第1話 星立騎士学校の入学と決闘

 夢か現か、時間が止まっていた――。

 舞い上がった砂埃も、観衆からの罵詈雑言も、天窓から射す日の光も、すべてが静止している。

 自分だけ世界に取り残されたようで現実感がない。

 光の波長さえ止まっているせいか、灰色がかった景色が広がる。


 こんな異常事態だというのに、なぜか落ち着いていた。

 きっと、彼女がいたからだ。


 自然と目と目が合う。

 色彩の薄い世界でも彼女の色ははっきりしていた。

 蒼く透き通った長い髪、アクアマリンのような瞳、そして純白の翼――。


 天使人エンジェリアン


 星の救世主を加護する存在。


 ~~~~~~~~~~~~~


 第六次星団戦争後、『騎士』は活動の幅を広げた。

 戦闘員として活動していた彼らは、戦後の復興活動に従事し始める。インフラ整備、政府への資金提供、難民・戦災孤児保護など。

 星団社会に多大な貢献した『騎士』は高等職として位置づけられる。

 時代が進むにつれ、騎士の需要が増加。騎士の育成機関として、二千を超える学校が設立される。


 サウンド星立騎士学校・クリーブランド。星団騎士学校ランキング第6位の名門騎士学校だ。伝統、実績、教育水準どれもが一流。

 本来、僕のような低階級が通えるような学校ではない。ところが、訳あって僕はこの騎士学校に入学することになった。

 最低階級星人テーラーにとってこれ以上名誉なことはない。名誉どころかおそらく星団史上初めての出来事。

 はっきり言って奇跡だ。


 そんな歴史に残るかもしれない入学初日。

 僕は校門の前で立ち尽くしていた。

 理由はいろいろあるが、実感が湧かなかったというのが一番最初に挙げられる。

 入学できるという「事実」が、本当に「現実」なのか。確かめるためにポケットから合格通知を取り出し、文面を確認する。


 ――――――――――――――

 合格通知

 受験番号 1100

 氏名 アノン


 あなたは、サウンド星立騎士学校・クリーブランド入学者選抜における特別推薦選考の結果、本校に合格したことを通知します。

 ――――――――――――――


 何度も見直したが、合格通知の宛名には「アノン」としっかり、きちんと、明確に記されている。

 それでも僕は動かなかった。否、動けなかった。

 合格通知という物証を携えていても。

 だって怖気づいていたから。

 身分制度の確立したこの世界では、低階級というだけで身の安全を確保するだけでも困難だ。しかも、僕はよりにもよって僕は最低階級の地球血統。

 自分の種族を考えるとこれからが不安になった。校内では身分差別なんて当たり前だろうし、寮に入るのだから逃げ場なんかない。

 大きく口を開けた校門を前に足がすくむ。

 まだ間に合う。今なら引き返せる……。


 ――でも逃げるなんてしたくない。

 絶対騎士になると決めたんだ。

 今までさんざん逃げ回る人生だった。低階級というだけで教育どころか、衣食住も平気で奪われてきた。逃げなければ命にかかわる経験も一度や二度ではない。このままでは一生搾取される側だろう。


 運命を変えるためにはまず自分から変わらなければならない。


 高等職である『騎士』になれば、周囲は簡単に手出しはしてこれない。それどころが劣悪な階級社会を変革できるかもしれない。

 絶対に騎士になる。

 この夢だけは簡単に投げ出したくない。


 一呼吸おいて覚悟を決める。

 善は急げ。鉄は熱いうちに打て。

 太陽系第三惑星・地球のことわざを反芻し、決心が揺らぐその前に門をくぐりにいく。

 これが僕の騎士道の一歩目だ!

 夢へと大きく、そして力強く踏みこむ。


 グニュリ。

 ?

 何か弾力のあるものを踏んだ。

 それはしっぽだった。よくよく目を凝らすとうろこがある。

 しっぽの持ち主を確認するため、太く伸びている方にに視線を向ける。


