16:カイセイ

 雄叫びとともに、コリノがパイプライン・クラーケンに再度猛攻を仕掛けた。


 先ほどまでとは比べものにならない速度と威力でブルーバードの両脚が降り抜かれた。高速の斬撃が流れるように連続する。それは交差する二筋の流星の如き蒼光を伴って、超振動ブレードの軌道を空中に刻み込んだ。その全てがパイプライン・クラーケンの触腕の脆弱な駆動部を正確無比に狙っていた。


 縦横無尽の斬撃がついに強固な巨大自律機械の自己修復速度を上回った。パイプライン・クラーケンの右半身にあたる一〇本の触腕が、根元から刈り取られた。バランスを大きく崩したパイプライン・クラーケンが地面に崩れ落ちた。


『っ! ここまでか……』


 同時に金属の耐久力を大きく逸脱して酷使された超振動ブレードが、粉々に砕け散った。受け身を取る余裕もなくブルーバードが地面に不時着する。


『お待たせしました! 長官閣下!』


 治安維持局副長官ヤンシの叫びが広域通信に轟いた。戦線の端から、ヤンシが率いる一〇機のガタヨロイ小隊が猛然と突撃を開始した。それらの機体は、巨大な大型弾体投射装置を破城槌のように懸架していた。


『ふん、遅いわよ! ……でもいいわ!』


 それはコリノが単身パイプライン・クラーケンを相手取って稼いだ猶予の中で、ヤンシが搔き集めた治安維持局の残存戦力だった。すなわち、かろうじて動けるガタヨロイと、唯一無事だった弾体投射装置、そして残された二発の大型遺構用発破解体弾体だ。


『ガタヨロイ小隊全機、速度と進行方向を維持! このまま突っ込め!』


 パイプライン・クラーケンは体勢を崩して半ば横倒しになっていた。その本体背面、右排気口インテークの右下装甲の隙間に、半球型の機構が露出しているのが見て取れた。ガタヨロイ小隊が、そこへ突進の勢いもそのままに弾体投射装置を突き立てた。


『長官閣下! 準備完了です!』


『ふん、よくやったわ』


 コリノは大きく息を吸い込んだ。そして、最後の指示を出した。


『構え、撃て』


 放たれた大型遺構発破解体弾体が、ゼロ距離でパイプライン・クラーケンに突き刺さった。


 巨大自律機械の心臓部で大規模な爆縮が発生した。そのエネルギーは、まず最も大きなエネルギー循環機構そのものを完全に破壊し、続けて全身へ生成油を循環させる血管のようなパイプを伝ってパイプライン・クラーケンを内部から蹂躙した。そこへ続けて放たれた第二射がとどめの一撃となった。


 パイプライン・クラーケンがのたうち宙を掻く。最後に一度すべての触腕が激しく蠕動したのをきっかけとして、巨大な製油工場の自己修復機構は、どこからともなく引火した灼熱の炎に身を焦がしつつ、あっけなくその機能を停止した。


 パイプライン・クラーケンの機能停止により、上空では今度こそ重油雨本体雲内部の製油工場が完全な崩壊を開始した。ドーナツ状の建造物に大きな亀裂が生じ、破片となって崩れ落ちてゆく。


 巨大な製油工場が、反重力空間の手を離れて恒久構造体平面へ墜落する。大規模な位置エネルギーの変化は、重低音の地鳴りと大気の振動となって、あたり一面を震わせた。


「······ん、ぅあ」


 人工感覚神経が揺れに反応して微弱な電気信号を流した。その不快感が電脳を刺激し、目覚めたイムリはゆっくりと瞼を開けた。ぼやけた視界、瓦礫の山の先に、何か黒色の物体がゆっくり降下していくのが見える。機械眼にピント調節を命じたが、反応が鈍い。


 半分ほど覚醒した意識で、イムリは身体の様子を確かめた。機械の肉体はどこもかしこもダメージだらけだ。辛うじて頭が回る以外はどうやら腕一本まともに動かせない。エネルギーを使い果たして、すでにその身体は小柄に戻っていた。


『……ムリ! イムリ! 大丈夫だニャ?!』


「イムリくんんん!」


 ニャプラーがゴトゴト車輪を揺らしてイムリの周りで右往左往している。ゲンレはイムリにしがみついてべそをかいていた。うるさいなぁとイムリは思ったが、声を出す元気も残っていなかった。


 ここにおいて、第一級災害異常軌象 《反重力による製油装置浮上にかかる生成油降雨:第一号》案件は幕を下ろした。




 霧雨のように残っていた最後の生成油が晴れると、少し珍しい気象現象が起こった。 製油工場遺構という重荷から解放された反重力空間が、徐々に上昇して恒久構造体平面から離れていく過程で重金属の薄雲を押しのけたことで、短い時間だが、《空》が広がったのだ。


 リング状に切り取られた空から、真っ白な光線が輪になって降り注いだ。万年曇りのような世界の中で、この瞬間はすべての色彩が鮮やかさを増したようだった。


 向こうの方で、治安維持局のガタヨロイ部隊が忙しく状況を確認している。ブルーバードから這い出したコリノが、何か呼びかけながらこっちに駆け寄ってくる。首都制御塔からの通信が回復した。弾んだ声がたくさん聴こえる。さっきから何か香ばしい良い匂いがする。どうやら、自らの炎に焙られて、パイプライン・クラーケンがこんがり焼けているらしい。相変わらず耳元でニャプラーとゲンレがうるさい。疲れたから少し寝させてほしい。


「うん、いい天気になった」


 イムリは小さく微笑んで、もう一度目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本日ハ所ニョリ磁起嵐、重油雨ノチ時空震 KRSM(カラスマ) @masuriki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画