35.当初、よくひとりで旅を続けようとしていたな



 昼になった。俺とガンボラさんは宿の近くにある食堂に集合していた。


「ダメですね。というよりすでに申請所で食料を積む量の報告を終えているところがほとんどでした。前日じゃあギリギリすぎたかもしれません」


 俺は野菜炒めのようなものを口に運ぶ。午前中はひたすら歩き回っていた。身体強化されている肉体でも疲れるものは疲れる。そのため塩分のある食事がひと際おいしく感じられた。


「俺なんかいきなり謝られてよお、ほとんどの農家とまともな会話すらできなかったぜえ。あいつら何かに怯えているように見えたが大丈夫かあ?」


 それはあなたに怯えてるんですよ、とは言わず曖昧に頷いておく。


 朝から町の農家を訪問していた。時間短縮のために三人とも担当地区を決めて手分けして農家に交渉していたのだが、結果は芳しくない。特にガンボラさんはその顔のせいかまともに話を聞いてもらえないことが多かったようだ。ヒカリはまだ戻ってきていないものの、俺と似たような状態だろう。


 昨日はかなり酔っていたように見えたヒカリだったが、今日の朝作戦会議の内容を尋ねるとしっかり覚えていた。酒に強いというのはすごいな。


 昼になったらこの食堂に集合すると打ち合わせていたものの、午後は計画を変更した方がいいかもしれない。町の外れにも農園を持っている人はいる。そこまで足を運ぶべきかもしれない。


 ただ、王国軍が食料を買い付けにくるという話は町の外まで伝わっているはずである。事態が好転する可能性は低いように思えた。


「ヒカリが戻ってきたら、もう一度作戦を練り直しましょう」

「そうだな」


 やはりこれまで通りの旅を続けるしかないかもしれない。俺たちの会話はそれ以上なく、食べ物を口に運ぶ動作だけを繰り返していた。


「早っ、もう食べ終わってる! あ、私も野菜炒めひとつくださーい。あと水もお願いしまーす」


 俺とガンボラさんがすべて食べ終わったころヒカリが戻ってきた。挨拶もなくとりあえず昼食を注文している。汗だくになっている姿が妙に艶めかしいと思ってしまうが、そんな気持ちを頭から追い払い、まずはヒカリの表情を確認する。


 いつも通りの笑顔である。


 ひょっとして交渉がうまくいったのだろうか。いやいや、よく考えたらヒカリはいいときも悪いときも笑顔だし、基本顔に出ないタイプじゃないか。実際に聞いてみなければわからない。


「おう、ヒカリい」


 先にガンボラさんが口を開く。


「あ、二人ともお疲れ様ですーー。今日は思ってたよりだいぶ暑かったですね、持って行った水なくなっちゃったし」


「確かに暑かったなあ。で、どうなんだ?」


「何がですか?」


 ガンボラさんの質問に何の話題だとばかりに質問で返す。俺はヒカリの午前中の結果を早く知りたくて単刀直入に尋ねた。


「もちろん午前中に営業、じゃなかった農家に提案しに行った結果だよ。何件くらい回って、何件くらいオッケーをもらったんだ?」


「ああ、そのことね。三件だよー」


 Tシャツの胸の部分をパタパタさせながらヒカリが答える。


 どっちが?


 農家を回った件数が三件だけなら少なすぎるし、農家の了解をもらえたのが三件だったら多すぎる。ちらっとガンボラさんを見ると複雑そうな顔をしていた。きっと俺もガンボラさんと同じ表情をしていることだろう。


 どっちを指しているのかわからない。その状態に堪え切れなかったのだろう。ガンボラさんが追撃の質問をする。俺はその後の切り返しが怖くて聞けなかった。


「ヒカリい。その三件っていうのはどっちのことだあ?」


「ああ、ごめんなさい。もちろんオッケーをもらえた農家に決まってるじゃないですかー。こんな締切間近なタイミングだから、少量でもいいからってお願いして回ったんですよ。だから三件といっても私のバッグはまだ半分以上空きがあるから大丈夫です。それで、ハクヤとガンボラさんはどうですか?」