 歴史に残る一歩目を踏み込まれた相手はなんと青魚星人。魚から進化した宇宙人で、かなりの差別主義で有名だ。

 しかも女性。女性の青魚星人のしっぽを踏むということは求婚を意味する。これは異星人であっても例外ではない。

「きゃーー!ロミオ、が私に求婚を!」

 耳障りな甲高い声を発する。

「んだと!!」

 僕はなんと悪運が強いんだろう。彼氏も同伴していた。

 詰んだ、完全に詰んだ。

 激怒した彼氏は僕の胸ぐらを掴むやいなや、どういうことだと問い詰めてきた。

「す、すいません、事故です、事故」

「事故だ!?テメーは俺のジュリエットへの求婚を事故でしたで済まそうってか!」

 いい度胸してるじゃねーか、と畳みかけてくる。

 入学初日にこんな目に合うとは。どうにかしないと。さっそく掲げた理想の危機である。

 なんとか状況を打開するべく僕は機転の利いた一言を思いつく。

「これがほんとの間交流!!」

「…」

「…」

「なーんつって…」

「…」

「…」

 寒い空気がその場を通り過ぎる。

「っふっざけんなーーー!決闘じゃーーー!!」

 渾身のジョークがものの見事に火に油を注いだ。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 連れてこられたのは校内の決闘場。

 舞台にはタイルは敷かれておらず、平らに均された地面が広がっている。三階建ての建物で、各階のアリーナから決闘を観戦できる。

 さっそく噂を聞き付けた生徒たちがアリーナに集まる。

 入学式をすっぽかして決闘なんて大問題だ。もちろんその観戦も。

 大きな天窓から射す日光が問題児の二人を照らす。


 今から一対一の決闘だ。決闘は騎士の伝統的な慣わし。上下関係や物事の方針を決める際に行う。

 校内において決闘は認めれている。ただし殺しは校則で禁止されている。認可されているといってもあくまでも形式的なもの。

 ルールは簡単。両者の合意もと戦い、降参した方が負けである。


「テメーだけは絶対に許さない!!!」

 決闘相手のロミオが叫ぶ。

 白色のまだら模様がはいった青黒い肌。黄色い眼球に浮かぶ真っ黒な瞳孔。膨らんだ頭部はやはり魚を連想させた。

 両眼が報復の炎に燃えている。

 ひーー、目が怖いよ、目が。

「お前に勝利して、俺は隷属権を行使する!!」

 高々と自分の得物を掲げて、宣言した。

「「「おおおーーーー!!」」」

 歓声が沸く。会場に僕の味方はいない。みんな僕が血祭りにあげられるのを待ちに待っている。

 隷属権とは自分の階級よりも下の人間を所有できる権利である。階級が低い人間には基本的には何をしても許される世界なのだ。

 日常的に行使されることはないが、相手を屈服させたとき発動することができる。

 つまり、負けたら一生あいつのペットだ。


 すべては社会が作った身分格差と僕の世渡り下手が招いたこと。

 あーあ、どのジョークをチョイスすればよかったんだろう?


 ロミオは軽装ではあるが、しっかりと誂えられた鎧と湾刀。

「今から決闘だってのに、お前ふざけてんのか?俺は丸腰を切る趣味はネーゾ。それともお前の星じゃ、騎士が剣を使う職業だって教わらないのか?」

「「「あーっはははは!!!」」」

 どっと爆笑が巻き起こる。

 嘲笑されるのも仕方ない。僕は剣の鞘どころか、

 剣なんて高価なもの買えるわけがない。

 おまけに装備は学校から支給された制服のまま。


「この曲芸志望が!」

 容赦なく斬りかかってくるロミオ。

「うっお!ちょっと待って!」

 なんとか紙一重で回避する僕。

 なかなかの剣筋。エリート校に進学してくるだけはある。

 間合いを詰められちゃダメだ。ロミオがこちらに標準を定めて決めの一撃を放つ前に、彼の視界から離れるようにしよう。

 幸いステージは直径200メートル以上ある円形。へまをしない限り、追いつめられることはまずないだろう。

