第19話 惑星推進プロジェクト
「ええい。どっちもやめろ。僕の世界を勝手に作り変えるな。ハゲも肌荒れもごめんだ!」
そう思念波で怒鳴りつけ、両種族を黙らせる。
しばらく考えた末、ワルドは両種族の住む場所を体表面から離すことにした。
「とりあえず、髪を地上から浮かせて神経を遮断する。かゆくてたまらんからな。シラミ族はそこで生活しろ」
「し、しかし、そうなれば恵みの赤水が」
絶望的な顔になるシラミ女王ロースを、ワルドは宥める。
「一本だけ神経を通さない太い毛を通して、それを通じて血を供給してやる。髪の毛を支える生命線として守れ」
おおっと喜ぶシラミ族を置いておいて、ワルドは次にダニ族に向き直る。
「お前らダニ族は僕の体内で生活しろ。そうしたら体内の脂が食い放題だろうが」
「は、はいっ」
ダニ族は、ワルドの口から惑星内に入って地下で生活することを受け容れた。
「いいか、僕の体に住まう以上、無駄な争いは許さん。両種族は切磋琢磨し合って知恵と技術を磨き、新たな文明を作るんだ」
「ははっ」
新たな使命を得た両種族は、涙を流して歓喜する。
こうして、ワルドの体に知的生命体が生まれたのだった。
両種族の元を去ったワルドは、複雑な気分になる。
「知的生命体が生まれたのは喜ばしいけど……なんていうか、「人間」じゃないんだよなぁ。他の生物も、元居た世界の動物とか似ても似つかぬものばかりだし。どっちかといえば、魔物みたいだ」
ワルドの創造した世界にいる生物は、不定形な粘液のようなもの、丸い粒が連なったようなもの、放射状に広がる触手のようなものなど、元いた世界でいえば魔物のようなものばかり。とても見ていて心が安らぐものとはいいがたかった。
「人間がほしい。可愛い動物がほしい」
そんなことを思いながら、ワルドは惑星である本体に戻っていった。
三億年後
ワルドの体に生まれた二つの知的生物、シラミから進化した白美族とダニから進化した堕人族は、互いに協調して惑星の自然環境を守りながら、文明を発展させてきた。
この一億年で、両種族ともかなり人間に近い姿に進化しており、知力を発達させつづけた結果、かなり高い文明を築いている。
惑星の北方上空には、元頭皮であった部分が宙に浮く巨大な森を形成し、そこには多くの円盤のような物体が並んでいる。
それらは、白美族と堕人族が協力して作り出した、宇宙を渡る船だった。
「では、神よ。行ってまいります」
「うむ」
跪いて挨拶する宇宙飛行士に、ワルドは頷く。今日、彼らは歴史的な日を迎えようとしていた。
「宇宙のはるかかなたには、さまざまな光点がある。それらはもしかしたら、私のような『星』なのかもしれん。そうであれば、そこには人間や動物がいるのかも……」
ワルドの孤独感を感じとり、宇宙飛行士たちは奮い立つ。
「私はこの場から動くことができぬ。ゆえに、お前たちを派遣して何があるのか探らせる。よいか、必ず生きて帰ってくるのだ」
「はっ」
両種族の宇宙飛行士は、神から直々に使命を与えられて感激する。
「たとえ何万年かかろうが、なんどクローン転生を繰り返そうが、旅を続けて宇宙の謎を探ってまいります」
宇宙飛行士たちの顔に覚悟が浮かぶ。宇宙に浮かぶ光点はあまりにも遠い場所にあるので、どちらの種族もたどり着く前に肉体の寿命が尽きてしまう。そのため、円盤にはクローン製造設備一式も搭載されており、肉体が寿命を迎えても新たな肉体に転生して旅を続けることができるようになっていた。
「期待している。では、行け!」
ワルドの命令を受け、円盤ははるかかなた先に浮かぶ光点目指して飛んで行った。
そして数万年後
宇宙の深淵目指して旅だった複数の円盤のうち、一機が戻ってくる。
ボロボロになりながらも戻ってきた乗組員により、一つの情報がもたらされた。
「なに?あの光点には実体がなかっただと?どういうことだ?」
「はっ。調査結果をご報告します」
ワルドの前で、数万年もかけて手に入れた情報が公開される。
それによると、あの光点は実体をもった「星」ではなく、この次元-亜空間より一段下にある「三次元」から空間を超えて漏れてくる恒星の光らしい。