 ほらきた。ヒカリなら何も考えずにそっちはどう? って聞いてくるに決まってただろうが。


 この問いかけにどうやって答えようか。担当した地区が悪かったとか、たまたま申請の終わってる農家ばかりに当たったとか。


「すまぬ。俺とハクヤはなあ、全く成果が出せなかった」


 何か必死に言い訳を考えていた自分が恥ずかしい。素直に謝るガンボラさんを見てそう思った。つい言い訳を考えてしまう癖は良くない。直さなければ。


「それはしょうがないでしょーー。ガンボラさんはもっと笑顔で話さないとみんな怖がっちゃうだろうし、ハクヤは説明が丁寧すぎて胡散臭い感じがするもん」


「え? 俺って胡散臭いの?」


「いつもじゃないよ。説明してくれるときはわかりやすいから助かってるけど。ただ何て言うのかな。練習してきた話し方っぽいなって感じるときがある」


「そうか……」


 ヒカリの言う通りで、俺は説明するときに頭の中で話す流れを何度か繰り返してから相手に伝えるようにしている。会社員だったころからの習慣だ。ひょっとして俺の営業成績がいまいちだったのは感情を込めた話し方ができてなかったからか?


「表情かあ……」


 ガンボラさんも意外そうな顔をしている。初めて指摘されたのだろうか。


「まあ大丈夫だよ! 午後にあと三件くらい取れればたぶんバッグはほとんどいっぱいになるし。私が二人の分まで契約取ってくるから!」


 トップ営業マンみたいなことを言う。ヒカリは指を一本立てつつ話を続ける。


「その代わり、私が色んな農家を回っているときにお願いがあるの。オッケーをもらった農家から野菜を受け取ってきてほしいんだ。で、その野菜をいつでも収納できるように、農家ごとにまとめておいてくれない?

 あ、これが地図ね。契約してくれた農家さんのところに印をつけてあるから、その家に行ってくれれば用意してくれるはずだよ」


 トップ営業マンが段取り良く俺たちに指示を出してくれる。契約を一件も取れなかった落ちこぼれ社員である俺たちは、ヒカリの言うことにただ従う他なかった。


 もちろん合理的だと判断したのもある。契約を取れない俺に、まともに話すら聞いてもらえないガンボラさん。このまま外回りを続けるよりは、明日に備えて準備をしておく方が効率的に進められるだろう。ただ、「確かにそっちの方が合理的だな」とか言っちゃうと、仕事もできない癖に偉そうにしているように見えて恥ずかしいのでやめておいた。


「わかった。悪いな、俺もガンボラさんもヒカリの役に立てなくて」


「何言ってんの? 二人にはこれまでもたくさん助けてもらってるんだから気にしないで。今回の分はちょっと豪華な食事ができて、ちょっと気になる魔道具を買ってくれて、ちょっと気になる服を買ってくれればそれでいいから」


「まあそれくらいなら全部出してやるよ、ハクヤがなあ」


「ほんとにー? ありがとうガンボラさん。じゃあ午後もがんばろうねー」


「任せとけえ。俺がきっちり野菜を取り立てて来てやるぜえ」


 突っ込みたいことが多すぎて、逆に突っ込めなかった。だいぶ会話にも慣れてきたと思っていたが、まだまだだ。もっと会話をスムーズにしなければならないな。


 ともかく、午後の方針は決まった。


 タイミングよくヒカリの野菜炒めが運ばれてくる。目を輝かせながら口に入れていくヒカリを見て、改めてこの三人で旅をしていて良かったと感じた。ガンボラさんがいなければアローロに殺されていただろうし、ヒカリがいなければ持ち物すら満足に運べない。明るい雰囲気で旅もできない。一人旅は俺にとって不可能だったのではないかと思えるくらい、二人には助けられている。


 当初、よくひとりで旅を続けようとしていたな、と自嘲気味に笑う。


 ヒカリが、ガンボラさんが仲間でなかったら今頃どうなっていたか、考えるのも恐ろしい。


 ひとりで何でもできるようなチート能力無双エンタメが一時期持て囃されていたが、ひとりで何でもできるっていうのは本来孤独なもののような気がする。できないこともあるけれど、誰かと補い合うことができる方がいいのかもしれない。


 食事を終え、ひとしきり休憩した俺たちは、夕方またこの食堂で落ち合う約束をしてから午後の仕事に取り掛かった。ヒカリは農家との交渉の続きに、俺とガンボラさんはヒカリが契約した農家へ野菜を引き取りに、それぞれ動き出した。


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