わたしはちがう

犀川 よう

わたしはちがう

 クラスの子たちが、わたしからはなれている気がする。

 

 ううん。まちがいない。いつもは元気にあいさつをしてくれる、友達の美和みわちゃんも、きょうちゃんも目をそらしている。男子たちもどこかよそよそしくて、教室のわたしの席のまわりには、ぽっかりと穴が開いたように、だれもいない。


 きっと昨日のことだ。わたしが授業中に泣いてしまったからだ。


 国語の教科書にのっているお話で、キツネがりょう師にうたれてしまう物語だ。キツネにはなんの罪もないのに、りょう師や村の人たちはよろこんでいる。これまでのいたずらをキツネのせいだと思っているから、みんな幸せそうな顔をしている、というお話なのだ。

 

 わたしはそれを読みながら泣いてしまった。このキツネが自分の家にいる犬のシロだったどうしようと思って悲しくなってしまったのだ。どうしてそう思ったのかはわからない。ただ、きょうちゃんが音読している中、わたしはふと、シロがうたれてたおれている姿とそれをよろこんでいる大人たちを想像したら、胸が張りさけそうになってしまったのだ。

 だから、気がついたら声を出して、泣いていた。


 昨日の今日というやつで、わたしはまだ変な子あつかいされている。クラスのみんなも意地悪をしているつもりはないのだと思う。ただ、美和ちゃんは一緒に登校してくれなかったし、きょうちゃんもどこかわたしに気を使っている。


「わたし、やっぱりへんなのかな」


 ポツリ、つぶやいてみた。

 美和ちゃんもきょうちゃんもハッとした顔をして、「そんなことないよ」と言って近寄ってくれた。

 わたしはその言葉で、「そんなことあるんだ」と思った。


 教室の遠くにいる男子が、「ふつうは泣かないよな」とボソッと言った。その子はあわてて口をふさいだけれど、それがみんなの「ふつう」の気持ちだ思う。

 

 みんなが言葉にしていないだけで、みんなが「ふつう」で、わたしが「ふつう」ではないのだ。


 ◇

 

 次の日、先生はわたしを社会科資料室に呼んだ。先生はわたしが泣いたことを知らない。授業中だけど、たまたま何かの用でとなりのクラスに行っていたのだ。

 わたしは何を言われるのだろうと心配をしながら、社会科資料室のドアをノックした。中から「どうぞ」という、いつもの先生の声がする。


「失礼します」


 わたしは中をのぞきこむようにして入る。よかった。先生は笑顔だ。


「ここに座ってね」


 先生はやさしく言ってくれる。わたしは先生の机をはさんで向かい側に座る。


「いきなり呼び出してごめんなさいね。なんだか元気がなさそうなので来てもらったの」


「はい……」


 先生のことばにわたしはそのままうなずく。


「何かいやなことがあったのかしら? クラスのだれかにいやがらせされたとか」


「いいえ。そんなんじゃありません」


 わたしの反応に、先生は笑顔をくずさずに続ける。


「では、ご家庭のことかな? それとも自分のことかな?」


 先生はどこまでも心配な気持ちから聞いてくれるが、わたしはどう答え

てよいのかわからない。


「……自分のこと、だと思います」


「そう。よく言えたわね。それだけで十分よ」


 先生はそう言うと、一枚の真っ白なプリント用紙をわたしにくれた。


「何があったのかを、今、説明できる?」


 わたしは顔をフルフルとさせる。


「そう。ではこのプリント用紙に書いてみない? どんなことでも、どんな書き方でもいいのよ。あなたが思っていること、不安なことを、書いてはくれないかしら?」


 先生はそれだけ言うと、社会科資料室を出た。わたしは座ったまま、真っ白なプリント用紙に目を落として、しばらくじっと見つめていた。


 ◇


 あれから数日が経った。

 結局、プリントを先生に渡すことができなかった。書きたくないのではなくて、何を書いていいのかわからなかったのだ。自分が人とちがうことの何をなやんでいるのか、人と同じになりたいのか。考えてみても、不安も希望も文字にすることができなかった。


 ただ、ぼんやりとした気持ちが、わたしの中に残っているだけなのだ。


 幸いなことに、クラスのみんなとはまた、ふつうに話をしたり遊ぶことができるようになった。何も解決していないけれど、あの時以上に何も悪いことはおきていない。わたしも教科書のキツネことを思い出して涙することもないし、家のシロのことを重ねて悲しくなることもない。美和ちゃんもきょうちゃんも、いつも通りの友達にもどってくれている。

 まるで、わたしが泣いたことなんてなかったかのように、ふつうの学校生活にもどっているのだ。


 先生には、書けなかったことを、「ごめんなさい」とあやまった。先生はわたしの顔を見て、「いいのよ。これは宿題ではないのだから。あなたがそれでいいのであれば、何も書かなくてもいいのよ」と言ってくれた。


 わたしがプリント用紙を返そうをすると、先生は「それを紙飛行機にして飛ばしてみたらどうかしら? 気持ちがスッキリするかもしれないわよ」と笑いながら言う。

 わたしはそうしてみようと思い、だまってうなずいた。それから先生に「さよなら」を言って、学校を出た。


 家に帰って、自分の机で紙飛行機を作ってみた。それから散歩したがっているシロを連れ出し、いっしょに土手へと向かう。

 春の気持ちのよい天気で、シロはうれしそうにしっぽを振っている。


 土手に着くと、一番高い場所から紙飛行機を飛ばしてみた。紙飛行機はゆらゆらと飛んでいき、そのままゆっくりと土手の下に落ちた。


「あんまり、飛ばなかったね」


 わたしはシロに話しかける。シロはわたしの足にすりよるだけ。

 

 どこまでも青い空。わたしは土手の上でねそべってみる。わたしの気持ちなんて知らない鳥たちは、紙飛行機とはちがって、どうどうと大空を羽ばたいている。


 なみだでにじんだ青い空。シロがそっと寄りそってくれる。なでてあげると、くぅんと鳴いた。


 わたしはちがう。みんなとちがう。それは、だめなの?


 しばらくすると、二ひきのねこたちがむじゃきな顔をしてやってきた。グレーの猫は夢中でちょうちょを追いかけて楽しそうだ。茶色の猫はねむたそうにしながら、わたしのそばまで寄ってきて、わたしの服のそでにしっぽをちょこんとくっつけて、ねむりはじめた。


 あたたかい春にあつまる、ちがうもの同士。 

 わたしはなみだをふいてから、立ち上がる。


 わたしはちがう。みんなもちがう。それで、いいじゃない。


 あたたかい春の風がふいて、わたしのスカートと気持ちをゆらす。 下に落ちていた紙飛行機は、そんな春の風に運ばれて、ふたたび青い空へと飛んでいく。


  おしまい。

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