38.俺たちの戦いはこれからだ、ってやつだ
「はい?」
思わず変な声が出る。今はオッケーを出してもらってあとは買い取り金額の話を残すのみ、って感じじゃなかったか。なぜです、という俺の問いにジルドラは答えた。
「簡単だ。お前たちを信用できんからだ。魔動車にお前たちを乗せる。乗ってから裏切らない保証がどこにある? 我らにとって最悪なのは、魔動車に乗ってから裏切られることだ。魔動車は奪われる、積んでいた食料も奪われる。支払った代金も返ってこない。乗っていた兵士も殺される。そうなっては大問題ではないか。もちろん我が兵士たちの実力を軽んじているわけではない。だが、狭い車内で奇襲を受けたらいくら訓練されているとはいえ、ひとたまりもないのは事実だ」
「いや」俺は食い下がる。「だったら俺たちを別々の魔動車にわけて乗車させればいいじゃないですか。そうすればそんなことはできない」
「反対に三台とも乗っ取られるかもしれんだろ。乗せるつもりはないが、万が一乗せたとしても別の魔動車に分ける、という選択肢はない。
こちらが妥協するとしたら、マジックバッグ持ちの女ひとりだけ乗せるというパターンだ。お前たちは置いていく。それで良ければ交渉を続けるが?」
さすがにそれでは本末転倒だ。何よりヒカリひとりだけ乗せたら、ムシラ兵たちに何をされるかわかったもんじゃない。危険すぎる。
「そうしたらあなたたちはこの大量の食料を手に入れられない。構わないんですか?」
「元々は計算に入っていなかったものだ。なければないでもよかろう。しかし、お前の言う通り、確かに惜しい量ではある。買い取ることもやぶさかではないと考えていた。しかし買い取る際にお前たちの取り分も含まれているのだろう? 乗せてもらおうとした挙句、金まで取るつもりとはな。まったくがめついやつらよ」
見下すような笑みを浮かべたジルドラがそこにはいた。多少の違和感を感じつつ、気持ちが萎えかける。無理だったか。諦めるしかないのか。
ヒカリは嫌そうな表情をしているが、さすがに顔に出すぎだろ。対照的にガンボラさんは無表情だ。
ジルドラはなぜか一瞬ばつが悪そうな表情を見せたあと真顔に戻り続けた。
「というわけだ。諦めて帰りたまえ。それともまだ交渉を続けるような材料があるか?」
再びの違和感。
少し前、ジルドラのイメージとは程遠い、いやらしい笑みを浮かべていた。それを慌てて隠そうとしたようにも見える。
そのとき、俺が最初に違和感を持ったことを思い出す。ジルドラが下卑た笑いを俺たちに向けたときだ。あのときジルドラは「がめついやつら」と俺たちに言った。断るつもりならそんなことを言う必要はないし、何より俺たちはまだジルドラと金額の話をしていない。
そうか!
理解できたぞジルドラ。
断るふりをしておきながら、お前は二台分の食料を諦めきれていないんだな。
本当は俺たちの食料がほしい。だが、俺たちに吹っ掛けられるのを避けたいんだ。予算というものがあるのかもしれないし、残した費用が自分の懐に入るのかもしれない。
とにかく、費用の出費を抑えたいということだ。それならばまだ交渉の余地はある。
「あります。食料の買い取り価格についてです。確かに二割上乗せしてあなたたちに請求するつもりでした」
「やはりな」
「しかし、俺たちの取り分はゼロで構いません。これならどうでしょうか?」
「ほう。ようやく私の意図を汲み取るようになったか。だがまだ足りんお前たちが買い取り価格の二割を負担しろ」
ジルドラは二度目の笑みを浮かべる。今度はうれしそうな表情だ。信用だの何だのと言っていたが、こいつの目的は値下げだったということか。といってもこちらが二割を持つのは痛すぎる。俺たちが所持している金額の八割が吹っ飛ぶ。
「さすがに負担まではできません」
「ならばこの話は終わりだ。さっきも話したが、我々は信用のならない冒険者を三人も乗せるというリスクを背負う。二割の負担くらい安いものだと思うがね」
「では、一割ではいかがでしょうか」
「二割だと言っているだろう。ダメだ」
「そこは一割負担でないと今後の計画に支障が出ます。その代わりに、俺とガンボラさんは移動中に兵士の皆さんの仕事を手伝います。どうですか?」
「いいのか。仕事は野営や荷物運びだけではない。魔物に襲われたら兵士として駆り出されることになる。それでも構わんか?」
「構いません」
「我々の安全のため、お前らの武器は到着まで、あるいは魔物と戦う出番が来るまでは預からせてもらう。それを受け入れてくれるのなら、お前らの同乗を特別に認めよう」
やられた、と思った。ジルドラに足元を見られたが仕方ない。予定通りとはいかなかったが、まずまずの成功と考えるしかない。
「わかりました。ただ、ヒカリの安全だけは保証してください」
「我が兵たちが襲うとでも? 安心しろ、女は二台分の食料を持つお客様だ。丁重にもてなす。お前らはこき使うが」
「いいでしょう。では交渉成立ということで」
「うむ。お互い有益な結果になってうれしく思う」
よく言うよこの野郎。ほとんど自分の思い通りにできた癖に。
