37.すなわち、舌戦だ



 ムシラ軍の魔動車は全部で八台だった。


 色こそ無骨な茶色をしていて窓ガラスではなく鉄格子になっているものの、形や大きさは小型のバスにそっくりである。

 そもそも魔動車が生まれたのはここ数年のことだ。発明やデザインをしたのは転移者という話だ。そりゃあ地球の自動車と似ているに決まっている。


 動力源などの細かいことはわからないが、要はガソリンの代わりに魔気をエネルギー源として動かすらしい。


 魔動車一台の値段が豪邸を建てるのより高いことにさえ目を瞑れば、革新的な発明だといえる。


「ムシラの魔動車の方が頑丈そうだな」


 ガンボラさんが呟く。


 そういえばガンボラさんの所属していたエイジフット軍の陣にも魔動車があったのを思い出した。もう少し小型で、ファミリーワゴンのようなサイズだったと記憶している。ボディも木や布を主に使用していて、まるでタイヤのついた離れの小屋のようだった。


 そう思うとムシラ軍の魔動車は随分と立派に見える。ムシラ王国は金属の鉱山が多く、金属は豊富にあるらしいので、そのあたりが影響しているのかもしれない。


「ほぼバスじゃん。何か懐かしいなー」


 ヒカリも同じ感想を抱いたようだった。


 バスみたいな魔動車からムシラ兵が降りてくる。一台につき五人か六人乗っていたようだ。大事な食料を輸送するのには少ない兵数にも感じるが、国内のみの輸送なら妥当かもしれない。


 三十人余りの兵士たちは三つのグループに分かれて固まった。そして兜の形が違う、恐らくこの部隊のリーダーと思われる人物が俺たちの前に出てきて話し始める。


「私はムシラ王国第十六輸送部隊、隊長のジルドラだ。アブジャの町民たちよ、ご協力感謝する」


 ジルドラと名乗った男は五十代といったところか。声だけでなく縦にも横にも大きい身体が特徴的である。


「これより食料の買い取りと積み込みを開始する。三つの班どれでもよい、並んで食料の査定を受けよ。食料を魔動車に積み込み、査定された金額を受け取ったら下がって構わぬ。積み込む車両や積み込み方などはこちらで指示するので、町民たちはそれに従うように」


 端的に説明を終えると、ジルドラはひとり後ろに下がっていった。

 代わって兵士たちが大声で並べだの荷物を持ってこいだのと叫びだす。農家の人たちは次々に三つの班へと並んでいく。


 俺たちは顔を見合わせると、農民の列の脇を進み、ジルドラの後を追った。兵士たちの傍にはすでにいない。魔動車の中に戻ってしまったのだろうか。魔動車が駐車されている辺りを探していく。


 何人かの兵士が警備と積み込み指示のためだろうか、各魔動車の前に直立不動で立っていた。その中のひとりとジルドラが会話しているのが見える。


「ジルドラ隊長!」


 俺はジルドラに呼びかけた。ジルドラがこちらを見るが、やってきたのは一般の兵士二人だ。槍を構えながらやってくる。警戒されているらしい。


「なんだお前たちは? 見たところ……転移者に、エイジフット人か?」

「今回の目的は食料の買い取りだけだ。お前たちが関わるものなどはない。下がれ」


 そりゃあそう来るだろう。予想通りだ。俺はジルドラにも届くよう声を張り上げた。


「いいえ、皆さんにも関係ある話です。もしも、俺たちが魔動車二台分の食料を追加で運べると言ったらどうしますか?」

「なんだと? そんな都合のいい話があるわけないだろう。お前らみたいなのが魔動車を持っているとも思えん」

「もちろん魔動車は持っていません。しかし、俺たちは見ての通り転移者です。この意味、わかりますよね」

「女神様のご加護か」


 兵士たちが構えていた槍を下ろす。どうやら考え始めたようだ。


 当然彼らにとって食料は文字通り生命線である。少しでも多くの食料を前線に運ぶのが最重要任務だろう。もしかしたら彼らの評価に繋がるかもしれない。ならば俺たちの意見を無下にはできない。


 まずは予想した通りの出だしだ。すると兵士の背後からジルドラが近づいてくるのが見えた。魔動車二台分の食料という言葉に興味を持ったのだろう。こちらまで来ると話しかけてきた。


「先程魔動車二台分の食料を追加で運べると聞こえたが、本当かね?」


 きた、隊長が食いついてくれた!


