第2話 授業開始!

 カーンカーン。

 授業の始まりを告げる鐘が鳴る。

 桜の立ち並ぶ校庭を抜けて、急いで校舎に駆け込む。

 遅刻だ。やってしまった。理由はちゃんとある。

 昨日の疲れもあって寝坊。

 しかし、言い訳を聞いてほしい。

 最低階級星人の地球血統である僕の寮は校舎から一番遠い。頼みの綱である起床の鐘が全く聞こえなかったんだ。


 階級が上の異星人はわざわざ教員が寮まで迎えに行く。最低階級と最上階級の待遇には天地ほどの差がある。不公平だ。

 あーー。なんで僕は地球人テーラーなんかに……。

 さっそく自分の生まれを呪う。


 走ってはいけない廊下を駆け抜け、

 教室の前で呼吸を整え、

 そっと人目につかぬように入る。


 宝石を盗む怪盗の如く、足音を立てずに素早く侵入したつもりだった。


 ところが教室中の視線を一度に集める。

 それもそのはず、怪盗氣取りの間抜けが入ってきたのは、教室の前方、つまり授業中最も視線の集まる教壇側だったんだから。

 おまけに制服は昨日の決闘でボロボロになったので、全身ジャージ姿。

「あら、アノンさん。おはようございます。席に座りなさい、遅刻の言い訳は後で聞きます」

 必要な言葉を淡々と並べる植星人プラタントのダリア先生。

 植星人は植物から進化した宇宙人。ツタのような手足、輪郭に沿って生えた大きな花弁、そして太陽のような満面の笑み。

「はっはい」

 良かった、怒ってはいなさそうだ。植星人は温厚な人が多い。

 あんまり人と視線を合わせたくないので俯きながら席に向かう。

 昨日の決闘といい、今日の遅刻といい、学校生活の出だしは決して好調とは言えない。


 電子黒板にスライドを映しながら座学は進む。

「意能力はイメージ力を活用して現実に干渉する力です」

 今日の授業は意能力の基礎講座だった。教えてもらう内容はほとんどが一般常識。

「意能力は宇宙人が進化していく過程で獲得したもので、能力は人によって千差万別。

 物質・原子の創造、物理法則のコントロールや身体機能の向上など多岐にわたります。

 人によって程度は異なりますが、意能力の熟練度は才能×経験が基本」

「才能×経験」と大きく表示する電子黒板。


「はいはーい」

 と生徒の一人が挙手をする。

「それって、地球人も使えるんですか~~?」

 くすくすと人をあざける笑い声が聞こえてくる。

 急に周囲からの視線を強く感じた。なるべく存在感を消そうと肩をすくめる。

「そうですね、使える方は使えます。一昔前までは地球人は意能力が使えないという誤った認識をされたいましたが」

「下等種も使えるのか!便利だな!一生発電機にでもなってもらおうかな!」

「「「わっははははは」」」

 教室に爆笑が巻き起こる。

 予想はしていたけど、けっこう精神的に……。


「静かにしなさい!」

 ダリヤ先生の一喝に笑い声がピタリと止む。

「ここに集った者はみな騎士を目指す同志。互いに尊重し合いましょう。

 それとも一人を大勢で蔑むことが騎士ですか?」

「納得できません!先の戦争の原因も最低下級星人じゃないですか!」

 その通り。第六次星団戦争の原因は地球人の核兵器使用によるもの。しかも、他惑星に向けて無警告で放ち、何十億という命が星ごと消した。まさに悪魔の所業である。

「それは事実かもしれません。しかし、なぜそんなことを地球人はしたのでしょう?

