15:イムリ

「ニャプラー!」


『ほいニャ!』


「重力線拡散望遠観測をやる。範囲は最小、解像度は最大。パイプライン・クラーケンの全体を一気にスキャンして、内部構造の弱点を洗い出す。できるよね?」


『にゃーは問題ないニャ! ……でもそれはイムリの負担がバカでかいニャ』


「わかってる。だから一瞬で片付けよう」


 ブリーフィングを手短に終わらせて、イムリは準備を開始した。


 イムリは傍らに転がった大容量バッテリーコンテナに手をかけた。コンテナから引き出した太いケーブルを、左胸、すなわち心臓に直結するハッチを開けて露出したコネクタに接続する。低い駆動音でバッテリーが目覚めると、ケーブルを通じて膨大なエネルギーがイムリの体内に流入し始めた。


「──《重力線拡散望遠システム》、起動」


 イムリの声で、ブゥン、と振動音とともに観測装置が起動した。イムリの視界の隅で、充電残量を示すゲージが急速に減り始めた。大容量バッテリーが過熱し、排熱孔から濛々と白煙が排出されて辺りを包んだ。煙の中で、装置の発光に照らされてイムリの影が大きく伸びていく。


 いや、そうではない。


「エネルギー流路を全身に接続・・・・・。肉体機能の制限を限定解除する」


 伸びたのはイムリ自身だった。


 イムリの全身が軋みを上げる。それは、エネルギーの圧縮供給を受けたイムリの強化人工筋肉が膨張し、体積と質量を増す前兆だった。その体内では、体格の変化に対応するために、機械の骨格が構造を組み変えて伸長していた。イムリの小柄な体形に合わせて、宇宙服のような無骨なボディスーツのあちこちを止めていたバンドが、勢いよく弾け飛んだ。


 白煙の中で、イムリの身体が大きく成長していく。身長はもとの二倍以上に伸び、装着したボディスーツが容量を増した強化人工筋肉によってボディラインにタイトフィットした。急上昇した灼熱の体温を放出するために、ゲル状の頭髪が赤熱して揺らめいた。その両機械眼のティインプラントが煌々と赤光を発した。


 イムリが大きく息を吐くと、口の端から白い蒸気が帯になって漏れ出た。薄く晴れていく白煙を払って、巨躯の姿になったイムリが立ち上がった。


『作戦現場に新たな未知の高エネルギー反応。脅威敵性を確認中……えっ?! 識別コード、《軌象予報士イムリ》?!』


 広域通信にオペレーターの素っ頓狂な声が響いた。


「イムリくん、その姿は……」


 ゲンレが唖然として呟いた。ゲンレの手元の端末には、新しく出現した高エネルギー警報のアラートが赤く点滅していた。


「これが本当のわたし。重力線拡散望遠観測装置を、フルパワーで使うための姿」


 イムリは重力線拡散望遠観測装置CATPLERニャプラーを片手で軽々と持ち上げた。観測装置の底面にはグリップがある。イムリはそれを握ってニャプラーを肩越しに構えた。巨躯のイムリが掲げると、ニャプラーはまるで携行銃器のようだ。


 『……イムリっ?! 避けなさい!』


 突然コリノが広域通信で叫んだ。


 そのとき、すでにイムリの頭上に大きな影が落ちていた。一瞬の戸惑いによる隙をついて、パイプライン・クラーケンが大きく跳躍したのだ。ブルーバードとの戦闘から離脱した巨大自律機械の標的が、再びイムリに切り替わっていた。


 パイプライン・クラーケンが巨大な触腕を三本束ねて捻り上げた。さらに巨大な一本の機械腕と化した触腕が、生成油の飛沫を蹴立ててイムリを殴りつける!


「じゃま!」


 その触腕をイムリが空いた左手一本で受け止めた。跳ね返されたインパクトが衝撃を纏った風となって一帯を吹き抜ける。そのままイムリは片手で触腕の先端を掴み、パイプライン・クラーケンをその場へ釘付けにした。


 力任せの拘束によってパイプライン・クラーケンが硬直したのは、コンマ一秒にも満たない刹那の瞬間だった。だが、イムリにとってはその一瞬こそが必要な時間だった。


「いくよ、相棒ニャプラー!」


『かますニャ、相棒イムリ!』


 ニャプラーこと重力線拡散望遠観測装置の円筒を起点として、一筋の赤い光線と、これと幾重にも取り囲む光輪が発生した。光線がパイプライン・クラーケンを貫き、範囲を限定した重力線拡散望遠観測システムによる超高精密な走査が始まった。


 イムリの機械眼が大きく見開かれた。明瞭極まる視界内のあらゆる対象に、同時に焦点が合うような奇妙な感覚。さらにそれは表面的な像のみならず、巨大自律機械パイプライン・クラーケン内部の複雑な内部構造を平面レイヤーの重なりのようにして解析していく。


 イムリの電脳に圧倒的な量の情報が一気に流れ込んだ。情報圧が電脳の端子一つまで過負荷をかけ、痺れるような頭痛が彼女を襲った。イムリは重力線拡散望遠観測装置を制御しながら観測データを処理する作業を同時に進行させている。ショート寸前の回路が焼け付き、電脳の乱調を反映してノイズを発しながら明滅した。エネルギーを制御する全身の強化筋肉がオーバーヒートし、イムリの頭髪が放熱の限界を迎えて真っ赤に燃え上がった。


 これらすべての出来事が、僅かコンマ一秒の間にすべて完結した。


「……あっ、た!」


 そしてイムリは目的のものを見つけ出した。


「本体背面、右インテーク右下! 装甲の隙間! 全身へ生成油を送り出す一番大きい心臓部ポンプが、冷却のために半分露出してる!」


 観測データをコリノへ転送した直後、イムリの全身の機能が力尽きた。大容量バッテリーが爆発し、同じく限界を超えたニャプラーの内部から白煙が上がった。荒い息とともに地面に崩れ落ちながらイムリは呟いた。


「あと······は、まかせ、たから」


『──承知よ』


 コリノの返答を聴く寸前でイムリの意識は途絶え、そして彼女は眠るように気を失った。

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