「はい、もちろんです。ただ、これは取引です。そのためにお願いがあってこちらにやってきました」

「お願い? 何だ、言ってみよ」


 ジルドラは顎を撫でながら聞き返す。


「我々は冒険者で、魔王城を目指し旅をしています。ですがここはムシラ王国の東。まだまだ距離があります。そこで俺たち三人を魔動車に同乗させていただきたいと思っております」


「なるほどな、これは多少時間がかかりそうだ。おい、ここにいる六人分の机と椅子を準備せよ。詳しく聞こうではないか」


 ジルドラは槍を持った二人に命令した。どうやらじっくりと話をする必要があると判断したらしい。商談に値する、と思ってくれたということだ。


 だが、このジルドラという男、なかなかに抜け目ない。俺と会話しつつも腰の剣をいつでも使える姿勢で警戒していたし、その警戒先も俺ではなく隣にいるガンボラさんだった。信頼は全くされていないといえる。


 ともかく、これでスタートラインに立ったことにはなる。ここからは本当の意味で商談だ。いや、説得しなければならないわけだから、戦いに近い。


 すなわち、舌戦だ。







 兵士たちによって簡易的な机と椅子が用意される。机は会議室によくあるような折り畳み式の長机。椅子はキャンプで使うようなものだ。机には人数分の水が用意されている。


 その水を一口飲んで、ジルドラが口火を切った。


「まずはお主たちは何者か聞かせてもらおう」


 これはただの自己紹介タイムだ。余計なことを言わなければ問題ない。


「はい、俺はハクヤといいます」

「私はヒカリといいます」

「ガンボラだ」


 名乗った後、旅の目的などを聞かれる。あらかじめ用意していた魔王討伐パーティーの補助をするためだと説明する。無難な答えだろう。「渡り石を探している」では伝わらないかもしれないからな。


 一通りこちらの状況を話すと、ジルドラは現状納得したようなそぶりを見せた。本当に信用してはいないだろうが、本題に入るために必要な儀式だ。


「まず最初に確認しておこう。その魔動車二台分の食料というのを我々に見せてくれるかね。何事も自分で確認しないと気が済まない性質でな」


「もちろんです。ヒカリ」

「うん」


 ヒカリが自分の両手の上にマジックバッグを出現させ、テーブルに置く。そしてバッグを開いて、ジルドラと護衛の兵士に見せた。大量の袋が敷き詰められている。


 ヒカリはそのうちひとつの袋を取り出す。二本指でつまめるサイズだった小さな袋が、一瞬でバッグと同じサイズまで膨れ上がった。二人の兵士は「おお!」と声を上げた。俺が説明を加える。


「これがヒカリ、彼女の持つ女神の加護です。このバッグを自由に出し入れできます。バッグの中には持ち物を入れることが可能で、収納した際にサイズは百分の一になります。つまり、このバッグの百倍、物を運ぶことができるということです」


 説明している最中、ヒカリが袋の口を開いて中から野菜を取り出す。昨日採取したばかりの新鮮な野菜がジルドラの目の前に置かれる。


「ほお、これは素晴らしいな。野菜に触ってみてもいいか?」

「構いませんよ、どうぞ」


「ふむ。偽物などではないようだ」


 するとジルドラはいきなり野菜に齧り付いた。カブによく似た野菜が瑞々しい音を立てて崩れる。


「味も申し分ない。これはここの野菜だ。やはりアブジャの野菜はうまいな」

「はい。この町の農家から仕入れていますから」

「そのようだ。野菜が本物であることは認めよう。だが、他の袋にも同じように野菜が入っているとは限らんな。他の袋もいくつか改めさせてもらうぞ」


 予想以上に用心深い。こちらとしてはすべての袋を調べられても問題ないのだが、これほどまでに疑われるとは思わなかった。それに野菜そのものにも詳しいようだ。


「当然の権利です。すべて仕入れた農家までわかる野菜です。適当にいくつか選んで取り出してください。俺もヒカリも触れませんから。あ、緑色の袋は俺たちの旅の道具なのでそれだけは別です」


「それもあとで確認させてもらうぞ。おい、お前たちも二つくらい適当に袋を取り出せ。中身が野菜か調べるんだ」

「はっ」


 ジルドラの命令で、同席している二人の兵士が迅速に動く。バッグから取り出した瞬間に巨大化する現象に驚きつつも、中身を確認していく。野菜であることがわかると、元の場所に詰め直した。


 続けて俺たちの私物も調べられる。大抵は問題のないものだが、俺の所持品である魔道具とガンボラさんの弓矢には待ったがかかった。冒険者なのだから武器を持っているのは当然としても、一応用途を確認しておきたい気持ちは理解できる。


「俺たちは冒険者です。武器がなければ旅はできません。ガンボラさんは弓の名手なので、旅に必要なため所持しています。俺は見ての通り転移者です。白状しますが、女神の加護で与えられた能力は『魔道具を何でも扱える』ものです。やはり旅には欠かせません」


 もちろん嘘だ。


 ただ、馬鹿正直に『妖精と話せます。でも今は妖精なんていません』なんて言ったら、信じてもらえないどころか、他に危険な能力を隠しているのでは? などと疑われかねない。


「なるほどな。まあ特段怪しいところはないようだ」


 よかった、これで同乗することができるだろう。ジルドラは顎に手をやりながら宣言した。


「だが、やはり乗せることはできん」



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