36.むしろ俺いらなくないかと思ったが気のせいだと信じたい



 日が傾く前にほぼすべてが決した。俺とガンボラさんが荷車をレンタルして農作物を引き取り、早めに食堂へ戻ってきたときにはすでにヒカリが戻ってきていた。追加で三件の農家から了承を得たらしい。予想以上にスムーズだった。


「元の世界に戻ったら営業の仕事やりなよ。ヒカリならトップを取れるから」


 そんな言葉をかけたが、ヒカリは「そんなことより自由に旅行できる仕事に就きたいよー」と笑っていた。会話をしながら、集めてきた農作物をヒカリのマジックバッグに詰める。そのあと、空になった荷車を押し、追加で契約を取った農家からも野菜を受け取りに行き、無事野菜の確保に成功した。


 アブジャの町における活躍はほとんどヒカリのおかげだ。俺とガンボラさんだけだったら、農家との契約が取れないまま、早々に諦めていたに違いない。


 ともかく、明日やってくるムシラ軍との交渉に必要な農作物の準備は整った。あとは今後の交渉次第だ。


 一番上手くいったときは俺たちの要望をすべて受け入れ、魔動車で野菜も俺たちもセメラへ運んでくれるパターンになる。


 反対に最も上手く行かなかった場合は、魔動車に乗せてもらえないばかりか、この野菜すら買い取ってもらえず、すべて俺たちの買い取りになるパターンだ。もし野菜をすべて買い取るなんてことになったら、旅の資金も底を尽きてしまう。この町でしばらく働いて稼ぐしかなくなるだろう。


 こればかりは明日の交渉にかかっている。もちろん勝算はある。


 なぜなら現在、ムシラ王国西側の状況は「雰囲気は最高、物資は最悪」だからだ。


 バティカロアの活躍によって魔物が占拠していた領土を奪い返し、ムシラ王国は元の支配地域を取り戻した。魔物一匹を対処するのに武器を持った兵士三人が必要と言われる。単純な話、魔物と互角に渡り合うためには三倍の兵士を配備しなければならない。


 だがバティカロアは三倍どころか魔物より少ない兵数で敵を退けるというのだから凄まじい。特殊な能力を持った転移者ならまだしも、ちょっとした魔法が使える程度のエル・ファテハの民が、である。そんなバティカロアによる奮戦の影響もあるため、西側地域の士気、熱気はとんでもないほど高まっているそうだ。


 対して物資の不足は深刻なようである。取り戻した地域を復興するための資材も足りていなければ、人員も足りていないらしい。特に不足しているのが食料だ。魔物によって荒らされ、戦争によって破壊された土地を復興させるのにはまだまだ時間がかかる。食料問題は復興作業に従事する者、戦争を行う兵士に共通する悩みのようだ。


 これらの背景があるからこそ交渉の成功率は高いと踏んでいる。


 とはいえ油断は禁物だ。営業のエースでありマジックバッグを持つヒカリと、兵士相手にも物怖じせず威圧感のあるガンボラさんと三人一緒に臨んだ方がいいだろう。


 一瞬、むしろ俺いらなくないかと思ったが気のせいだと信じたい。


「明日はみんなで交渉に行こう。その方が上手くいく気がする」

「俺は構わねえよ」

「私はマジックバッグ見せなきゃだからね。行くつもりだったよ」


 散々歩き回って準備したのだから当然かもしれないが、二人ともやる気のようだ。


 俺たち三人とも疲れからなのか明日に備えてなのか、本来ならしばらく酒を楽しむような時間だが、誰が言い出すともなく帰り支度をして各々休む流れになった。


 俺やヒカリにとってみればもしかしたら魔王の城へ一気に近づくことができるかもしれないというチャンス。ガンボラさんにとってはバティカロアの本拠地へ先回りできるチャンスとなる。時間の短縮だけではない。旅の様々な消耗品を節約でき、危険も回避でき、ささやかながら野菜を仲介した収入も得ることができる。やる気にならないはずがない。


 部屋に戻った俺たちは早々に床へ就いた。明日はいよいよ交渉だ。







 交渉当日、俺は緊張していた。


 昨日の勇気溢れる自分はどこかに消え失せ、しくじったらどうしようという不安だけが俺の心を支配している。ガンボラさんはすでに出発の準備を終え、ベッドに腰かけていた。俺は軽く挨拶をしたあと急いで髪を整え、服を着替え、新調したリュックを背負う。ものの数分で準備完了だ。


 ガンボラさんとともに部屋を出て宿の入口へ向かう。


「もし上手くいったら、今日でこの町ともお別れですね」


「ああ。俺はこの町なかなか気に入ったぜえ。バティカロアをぶっ殺した帰りにまた寄りてえなあ」


「やめてください! 英雄ですよ。誰かが聞いてたら洒落になりませんって。それにバティカロアを倒したらムシラ王国ではどの町にも寄れないと思いますけど」


「おいおい、バティカロア様を倒すなんてハクヤも言うようになったじゃねえかあ」


「声大きいですって! そもそも最初に言ったのは俺じゃないですよ! 俺になすりつけるのホントに勘弁してください」


「ハクヤ、打倒、バティカロア。かっこいいじゃねえの」


「いやマジいい加減にしろこのハゲ」


「ああ?」


「すいません言い過ぎました」


 くだらない会話をする。


 もちろんガンボラさんはそこまで迂闊な人間ではない。周囲に人がいないことを十分確認してから発言しているだろう。だが万が一という不安は拭えないので、俺は変な汗をかいてしまった。アローロから逃げたときもこの汗がきっかけだったというのに、いつでも冷静でいるというのは、相当難しいものだと痛感する。


 とはいえ、今みたいにガンボラさんとは何でもない会話ができるようになってきた。怖いといえば怖いが、お互いを信頼しているのが何となく伝わる状態だ。


「ごめーん、お待たせーー」


 しばらく待っていると、ヒカリが駆け足でやってきた。金髪が濡れている。おそらく寝坊した上、出発前にシャワーでも浴びてきたのだろう。ムシラ軍の到着時間にはまだ余裕があるので特に咎めることはない。


 俺たちは世間話をしながら軍が来る予定の広場へ歩き出した。途中で飲み物と、パンの中にサラダを詰め込んだ食べ物を買い、食べつつ向かう。


 荷車や馬車に野菜を積んだ人たちが時折俺たちを追い抜いていく。彼らも軍に野菜を売る農家だろう。余剰作物を軍に売れると考えれば、農家の人たちにとってもいい臨時収入になる。加えてムシラ王国西側の復興にも貢献できるというわけだ。


 昔、戦争中は「特需」と言われ、景気が上がることもあると習ったが、その意味がわかったような気がした。


 広場に着くと、見物目的の住人や農家の人たち、そして運ばれてきた多くの野菜で混雑していた。俺たちは人ごみを抜け、前の方へ進んでいく。途中、ヒカリが住人のひとりに「いつ頃来ますかね?」と尋ねていたが、午前中という程度の回答しか得られなかったようだ。到着まではしばらく待つしかない。


 待つ時間は緊張が高まる。俺はどのタイミングで話しかけようか、誰に声をかけようか、どんな言葉で交渉を始めようかなどを考えていた。ときどきヒカリやガンボラさんと会話をするが、内容はほとんど頭に入ってこなかった。


 何としても成功させなければ。


 そして、ムシラ軍の魔動車がやってきた。


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