34.残念ですが、そこは交渉するしかありませんね
ガンボラさんは椅子に、ヒカリと俺はそれぞれ別のベッドに腰かけている。ヒカリは酒の入ったビンを手放さないが、本人が酔っているからダメと言っても今日中に話をしておきたい。
「今日、魔道具屋へ行ってきたんだ。そこの店主が転移者で話が弾んだんだが、面白い話が聞けた」
二人を見回す。特に反応はなかった。
「ハクヤあ、勿体つけずにさっさと話さんかい」
「ああ、すいません。まず、この作戦がうまくいけばどうなるかを伝えておきます。今はムシラ王国の南東部にいるわけですが、成功したらムシラ王国西の都、セメラまでほぼ安全に行ける予定です。セメラは最近ムシラ王国が魔王メックエイルから取り戻した領土。
つまり、魔王の城まで近い距離にある都市まで一気に辿り着きます」
「すごーい。しかも安全なんて最高じゃん! ムシラのセメラ、覚えにくいけど」
「本当にそんな都合のいい話があるかあ? 騙されてるんじゃねえか」
「ええ、俺もその可能性は考えました。なので、帰りにいくつかの店に寄って同じように聞いてみたんです。そしたら商売人にとっては案外有名な話だそうで、同じ内容を聞くことができました。申請する場所まで教えてくれた店だってあります。念のため申請所まで足を運んできました。間違いなく受け付けていました」
「ほう。ならば大丈夫そうだな。で、具体的にはどういう話なんだ?」
「一言でいえば、西の大都市セメラへ食料を供給するって話です。
ムシラ王国の西側は領土を取り返したとはいえ、魔物との戦いで荒れた土地になっているのは想像に難くありません。だから、現地では十分な食料を確保できていないという状態になっているそうです。軍隊への食料は住民からの税で負担をしているようですが、セメラに住んでいる非戦闘員はかなり深刻な食料難だそうです。
ガンボラさんが従軍していたムシラとエイジフット王国の戦争だって元はといえば食料の豊富な穀倉地帯の取得を求めて、ムシラ王国が起こしたものですからね。それだけムシラ王国は国内での食料事情に敏感だってことです。
話を戻すと、とにかく西側では住民への食料が足りていない。そこで足りない非戦闘員への食料は、ムシラにある様々な町から国が食料を直接買い取ってセメラへ輸送してどうにかやりくりしているそうなんです。その中でも、アブジャのような農業生産量の多い町の場合、ムシラ王国の軍隊が輸送部隊を派遣して直接食料を運んでくれるそうです。
それも、『魔動車』を使って。
魔動車ですよ、魔動車。
つまり、その輸送用の魔動車に乗り込むことができれば、ほんの数日でムシラ王国を横断することができるってわけです」
「ショートカットだねえ」
「ショートカットとはちょっと違うけどな」
ヒカリの感想に思わず突っ込む。
とはいえ、手段としてはこれ以上ないものだ。
国が運営している魔動車で、食料と一緒に運んでもらう。食料不足に悩まされているムシラとしてはアブジャで採れる野菜の収穫量は馬鹿にできない。話によれば毎回五、六台の魔動車がこの町にやってきて食料を買い取っていくらしい。当然、魔物との最前線にいる大切な国民の食料を運ぶわけだから、魔物対策も万全だと考えていいだろう。一緒に乗せてもらえれば安全である最大の理由は、この食糧輸送が国家プロジェクトによる軍隊の派遣だからである。
「でもよお、食料を運ぶんなら俺たちを魔動車に乗せるメリットなんてねえだろ。屋根にでもしがみついて行くのか。それとも隠れて密航、いや密車すんのかあ?」
ガンボラさんは当然の疑問を口にする。俺も最初聞いたときは関係のない話だと思っていた。
だが。
「だからこそヒカリが重要なんです」いつもよりめっちゃ笑顔のヒカリを見る。ピースをしているがたぶん話の内容は半分もわかっていないだろう。「ヒカリにはマジックバッグがあります。野菜を詰め込めば魔動車一台分どころか、二、三台分くらいの量を持ち運べるでしょう。俺たちはその能力を持っているヒカリの護衛ってことで同行すれば、ムシラにとってもメリットしかないはずです」
