はじまるパフェ

朝本箍

はじまるパフェ

 そびえ立つ看板が強烈な青白い光に浮かび上がるのを見ながら、ファミレスへと入店する。入口すぐの鏡に映ったのは、地毛証明書と親友だった茶色の乱れ髪と疲れた困り眉、つまりいつもの自分。高校の卒業式が終わり、いつものメンバーとカラオケで高校生活の打ち上げをしている間にいい時間になってしまった。

 それでもまだ、帰りたくない。三年間の区切りがついた清々しい気持ちと同じだけ、憂鬱な気持ちが淀んでいる。浮かぶ、眼鏡ばかりが個性的な父親の顔。全部あの人が悪い、店員を追って席へ向かうところで、

「あ、夜草よぐさ

 ざらついた質感の声が僕を呼び止めた。低く、掠れている割に不快感を抱かせない独特の声には聞き覚えがある。が、僕の名前を呼ぶのは初めてだったはず。

 振り向いた先には、数時間前までクラスメートだった佐河さがくんがスマホを片手にこちらを見ていた。トレードマークのテクノカットからいくつものピアスが威圧的に輝いている。同じクラスではあったが譜代大名である佐河くんと外様も外様の僕に接点は皆無、まさか僕のことを認知していたとは。その上話しかけてくるなんて。

「……佐河、くん」

 驚きで小さくなった返事を気にすることなく、佐河くんはボックス席の向かい側を指差し、

「オレ、ひとりなんだよね。向かいどう?」

 まだ注文もしてなくてさ、と歯を見せた。整っているからか澄ました印象から、一気に破顔したギャップへ動揺し、思わず力強く頷いて指し示された席へ座る。店員は、当店セルフサービスとなっております、淡々と説明をして行ってしまった。

 佐河くんも卒業という区切りに高揚しているんだろうか。それともひとりで食事をするのが苦手なのか、いやだったらひとりでファミレス来るなよ、連鎖する思考に振り回されている僕を尻目に佐河くんはこちらが見やすいようメニューを拡げ、

「あーこの苺のパフェいいな。甘いもの食べようと思って来たんだよね。夜草は晩飯?」

 自分は別になった期間限定メニューで幅を利かせている真っ赤な苺パフェを眺めている。

「あ、僕は……何となく。さっきまでカラオケで適当につまんでたから、あんまりお腹は空いてないんだけど、」

 帰りたくなくて。

 最後の言葉はここ最近、自分の中で常に引っかかっているもので、うっかりと言うより他ない。言ってしまったと気づいた瞬間、間髪を入れずに後悔が押し寄せる。今の今まで話したことのない、明日から顔を合わせることもないクラスメイトに突然襟を開くようなことをするなんて。

 気まずさに空気が固まったような、そう感じたのは僕だけだった。

「そーなんだ。もう食事済ましてるなら、同じやつでいい? デザートってことで」

 シルバーに塗られた爪を光らせた佐河くんは瞬き一回の後呼び出しボタンを押すと、やって来た店員へ苺パフェをふたつ注文し、

「帰りたくないって何かあったの」

 店員の後ろ姿を見ながら呟く。そしてすぐに、

「知らないからこそ話せるってことあるじゃん。美容師さん相手とか。それでも言いたくないなら、もう聞かない」

 振り向いた顔に、悪意は透けて見えない。それでも素直に言い出せないのは、佐河くんがどうして僕を呼んだのか、その一点が気になるからだ。黙っていても華のある彼を意識するクラスメイトは多かったが、僕とは席も遠く、授業のグループも一緒になることはなかった。