ヒカリは食料を運ぶ能力持ちだから、大切に扱うのは決めていただろう。乱暴などするはずもない。魔動車での移動は魔物にもそれほど出くわさないはずだ。最初から俺たちの武器を取り上げるつもりだったに違いない。そしてジルドラは俺たちに食料を二割も負担させるつもりはなかった。おそらく俺たちが自分たちの取り分も含めていると当たりをつけ、それを抑制できればいいと考えていただけだ。それを材料に俺たちを責め立て、少しでも費用を負担させればさらに良いというくらいの認識だった。
あとで考えればこれらのことは容易に推測できる。だが、交渉の最中にここまで考えることはできなかった。残念ながらこの条件で飲むしかない。
とはいえ、最悪のパターンは回避できた。魔動車に同乗することができるだけで上々だろう。
「それでは早速買い取りについてだが……」
ムシラ軍に食料を買い取ってもらい、それを農家の人たちに支払った。当然一割はこちらの負担だ。野菜を売るのに損をすることになったものの、農家の人たちに感謝をされるとこれでよかったのかもしれないとも思える。
俺の魔道具とガンボラさんの弓矢はムシラ軍に預けた。ボディチェックまではされなかったので、いくつかの魔道具と服に仕込んだアイテムはそのままなのは安心材料だ。
「魔動車に乗れることになってよかったね」
「お金はだいぶかかっちゃったけどな、申し訳ない」
ヒカリに謝る。今思い返せばもっと交渉の余地はあった。もう少し粘れば費用を一切負担しない道も見えたはずだ。こういうときはびしっと決めるのが本当のリーダーなのだろうが、どうも締まらないけっかになってしまった。
「気にすることじゃねえよハクヤあ。魔動車で移動できる、それだけで十分じゃねえか」
「ありがとうございます、ガンボラさん」
ガンボラさんが珍しく笑いかけてくる。ぎこちない笑顔だが、うれしい。思えば逃げている場面に遭遇して、一緒に逃げただけなのに、よくここまで俺たちに協力してくれると感心する。なんだかんだ言って相当義理堅い人だよな。
しばらく待っていると、兵士が俺たちを呼びに来た。どうやら出発の時間が来たようだ。前から四台目の魔動車に乗ることが決まったらしい。
言われるがまま乗り込むと、他に五人の兵士が乗っていた。数日寝食を共にすることを考えて笑顔で挨拶をする。意外なことに敬意をもって挨拶を返された。ヒカリはもうなんか世間話を始めているし、ガンボラさんはすでに車内の奥でひとり腰かけている。俺は中途半端な立ち位置だったが、とりあえずヒカリと兵士との会話に参加するふりをしながら適当な相槌を打っていた。
クラクションのような音が聞こえると、魔動車は走り出した。出発前にジルドラが顔を見せることもなかったし、町民たちとの劇的な別れもなく、あっさりと。食料の輸送が目的なのだから当たり前か。
窓は鉄格子になっている。外を見ると、これまでとは比べ物にならないようなスピードで景色が後ろへと流れていく。まるで電車に乗っているときのようだ。
次々と変わっていく景色を見て、ようやく実感する。これで魔王の城まであとわずかの場所まで辿り着くのだと。俺の目的を果たすのはそう先ではないのだと。
ほんの一瞬、自分の脳内に若い男の笑顔がよぎった。見たことあるような気がするが、どこで会ったのか、誰なのか思い出せない。なぜ急に思い出したのかもわからない。
その笑顔を振り払って、今度は車内を見渡す。小型バスに似ているが、座席は運転席を含めて九席しかない。一列目は運転席のみ。二列目と三列目に四席ずつ。日本のバスと同じで真ん中に通路があり、左右に二席ずつ配置されている。ここまで見ると本当にバスそっくりだ。しかし、車内の中央から後方には大量の食料が袋詰めの状態でぎゅうぎゅうになるほど載せられていた。さすがは輸送用の魔動車といったところだ。
隣にはガンボラさん、通路を挟んでヒカリが座っている。ヒカリは前に座っている兵士たちと楽しくおしゃべりをしていて、隣のガンボラさんは眠っていないだろうが、目を閉じていた。
ついにここまできた。だが、このあとは魔王の領土へ足を踏み入れることになる。今まで以上の危険が待っているかもしれない。アローロという化け物に出会ったが、それ以上の敵に出会うことになるかもしれない。
本番はこのあとってことか。
あれだ。
よく使われるあの言葉。
俺たちの戦いはこれからだ、ってやつだ。
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一旦はここで完結としたいと思います。もし機会があったらまた続きを書くかもしれません。ここまで読んでいただいた方には感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
Thank you for reading !
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逃げは身を助ける~異世界ブチサゲ転移録~ エス @esu1211
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