「魔動車に乗れるんだったら私何でもするよーー。乗ってみたいからねえ」
「確かに悪くねえ。あとはムシラの責任者様が俺たちみてえなどこの誰かもわからん一般の冒険者を乗せてくれるかどうかだな。厳しそうではあるが」
「残念ですが、そこは交渉するしかありませんね。ムシラ軍と交渉するというよりは、この町で大量に野菜を売りたいと考えている人の依頼を受けたことにするのがいいと思っていますが、ガンボラさんはどう考えます?」
「農家のお墨付きなら乗せてくれる確率はかなり上がりそうだな。アテはあんのか?」
「ないんです。ですので今日この作戦を二人に話しておきたかったんです。で、明日の朝から早速手分けして同意してくれる農家の方を探そうかと」
「ちょっと待てハクヤあ」ガンボラさんが手を前にかざす。「さっきからやたら急いでいるみてえだけどよ、そのムシラの魔動車が来るのはいつの話なんだ?」
「明後日です」
「はあ?」
ガンボラさんが聞き返してくる。無理もない。俺が焦っている理由も同じだ。魔動車がここに来るまで時間がない。だがあえて同じことを繰り返そう。
「明後日です」
「聞こえてんだよこの野郎、埋めるぞ。そういう意味じゃねえ」
いいね、ガンボラさんは今日も絶好調だ。
いつもは怖いガンボラさんだが、今回に限ってはタイムリミットの方が怖い。みんなに危機感を持って取り組んでもらう必要がある。無論、交渉がうまくいかなかったり、ムシラ軍の許可が下りなかった場合は仕方ない。今まで通りの旅を続けるしかない。その覚悟もしている。
とはいえ、大幅な期間短縮になるのは魅力だ。できたら成功させたい。
「そうなんです。本当に急ぎなんです。明日には俺たち全員で農家に片っ端から当たっていかなきゃいけないし、明後日までには食料をすべてヒカリのマジックバッグに収納しておかなきゃならない。ムシラの魔動車が来るのはいつも昼前らしいですから、タイムリミットは交渉が明日中、食料の準備が明後日の午前中って感じでしょう。時間がありません」
「なるほどな、そういうことかよ。なら何とか成功させてえな、この作戦は。お前が慌てる気持ちもわかるぜ。うまくいかなければこれからまた馬で一ヶ月以上の旅になるが、もし同乗できれば三日程度まで短縮できるもんなあ」
「オッケー。私魔動車に乗ってみたいから明日はがんばる!」
計画の同意を得た俺は三人で明日以降の詳細を相談した。
どの方面の農家を誰が担当するか、どのような話をするか。また、俺たちの取り分はどれくらいにするか。
まるで日本で働いていたときの営業会議のようなものだったが、楽しい時間でもあった。もし日本に帰ることができたら、また普通に働くのも悪くないと思える。同じ仕事でも違った景色が見えるかもしれない。
そんなことを思いながら、話し合いの終わった俺たちは解散した。ガンボラさんとは同室だが。
ヒカリも寝ることなく、いやむしろノリノリで最後まで営業会議に参加してくれた。ときどき相槌も打ってくれていたし、会話の流れも理解しているようだったが、明日どこまで覚えているかは疑問だ。ほとんど覚えていなかったらまた明日改めて話す必要があるだろう。
ベッドに潜り込んだ俺は作戦をまとめる。
ムシラ王国軍による輸送用魔動車に乗り込む。
そのためにはムシラにとってメリットが必要である。
ムシラ軍のメリットはヒカリのマジックバッグを使った食料の大量輸送が可能であること。
実現するには農家とムシラ軍の説得を成功させなければならない。
明日、早朝から手分けして食料を任せてくれる農家を探す。
見つからなければこの計画は終了。旅を続行する。
見つかればできるだけ早く食料をマジックバッグに詰め込む。
ムシラ軍が来たらムシラ軍との交渉。
交渉が失敗すればやはりこの計画は終了。旅の続行。
交渉が成功すればこの計画も成功。旅程が一気に短縮できる。
翌日の行動を反芻しているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちていった。
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