 そこまで人懐こい印象もなかったが、知らなかっただけかもしれない。にしても。自分の話をするよりも僕は、

「その前に聞きたいんだけど、何で僕に声かけたの、佐河くん」

 疑問を解消することを優先した。パフェはまだ来ない。

 佐河くんは、ん、と唇を真一文字に引き結び、

「迷惑だった?」

 僕のような八の字眉をする。

「いや、ただ気になって。僕だったら声かけられないから……好奇心です」

「あー、まぁそうか」

 ひと呼吸置いて、

「オレ、夜草と話してみたかったんだよ。でも卒業式も終わっちゃったし、当分無理かなと思ってたらいるんだもん、そこに。最後のチャンスは掴まないと」

 またくしゃりと顔を崩す。こんなに笑顔が眩しいとは知らなかった。常に綺麗に切り揃えられたテクノカットと整った顔、何よりも涼やかな目元から勝手に人間性を想像していたが、この短い時間で簡単に偏見だと知る。一年間同じ教室にいたのに。

「それは、嬉しいかも。いやかなり嬉しい」

 ありがとう。恥ずかしさに、偏見を持っていた少しの情けなさを混ぜて笑えば、

「夜草、書道部じゃん。オレ、書道室の前に飾ってあった夜草の作品、ずっと見てたよ。綺麗だなと思って。絵画みたいに書でも綺麗、ってのがあるってあの作品で知ったんだ」

 意外な言葉が返ってきた。

 佐河くんが見たのは、全国大会に出品した作品のことだろう。王羲之おうぎしの『蘭亭序らんていじょ』。書の最高峰と呼ばれる程に有名で美しい書は臨書りんしょの題材として一般的だが、とにかく再現が難しい。入学してからずっと取り組んでいた、僕の集大成だった。

 見てくれていた人がいたなんて。もう一度お礼を言おうとしたところで、注文していた苺パフェが到着する。いや、そこにあるのはパフェなんかじゃなかった。並びそびえ立つ、苺の巨塔。つやつやでまるまるの苺がごろごろと高さを競っている。

 思わず佐河くんとメニューを引っ張りだして見比べてみたが、明らかに写真よりも大きい。というか高さがある。

「……逆写真詐欺、って言うらしいよ、こういうの」

 僕の呟きに佐河くんはスマホを手に取り、

「……知らんかった。ふたつ並べて写真撮ってもいい? こんなでっかいパフェ頼んだことないわ、オレ」

「うん。僕も撮りたい」

 鞄からスマホを取り出して、ふたりで少しの間撮影大会を繰り広げた。せっかくなので、パフェの間にある佐河くんのピースサインも撮影していると、佐河くんも笑いながら僕にスマホを向けてきたので、結局ふたり無理矢理画面に収まってみる。

 まるで友達みたいだ。そんなことをしている間に苺が傾き始めたので慌ててスプーンを差し入れ、アイスクリームを口へ運ぶ。意外にさっぱりしていたもののこの量には不安しかない。佐河くんは念願のパフェということで、軽快にスプーンを動かしている。

 僕の視線に気づいたのか、

「辛かったらオレ食うから、遠慮なく言って。お腹空いてないって言ってたのにこんなんで申し訳ない」

「僕もこれは予想してなかったし、仕方ないよ」

 にしてもでっかいよね、顔を見合わせながらせっせとスプーンを動かす。

 佐河くんの肩越しに見る店内には僕らと同じような年齢のグループも多く、誰もがひと区切りに高揚するようはしゃいでいる。新生活に胸膨らませているんだろうか。悩みがなさそうでいいよな、羨望の眼差しを向けつつアイスクリームから生クリームへ移行すると、不意に佐河くんが、

「本当、今日声かけて良かった。オレ、明日からアメリカ行くから」

 最後の苺を口へ放り込み、何でもないことのように言い放った。

「アメリカ、って海の向こうの? 合衆国?」

「合衆国。星条旗の国」

 逆に他のアメリカ知らないんだけど、不思議そうな顔に冗談を言っている雰囲気はない。アメリカ。突然の広大な話に頭が追いつかず、

「え、何で? 留学? それとも移住? あ、卒業旅行か」

 畳みかけるよう言葉を繰り出してしまったが、佐河くんは嫌な顔もせず、

「語学留学と観光。行きたかったんだよね、アメリカ。というかMoMA。で、何とかビザも取れたし半年位びっちり」

「モマ……? じゃあ大学は向こうの大学なんだ、佐河くん」

 モマが何かはわからなかったが、目の前にいる同い年の青年が海外へ飛び出すという事実に感動してしまう。僕は、父親が再婚するかもしれない、そんな、家という小さな枠組みの問題で右往左往しているのに。続いた佐河くんの言葉は簡単に、驚きの最高値を更新した。