「つまり、下方次元である三次元には私のような『星』があるということか」
「おそらく」
それを聞いて、ワルドは考え込む。
「次元間を超える技術はすでに開発されています。また近くまでいければ、「星」を探すことができるでしょう」
「……だが、私はこの場所から動けない。『星』を見つけてそこに住む人間や動物を探そうとしても、本体である惑星を動かせない以上、無理なのだ」
ワルドの絶望が白美族や堕人族にも伝わり、重苦しい雰囲気がながれる。
しかし、その時堕人王ダニエルが手を挙げた。
「恐れながら申し上げます。もしかしたら、神のお体を動かすことができるかもしれません」
「なんだと?どういうことだ?」
ワルドはすがるような思いで、ダニエルに聞き返す。
「我らですら近づけぬ、封印されたダンジョン「アヌスホール」を開き、核融合弾を打ち込んで地中のガスを爆発させれば、惑星を動かす推進力を得られます」
空中に画像が浮かぶ。そこには、惑星下部に存在する誰も近寄れない強力な臭いを発する巨大な穴が不気味に開いていた。
「うっ。そ、そんなことをしたら、「G」になるかも……」
そう思って躊躇するが、このままここにいても永遠の孤独感に苛まされるだけである。
「やむを得ぬ。許可しよう」
「はっ。我らの全力をもって、神のお体を動かしてごらんにいれます」
こうして、惑星推進プロジェクトが開始される。両種族の科学技術の粋を集めた核融合弾が、「アヌスホール」に撃ち込まれることになった。
「よし。完全超越弾『カンチョ―号』カウントダウン。5、4、3、2。1、発射」
慎重に侵入角度を計算された、巨大な指の形をした核融合弾が、アヌスホールに撃ち込まれる。
「あへっ!」
同時になんとも言えない刺激が走り、ワルドは思わず変な声をもらしていた。
「カンチョ―号」は、アヌスホールの中で核爆発を起こす。同時に周囲のガスに引火し、すさまじい推進力を生み出した。
「ブップププーーーーーーーーーーー」
ホールから噴出された爆発が、惑星全土を動かす。ワルドの本体である惑星ははるか遠くの光点目指してすごいスピードで進んでいった。
そして、アヌスホールの最深部―
核爆発によって、住む場所を完膚なきまでに破壊されたある種族が、歎きの声をあげていた。
「神よ……なぜ我らを見捨てたのですか?」
ほとんどの同胞をうしなった彼らは、悲しみに暮れている。
彼らはハエ族といい、アヌスホールから排出される廃棄物を食べて生きてきた種族である。
彼らも他の種族と同様に、ワルドのことを神と崇め慕っていたが、神は彼らのことなど存在自体を知ろうともせず、ムシケラとして踏みにじってきた。
嘆き悲しむ彼らの前に、死神の仮面をかぶった少年が現れる。
「これでわかっただろう。神はお前たちのことなど気にしていない。むしろ、自らの体に住む害虫だと思っているのさ」
「そんな……」
ハエ族は歎き悲しむ。しかし、死神の仮面をかぶった少年のいうことは、遺伝子に刷り込まれた本能から理解できた。
神は彼らハエ族を忌避してる。病気をもたらす不潔なものとして嫌っているのだ。
「だが、害虫にも役割はある。それは、身体に病をもたらし、その生命活動を停止させて安らかな死へと導くことだ。お前たちはそのために産まれたのだ」
死神の言葉がハエ族に染みわたっていく。
「あなたさまは……?」
「わかるはずだ。お前たちは私に属するべき存在だとな」
その言葉に、ハエ族は平伏する。
「我々は、神に死をもたらすために産まれたのですね」
「それが神のご意思なら、我らは従います」
彼らの叫びを聞いた死神は、ニヤリと笑って命令する。
「お前たちは、これから「病魔族」と名乗って地下に潜め。そして進化を続けて時を待つのだ」
こうして、病魔族は惑星のあちこちにひっそりと潜んでいく。
この世界に「病魔」が放たれるのであった。
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