 僕は立ち向かうことはせず、一定の距離を取り続ける。というより逃げ回った。

「ナニ逃げ回ってんだ!勝負しあがれ!」

 観衆の目には最低階級星人の逃げ回る姿がさぞ無様に映ったことだろう。

 厳粛な決闘では巻き起こるはずのないブーイングの嵐。

「向かい合ってやれ!」「なんのための決闘だ!」「それでも騎士志望か!」

 そんな罵倒をよそに、詰められそうになるとすぐに距離をとる僕。立ち向かうことが命取りになる。恥は承知のうえで逃げ続けよう。

 これからの学校生活を考慮したら、たとえ笑いものにされたって、変に目をつけられるより断然いい。


 馬鹿にされたっていいんだ。

 みんなと僕とでは生きていくステージが違う。

 僕みたいな最低階級星人テーラーにはこういう戦い方が…。

 今までだって…。


 何十回も攻撃を受けてるうちにロミオの剣捌きにも慣れてきた。このまま相手の根負けを待つのみ。望みはある。

 ところが――。


「意能力!」

 背筋に悪寒が走る。

「アクアリウム!!」


 突然、直径3メートルほどの水の球が空間に出現する。ロミオが手を一振りすると僕に向かって飛んできた。

 僕は避ける暇もなく直撃し、水の塊に飲み込まれる。


《意能力》、生命体が宇宙へ進出していく過程で手にした能力。

 自分のイメージを物理次元で具現化する力。


 水と一緒に勢いよく吹き飛ばされ、地面に転がる。

 げっほ、げっほ、と肺から水を出そうとえずく。

 立ち上がろうにも膝が言うことを聞いてくれない。空気が欲しい。

 全身に力が入らない。


 こんなチャンスを残忍な追跡者が見逃すわけがない。

 ロミオが跳躍し、勝負を決めにくる。

「逃げられるワケねーだろ!!この最低階級星人テーラー!!!」

 急いで起き上がろうとするが、酸欠で思うように動けない。

「「「おおーーーー!!!」」」

 勝負のクライマックスに観衆の興奮度は最高潮。


 あーあ、死んじゃうな。

 今の勢いのまま振り下ろされたら死ぬ。

 鬼のような形相で迫るロミオ。殺し厳禁の校則も隷属権の行使もとっくに忘れているんだろう。

 剣が届くまで三秒もかからない。


 ダメか…。

 やっぱり僕なんかが、騎士になるなんて無謀だったんだ……。



「なんで、逃げるんですか!!」

 誰かが声を上げた。

 なぜか騒がしはずの決闘場のなかで僕の耳に届いた。反射的に声の主に視線を移す。

 彼女は三階のアリーナにいた。波のようにウェーブした髪と潤んだ瞳。

 そして美しい『翼』。


 ――天使人だ。


 小柄な体格に大きな翼。白を基調とした制服から上級生だと分かるが、顔つきや背の低さからどこか幼さを感じる。

 天使人は宇宙全体でも数えるほどしかいない希少種。その生態は謎に包まれており、架空の生命体とまで言われている。

 当然初めて見た。多分天使人をこの目で拝めるなんて、一生に一度あるかないかだ。

 もしかして、お迎え?


 騒がしかったはずの決闘場が静まり返っている。観衆が誰一人として身動き一つしていない。ロミオなんて斬りかかる姿勢のまま空中に浮いる。

 物音ひとつしない冷たい空間。

 死ぬ間際に起こる体感時間の変化だろうか。

 現実という映画がそのまま一時停止しているようだ。網膜で捉えている映像が現実なのか怪しい。


 天使人が宝石のような瞳がこちらを見つめる。

「なんで逃げるんですか!」

 僕へ強く問いかける。初めて彼女の意識が自分に向いていると分かった。

 彼女の声は嘆いているようにも聞こえた。


 ――そんなこと言われたって。

 どうしようもないじゃないか。僕は最低階級星人テーラーだ。生まれは変えられない。

 なるべく穏便に学校生活を過ごす。こんなささやかな願いでさえこの決闘で潰えた。


 この学校を卒業して騎士になりたい。この夢だけは諦めたくなかったのに。