「いや、大学には行かない。その辺は決めてないんだ。まずは、アメリカに行って見たかった絵画ととことん向き合うってのを叶えようと思って……夢なんだけどさ。馬鹿みたいだと、夜草も思う? 目の前しか見てないって」

 薄く引かれた唇は、先程までとは打って変わり皮肉に満ちている。どれだけそう言われたのか、一目瞭然だった。そんな顔をして欲しくない。佐河くんには絶対、僕を呼んだ時の笑顔の方が似合っている。

「まさか。佐河くんは夢を叶えに行くんでしょ、羨ましいとは思うけど。叶えてから見えるものだってあるよ……きっと」

 佐河くんのことを知らないから言えるのかもしれないけどさ。

 僕の言葉を噛み締めるようゆっくりと頷いた佐河くんはまたパフェを食べ始め、それにしても大きいなこれ、なんてパフェグラスの中を覗き込む。さらりと髪がピアスを隠すのを見ながら、

「僕、父親が再婚しそうな気配があって。気遣ってるのか何なのか知らないけど、ずっと気配なんだよね。特に会話もないし、いつもと違う、もやっとした雰囲気だけがずっとある感じ」

 だから帰りたくないのだ。何かわからないものが横たわる家は窮屈で、その形を確かめることすらしたくない。知ってしまったら、

「……賛成か反対か、決めなきゃいけない」

 どちらを選んでも変わってしまう。このままでいられない。今日は卒業式で、僕は来月から大学生だ。変わらないものはないとわかっている。それでも。

「だから佐河くんは凄いよ、本当に」

 僕のパフェはまだ半分は残り、苺が生クリームと溶けたアイスクリームの白い海で溺れている。

「……オレも、夜草のこと知らないから言えるのかもしれないけどさ」

 佐河くんのパフェはいつの間にか空になっていた。

「話してみればいいじゃん、オレと話したみたいに。夜草なら出来るよ。大丈夫。あんなグイグイ来れるんだから」

 澄んだ印象の目が糸になる。やっぱり裏があるようには見えない、可愛らしい笑顔だった。

「……そう?」

「そうだよ。それ、もらっていい?」

「うん、助かる。やっぱりちょっと大きくて。そうだ、アメリカだったらこれ位当たり前かもよ」

「ヤバ。アメリカンサイズってやつかぁ」

 最初とはかけ離れた見た目になってしまったパフェへ佐河くんは変わらず嬉しそうにスプーンを入れ、あ、と手を止めてスマホを取った。

「じゃあアメリカでパフェ見つけたら送るよ、夜草に。だから連絡先教えて」

「楽しみだなそれ。僕も記録更新したら送るね」

 メッセージアプリに『詠太朗えいたろう』という名前と共にゴッホの星月夜らしい、青い夜空に渦巻く星のアイコンが追加される。佐河くんの方には『ユキ』、書道筆のアイコンが追加されているはずだ。

「これってゴッホ?」

「そう、それMoMAの永久所蔵品でさ。わー夜草、名前も綺麗なんだ」

「え、いや、どうだろう」

 佐河くんの手は止まらない。メッセージアプリを確認するふりをして、心の中で謝罪をしながら満面の笑顔を一枚撮影しておいた。だって可愛いから仕方ない。父親にも今日のパフェを見せてやろう。そして、何食わぬ顔で話してやるんだ。

 後日、佐河くんからはかなり大きなバナナスプリットの写真と『これ更新したんじゃない!?』なんてメッセージが送られてきたが、パフェじゃないのでアウト。半紙に大きくバツ印を書いて送信した。

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はじまるパフェ 朝本箍 @asamototaga

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