3.回転寿司店へGO


「あっ、お母さん、今日から新キャンペーンだって!」


「へぇ、何かしら……東北地方の名産? あらぁ、いいわねぇ」


 サメを倒した美也子は予定どおり、学校から帰宅した娘と一緒に車で回転寿司店に来ることができた。サメの死体は、いつもそうであるように、戦闘が終わってサメが事切れた瞬間に消えてなくなった。黒い渦から凶暴な何かが出てくるのはまだ理解できるが、死体が消失するという世の中の物理法則を完全に無視しているあれは何だろうと思うこともある。しかしタケルに尋ねても答えてもらえないため、美也子は疑問のまま放置している。


「何にしようかなー。五時間目体育だったからおなかすいちゃった」


「お母さんは、えーと、何がいいかな……、あっ! フカヒレがあるじゃない!」


 風呂場の掃除とビニール傘の洗浄とストッキングの交換は、娘が帰るまでに済ませた。バスケットボールは死体とともに消えてしまったが、今は不要なものだから問題ないだろうと考える。カラット床のおかげでサメの体液もすんなり流すことができて楽だった。以前のやたらメカニックな銀色の虎と違い『生サメ』だったため、壁や床に傷が付くこともなく、美也子はご機嫌だ。


「んー、お母さんはフカヒレとエンガワにするわ」


「コーンマヨネーズとタコとイカも」


「はいはい。ラーメンは?」


「今日はラーメンの気分じゃないから、いらないかな」


 サメとの戦闘前に美也子がオーブンに入れたケーキは、うまく焼けていた。今は金属の網状のケーキクーラーに乗せてある。帰宅したら娘と一緒に生クリームや苺などでデコレーションしようと考えると、とてもわくわくしてくる。


「ケーキあるからね、そんなにたくさん食べない方がいいわよ」


「あ、そっか。じゃあ八皿くらいかな」


「八皿も? もう五年生にもなるとよく食べるわね」


「そうだよー、成長期に入ったんだよ」


 ウフフ、アハハと笑い合い、美也子は娘とタッチパネルを覗き込んで注文を済ませる。パートの仕事はしっかりやっているからこれくらいいいわよね、などと考えながら。



 ◇◇



「……コードネーム・スミレの任務は、今回も完璧だったな」


「バスケットボールとビニール傘という家庭によくあるものだけで倒してしまうなんて……。しかも、たった七分二十秒で」


 地球の監視員であるタケルとその部下は、星間航行スイングバイを続ける宇宙居留地ハビタット内で、感嘆のため息を漏らしながら会話する。


「何故彼女に『スミレ』というコードネームが付いたか、知っているか?」


「え? いえ、知りません。あの能力にしてはずいぶんかわいらしい名前だなとは思っていましたが」


「地球上の植物の中で最強クラスの毒性を持つトリカブトを、『スミレ』と同じ漢字で書くことがあるからだよ」


「……そういうことでしたか。ご本人には?」


「伝えるわけないだろう。かわいい名前だって喜んでいたのに」


「そうですか……。あのー、せめて風呂場以外のもっと広い場所で戦闘してもらうといいんじゃないですか? 今回だってあのサメ、本当は七メートルもあったんですよ。タケルさんがわざわざ出向いて縮小シュリンクしたからいいけど。何でいつも風呂場なんですか?」


時空孔ワームホールを風呂場以外に作らせてくれないんだよ……。広めに作ってしまった風呂場を有効活用したいからって」


「はぁ……、何だかもったいないですね」


「仕方あるまい、本人はいたって普通の主婦のつもりなんだ。週二回、風呂場で戦闘してくれるだけでも十分ありがたい。次は火曜日か……よし、月で大暴れしているブラッディ・ラビットを……ああ、そうだ、明日の予定だが……」


 タケルは部下に指示をして仕事を割り振ると、立体画像のスイッチを入れた。ヒュイン、という甲高い音とともに、目の前に海と陸でできた青い球体が映し出される。


「スミレ、宇宙の平和はきみにかかっている。それが地球の平和にも繋がるんだ……頼むぞ……!」



 ◇◇



 タケルにそんな無茶なこと――美也子が聞いたら、確実に「そんな無茶な」と言うだろう――を言われているとも知らず、彼女は娘と一緒にほのぼの回転寿司タイムを過ごしている。


「お父さんにもお土産で買ってってあげようよ」


「そうねぇ、飲んだあとはいつも何か食べたがるものねぇ。じゃあ、選んであげようか」


 美也子が娘と一緒にタッチパネルを覗き込む。平和な地球、平和な日本の、楽しい回転寿司店で、明るく笑いながら。

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美也子のパートは週二回 祐里 @yukie_miumiu

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