 おそらくこれからの学校生活は地獄。こんな悪目立ちをした僕なんか、差別主義者たちの格好の餌食だ。安息の日々を過ごすことはできないだろう。

 そもそも、分不相応にも騎士学校なんかに来てしまったのが間違いだったんだ。騎士になるなんて身の丈に合わない夢だったんだ。

 本当に悲惨な人生だった。これ以上苦しみたくない。せめて楽に死なせて…。


「違います!」

 僕のマイナス思考を遮るように彼女は声を発した。


「叶えたい『夢』から、なんで逃げるんですか!!!」


 その言葉に僕は強く打たれた。

 胸の奥がぐっと熱くなる。

 彼女の言う通りだ。僕は逃げていた。


 こともあろうに自分で掲げた『夢』から。


 確かに生まれや身分は確かに酷かった。どうやっても変えられなかった。でも今は違う。

 権利がある。機会チャンスがある。

 言い訳をつらつら並べて、ごまかしていた。ちんけな自分を納得させようとしていた。

 笑われるのも、蔑まれるのも、覚悟したはずじゃないか。

 いつから無難な学校生活を送ろうなどと願いをすり替えていたんだろう。

 

 もう一度、決意を思い起こす。

 やっぱり、僕は逃げたくない!


 時が動き出す。

 空間が色づきはじめ、命の温かさが蘇る。


 あっという間に距離を詰めてくるロミオ。研ぎ澄まされた湾刀が振り下ろされる。

 どよめく観衆。全員の脳裏には斬り刻まれた低級星人の姿が過ったことだろう。

 しかし、予想に反して刃は僕にとどいかなかった。何が起こったのかきっと誰もわからなかっただろう。

 バチバチバチ、バチバチバチバチ。

 不気味な音が決闘場に響く。

 至近距離にいるロミオだけが状況を理解した。

「なんだそりゃ!」

 彼が見たものは電気の塊だった。僕だけの剣。

 僕への攻撃を剣の形を模したライトグリーンのプラズマが阻んでいる。正確にはプラズマによって生まれた磁力と湾刀が反発している。


『プラズマ』、僕の意能力。


「騎士になりたいから・・・こんなことで負けていられない!」

 電磁力を利用してロミオを押しのけ、次の攻撃モーションにうつる。

 もう無我夢中である。これまで必死に練習した動きが體に染みついていたんだろう。右腕と右足が勝手に動く。

「うおおおおおお!!」

 氣合いの咆哮と共に、大きく踏み込む。

 脇腹めがけての一閃。体勢を崩した状態では防ぎようがない。

 鎧との間に反発力が生まるかと思いきや、雷の刃が直接叩き込まれる。

 ロミオにバチバチバチと電撃が走った。

「うぎゃああああああ!!」

 あまりの威力にロミオは失神。

 唖然とする観衆。

 あっという間の勝負の決着。


 はあはあは、と息が上がっていた。

 勝負の行方はどうなったのだろう。眩い閃光で技が決まったのか目視することができなかった。

 それでも、黒い煤まみれで倒れている青魚星人をみて勝利を確信する。


 呆気に取られていた観戦者たちが我に返る。

 自分が侮辱した人間が勝っては面白くない。僕への反応は好意的なものではなかった。

「なんでお前が勝つんだよ!」「ロミオに賭けてたのに!」「いやーーー!ロミオおきて!」「いかさま低級星人!」

 最悪の目立ち方である。今後の学校生活に必ず支障をきたすだろう。

 しかし、今の僕には氣にならなかった。

 鍛錬の成果を確かなかたちで出し切り勝利につなげた。この達成感に大いに浸る。口汚い野次が入学の歓迎と感じるほどに。


 ふと彼女の方に視線を向ける。どんな顔をしているだろう。もしかして喜んでくれてるかも、なんて期待していたが無駄だった。

 どこにもいない。

 さっきまで、彼女の立っていた場所にはぽつんと空きができていた。

 命の危機に瀕していた僕が見た幻覚だったのか。

 それとも……。


 決闘場で散々野次られていた僕の頭に美しい羽根が優しく舞い落ちる。

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