14:ブルーバード

「さあ、飛ぶわよ!」


 コリノの専用ガタヨロイブルーバードがパイプライン・クラーケンへ単身突撃した。ブルーバードの両肩で二基のスラスターがレーザー照射の青い光を放ち、機体背後で加熱・膨張した空気が爆発的な推進力を与える。燐光が装甲に反射し、ブルーバードの全身をその名の由来でもある蒼白の色彩に染め上げた。


 疾駆するブルーバードの足元で大気が弾けた。両脚に装備された一対のブレードが超振動波を生じたのだ。宙を裂く青い稲妻と化したブルーバードは、瞬き一つする間に巨大自律機械の眼前へと襲い掛かった。そのまま空中に飛び上がり、脚部の超振動ブレードを振り下ろす。


 ──蹴撃、一閃!


 奇妙な衝撃音が響いた。それはブルーバードの超振動ブレードをパイプライン・クラーケンが触腕の軟体組織で受け止めた音だった。激突のインパクトは軟体組織の弾性によって吸収され、跳ね返された。その煽りを食って、仕掛けた側のブルーバードが逆に空中へ弾き飛ばされる結果となった。


「堅い……いや、軟らかいっ。気持ち悪いわね!」


 独楽のように錐揉み回転するブルーバードの機体を、コリノは舞うような機体制御で立て直した。そして回転を推進力に変換し、さらにもう一撃を見舞う。


 またしてもこれを受け止めたパイプライン・クラーケンが反撃に転じた。複数の触腕を同時に繰り出し、でたらめな打撃をブルーバードへ見舞う。コリノはブルーバードに流麗なステップを踏ませ、縦横無尽の攻撃を、躱し、弾く。


「せいっ!」


 雨あられと降り注ぐ連打の隙をコリノが突いた。ブルーバードの超振動ブレードが閃く。針穴に糸を通すような正確無比な斬撃が、軟体組織の隙間に露出した触腕の関節部分を真っ二つに両断した。


 両断された触腕の先端が痙攣しのたうち回る。その切断面から生成油が黒い血飛沫のように噴出した。パイプライン・クラーケンは怒りの咆哮を上げるかの如く、アラートの不協和音を奏でて一層激しく触腕を振り回した。


 返す刀でもう一方の超振動ブレードが、別の触腕の先端を切り飛ばした。ぶよぶよした軟体組織が綺麗な断面を晒し、生成油が飛び散る。これを契機として両者の間で一進一退の攻防が激化した。


 パイプライン・クラーケンの挙動が急に変化した。巨大な触腕のうち数本が鎌首をもたげて、複雑な軌道を描きコリノを追随する。その先端が花弁のように開いた途端、内部から銃口に似たノズルが露出し、どろどろした粘性の液体が猛烈な勢いで噴出した。


『冗談でしょ?!』


 それは液状の瞬間硬化剤だった。油分を主成分としたその液体は空中で瞬時に硬化し、ブルーバードの周囲に網目状の障害物を成形しようとしていた。ブルーバードが空中で急制動をかけて、間一髪その拘束を躱す。


 そのままブルーバードは機首を伸ばし、両脚の超振動ブレードを翼のように展開した。両肩のスラスターが回転して機体後部を向くと、ブルーバードは前進翼機のような高機動形態へと変形した。


「ふん!」


 息一つ吐いてコリノが飛ぶ。


 青い稲妻と化したブルーバードが、鋭角に曲折した軌道を描いて空を駆けた。障害物を避けてパイプライン・クラーケンの本体へ肉薄し、一撃を斬り込もうとする。そうはさせじとばかりにコリノの死角となる横合いの位置から巨大な触腕が伸び、ブルーバードを殴りつけた。


 吹き飛ばされたブルーバードは、高機動形態を解除し舞うような機体制御を披露した上で、その触腕の可動部へ高振動ブレードを突き刺してカウンターを入れた。


「これが長官専用機の本領……」


 その超高速機動は、強化されたイムリの人工視覚でも追随するのがやっとだった。


 五星統轄局の各局長官は、それぞれが長官専用の特別な解体人機ガタヨロイを運用している。それらは特殊な自律機械を元に開発されており、建設用自律機械の部品を流用した一般機とは性能も見た目も一線を画したものだ。


 治安維持局長官コリノのガタヨロイは、過去に彼女自身が制圧した戦闘用自律機械のパーツによって構成されている。その機体の核になるのは、古代先端文明の世界大戦で主戦力を担った高高度航空戦闘自律機械ドローンである。この出自のために、《ブルーバード》は移動都市ヘルニコグのガタヨロイの中で唯一飛行能力を有する機体なのだった。


「……あっ見てイムリ君! あいつ、触腕を自己修復しているよ」


 瓦礫に身を隠して戦闘を見守るゲンレがイムリに囁いた。たしかにゲンレの指差した先で、さっき破壊したはずの触腕が戦線復帰するところが目撃された。なんとこの短時間でコリノが与えたダメージを修復したのだ。


「もしかして触腕ごとに役割が違うんじゃないかな。センサーが集合した探知ユニット、破砕機構を備えた切削ユニット、給排油ユニット。……ほら! あの一本、また強化樹脂を吐いた。あれが修復ユニットだ」


「さすがこそ泥ゲンレ、観察が鋭い」


「褒めてないよねえ?! ……だけど実際これじゃさすがの治安維持局長官サマでもジリ貧なんじゃないかな。なんとなく察してはいたけど、あいつのウィークポイントは本体にありそうだし、触腕の相手をしていても状況が好転しないよ」


「驚いた。ゲンレがまともなことを言ってる」


「褒めてないよねえ?!」


 果たしてコリノはじりじりする焦燥感を拭い切れなかった。


 なにせ、ブルーバードに対して巨大自律機械は数百倍のサイズ差であり、異なる機能を有する二〇本の触腕を次々にローテーションしながら戦っているのである。戦闘に特化したガタヨロイで相手取ると言っても、そもそも単純な手数と物量が違いすぎる。無理やり演出した膠着状態は長くは持たない。


 目の前の巨体のどこが急所なのか、有効な対抗策のヒントすら得られないまま、文字通り触腕という小手先でいいようにあしらわれている!


「ああもう!」


 業を煮やしたコリノはついに叫んだ。


『このままじゃ埒が空かないわ! ──イムリ、お手並み拝見よ。あんたの観測能力とやらで、このにょろにょろの弱点を探しなさい!』

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