚無に戻してしまおう」

死神は甘い言葉で、ワルドを虚無にいざなう。

「いやだ。まだ「僕」を生み出せていない。両親にも、フランにもシルキドにも再会できていない。このまま諦めてたまるか」

ワルドは、死神の誘いをはねのける。

「やれやれ、いつまで無駄なあがきをつづけるんだか。まあせいぜい頑張るんだな」

苦笑を残して、死神は消えていく。同時にワルドは死を迎え、惑星の本体に戻っていった。



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異世界に(として)転生しました。~お前たちがいるのは俺の体の上なんだけど、わかってんの?~ 大沢 雅紀 @OOSAWA

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