まず気を引かれるのは本作の意表を突くタイトル。一目するに春との接点に乏しい印象を受けます。
しかし、ホラーへと駆り立てる想像力に対し、これらに抗う布石としての画鋲。次第に春としての存在に近づいていく効果的な構成が自然発生的で目を見張ります。
死・生を夜の闇・朝の光とになぞらえ、眠りから覚醒へと向かう冒頭。春という時分の特徴に対する示唆・反映が技巧を凝らした美文で紡がれます。
春を厭わしく描写することでホラーを醸成し、撒菱に引き寄せるような見えない存在を絡めた筆致が見事です。
マイルドなタッチで春を怖気として演出するバランスが魅力。空想の産物が見通せない春の闇に棲まう、眠りがいざなうスプリングホラー小説です。