 歴史は勝者が作るもの。皆さんの年齢ならばわかりますね」

 驚いた。まさか擁護してもらえるとは。

 しかもかなり際どい発言。一歩間違えれば、不敬罪で捕まる。


「…では授業の続けます」

 ダリヤ先生が電子黒板を操作する。

「つまり、意能力とは鍛錬でいくらでも才能を凌駕することができるのです」

 スライド内の『経験』を強調するように波線が引かれる。

 この学校に来てよかった。心からそう思えた。


 ~~~~~~


「アノンさん、教室のごみ出しが終わったら、職員室に来なさい。遅刻の反省文を書いてもらいます」

「はい」

 階級が階級なだけに、ひどい仕打ちを覚悟したが、ダリヤ先生なら大丈夫だろう。

 どうやって反省文を埋めようか呑氣に考えながら教室をでた。

「剣術の試験大変だわ」「わかるわ~」

「俺にもコツ教えてよ」「私の意能力はさ…」

 廊下には様々な異星人たちが戯れていた。当然各星々のエリートたち。

 どんな意能力をお持ちなんですかと話しかけてみたいが、いささか僕には難易度が高い。昨日の決闘の件もあり、目をつけられていることだろう。

 なるべく目立たないように歩く。

 ざわついた廊下に一人の少女が歩いてきた。

 一瞬廊下が水を打ったように静まり返る。

 そして、彼女についてひそひそと話しが始まる。

「ほらあの子だよ、飛び級でこの学校に入った」

「っ嘘!妖星人エルフじゃん!」

「キレーイ」

 僕も自然と少女に目が向く。

 小柄な女の子だった。

 長く尖った耳、綺麗に結ばれたポニーテイル、澄んだ黄色い瞳。

 凛とした歩く姿に視線が釘付けになる。

 袖口の広い上着を制服のうえから羽織っている。確かキモノとか、ワフクとか言ったような…。


 ヤヨネ。

 年は僕の一つ下の14歳。

 飛び級でこのクリーブランドに入学。僕のようなコネではなく、剣術試験を満点合格した強者。

 実力で飛び級なんて羨ましい限りだ。

 おまけに種族は上位階級の妖星人。妖星人は王族や政治家にも多い、優秀な遺伝持ちの種族。


 きっと卒業後は騎士団から引く手あまたな存在になるんだろうなぁ。

 僕とは住む世界が違う。羨望の眼差しを向けるが、向こうは全く氣にしない。

 ヤヨネは周囲の反応なんて構わずに、清楚なポニーテイルを揺らしながら突き当りを右に曲がる。


 ~~~~~~


 ごみ捨て場に着いた。外れの校舎の裏側にある人毛穴ない場所だ。

 指定の位置にごみを置いておけば業者が回収する。

 ルール通りにごみ袋を置いて、来た道を帰ろうとすると、

 どっ。

「っわ!」

 なにかにぶつかり、尻餅をつく。

「いててて」

「おい、後輩。俺様にいきなりぶつかるとはいい度胸だな!」

 見上げると、ガタイのいい三人の虎人トラニカが意地の悪い顔をしながら仁王立ちしている。

 いやな予感がする。

「先輩に対して」

「そんなことして」

「いいんですか~?」

 順々に高圧的な煽りをしてくる。

「こいつぁ」

「いっちょ」

「礼儀ってヤツを教えてやんないとな!」

 三者の毛深くてゴツイ腕は可愛い後輩を殴りたくて仕方がないようだ。

 まずい!非常にまずい!

 決闘以外で能力と剣術の使用は禁止されている。校内では腕力で自分を守らなくてはいけないが、僕はからっきしだ。

 三人の虎人はまるで得物を見つけた肉食動物のように、じりじりと距離を詰めてくる。

 虎人の身体能力は優れており、100メートルを6秒台で走れる脚力をもつ。逃げ切れるわけがない。

 ひっひひひと残忍な笑みを浮かべながら歩み寄ってくる肉食動物。

 ボロ雑巾にされる覚悟を決める。

 あーーあ、職員室の前に保健室に行かなくちゃいけないな。

 その時、

「ちょっと待てよ、先輩!」

「うん?」

 三人の背後から声が聞こえた。

「一人をいたぶるのが騎士志望のやることか?お腰の剣が泣いてるぜ」

 振り向くと三人と一緒に声の主を見る。

 鍛えられた筋肉質な體、真っ直ぐに逆立った髪の毛、自信に満ちた表情。

 かっこいい、それが第一印象。

 男はぱっとみ年上にの人型宇宙人。見た目は地球人の僕とほぼ同じ。

(だからといって地球血統とは限らないが)

「なんだ邪魔しようってか!」

「おいおい、仲良くしようぜ!これでも親戚だぜぇ」

 にっと、長く尖った犬歯を見せる。

 なるほど、混血種だ。星団中の異星人が交流できる時代には珍しいことではない。いろんな異星人の遺伝子を持っているのだろう。

 どうやら、この男は三人の虎人とやる氣らしい。

 恐れ知らずにもいいとこだ。


 しかし何だろう?

 この自信に満ちた雰囲気は?

 そもそも、なんで僕なんかを守ってくれるんだ?

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救星天使人~宇宙をめぐる騎士物語~ 仲沢喜祐 @uegao

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