33.この作戦、進めるしかない



 ひとり宿を出て周辺を散策する。


 アブジャは割と大きい町だった。ディムヤットとほぼ同規模といってもいい。ディムヤットと違うのは町全体の雰囲気だ。冒険者や旅人、転移者が多く、雑多な感じのディムヤットと違って、アブジャは落ち着いた街並みである。野菜の産地として有名らしく、住民も自然を愛するのんびりとした人柄が多いような気がする。



 まずは治癒魔法を施してくれた人へ挨拶に向かった。普段は町の道路整備を仕事としているが、負傷者などが出たときは治癒も行う。そんな二児の母であった。


「元気になったようでよかったねえ。旅は大変だから気を付けてね」


 と、むしろ反対に激励をもらってしまうほど、優しい人だった。そして命の恩人でもあることを力説したが、よくあることだからと大して気にも留めない様子だ。この町には他にも五、六名の治癒魔法使いがいるらしく、みんなそれくらい当たり前のようにやっていることだよと言っていた。


 代金はヒカリによって支払い済みとなっていたので、しばらく仕事やこの町について雑談した。それからお礼の言葉と感謝の気持ちである果物を渡してその場を後にする。



 次に地図と魔道具を買うため道具屋へ足を運んだ。


 店主はおらず、十歳くらいの子どもが店番をしていた。

 最初にムシラ王国の地図を探していることを伝えると、少年は俺の横にある棚を無言で指差す。棚には二種類の地図が用意されていた。ムシラ王国全土が一枚にまとめられた大きな地図と、地域ごとにページの分かれた冊子状になっている地図である。どちらの地図も俺が知りたいことは一通り載っていて、書かれている内容にさほど違いはないようだった。


 大きな一枚の地図か、コンパクトな冊子の地図か。


「じゃあ、こっちの大きい地図をくれるかな」


 ひとしきり迷ってから、一枚の地図を選んだ。


 単純に大きい地図の方がかっこいいからだ。取り回しは良くないかもしれないが、冒険している感が強くてロマンを感じる。


 というのは嘘で、ページを跨ぐと視認性が悪くなるからだ。俺は元々地図を読むのが得意ではない。スマホを使って地図アプリの案内に頼って生きてきた人間だ。


 俺にとっての地図は、携帯性よりも視認性だ。わかりやすい方がありがたい。


「ちなみにここでは魔道具を取り扱ってたりする?」


 尋ねると子どもは首を横に振った。売っていないようだ。


 少年に代金を払い、このあと向かうのは魔道具屋である。


 魔晶や魔気を含む道具を売る店と、通常の道具屋はどうやら違うらしい。魔道具専門店ってことだろうか。それならばディムヤット以上の品揃えが期待できるかもしれない。町の案内看板を見て、魔道具屋を探す。この位置からだと宿を挟んで反対側方面にあるようだ。距離はあるが、少しくらい歩いたほうがリハビリにちょうどいい。


 町の雰囲気を感じながら歩き出した。今まで立ち寄った町の中でも転移者への差別意識が薄いように感じる。町を行き交う人たちが、俺のような転移者を気にも留めないのだ。転移者が最も多く住んでいると言われるディムヤットの町ですら、元々の住人とは壁を感じていた。


 歩いていて気持ちがいい。


 強いて言えば最初に訪れたソハグの町に近い雰囲気だ。自然が多く、住民と転移者との隔たりが比較的小さい。最も、過程は丸っきり逆だ。


 ソハグの町は転移者とエル・ファテハの住民が争った挙句、ようやくお互いを理解し、手を取り合って発展させてきた町だった。


 このアブジャの町は過去の転移者による被害がなかったようで、警戒心がそもそも薄いらしい。かつて訪れた転移者もいたようだが、悪く言う人はほぼいないと治療してくれた女性は言っていた。



「お、珍しい。故郷が一緒のお客さんだね。いらっしゃい」


 魔道具屋で出迎えてくれた店主も転移者だった。俺のような転移者は久し振りだったそうで、たくさん話をしてくれた。彼は元々冒険者だったそうで、冒険中に立ち寄ったこの町が気に入り、ここに住むことを決めたそうだ。ついにはエル・ファテハの住民であった今の妻と出会い、二人で魔道具屋の経営を始めたらしい。


 店主の能力は「魔気の量がわかる」というもので、それを活かす商売はないかと考えた末、魔道具を扱う専門店をオープンするという発想に至ったとのことだった。あまり魔道具に頼ることをしてこなかったアブジャの町だったが、魔道具を採用してからは農業生産量が向上し、町も豊かになってきている。町に貢献できているのが何よりもうれしいと店主は語っていた。


 話を聞きながら、店内の魔道具を見て回る。町を反映してか農業に特化した魔道具が多い。土に魔気を与える魔道具、光源となって光合成を促進させる魔道具などが置かれている。


 アローロから逃げていたとき、俺は思ったことがある。それは「相手を倒す手段も必要なのではないか」ということ。魔道具を使えば俺ももっと戦えるのではないか、逃げ回らなくても済むのではないか、魔物を倒して旅をすることができるのではないか。


 逃げる手段としてではなく、戦う手段として道具を使う。


 考えずにはいられなかった。


 俺はいつも通りの煙幕や閃光弾を手に取ったあと、店主に尋ねた。


「他に、魔物との戦いで役に立つ魔道具を教えてほしいんだけど」





 有用な魔道具と有益な情報を店主から得た俺は、帰路に就いた。気付けば日は暮れかけていて、薄暗くなっている。


 魔道具よりも情報の方が俺には衝撃的だった。自分の感情の昂りを感じる。これほどありがたい情報を、魔道具屋に寄ったついでに聞くことができるとは!


 普通の人が聞いても大した情報ではないし、利用することもできないだろう。俺たちだからこそ可能な作戦がある。


 もちろん、偽の情報という可能性も捨てきれない。そこで俺は真偽を確かめるために何ヶ所かを尋ね歩いた。その結果、このアブジャで商売をする人間ならほとんど誰でも知っているような、当たり前の情報であったことを確認した。


 帰り道、今後の展望を考えたがどう考えてもひとつしかなかった。これまでより安全に、そして圧倒的に早くムシラ王国の西部まで行くことができる。


 それを教えてくれた店主に感謝しながら、俺は宿に戻った。


 部屋にはガンボラさんがいた。戻ってきてから聞いたところ、俺とガンボラさんが同室で、ヒカリは別室とのこと。当たり前といえば当たり前のことではあるが。俺の目が覚めるまでは、ヒカリとガンボラさんが交互にこの部屋に泊まって俺の介護をしてくれていたそうである。


 ちなみに複数人の部屋は四人部屋しか空いてなかったかららしい。ベッドがいくつもある理由もわかった。


 夕食は近くの食堂へ三人で行くことがヒカリによって決められていたようで、ガンボラさんと話をしているとヒカリが部屋にやってきた。


 宿のすぐそばにある食堂に着くと「お酒は控えてね」と医者のようなことを言うヒカリに従い、野菜炒めのみを注文する。俺は二人に「俺に遠慮せず、好きに飲んでください」と伝えたが、マジで一ミリも遠慮することなくがぶがぶと酒を飲んでいた。


 俺の頭の中は今後の旅の計画でいっぱいで、何を話したか、どんな味だったかはほとんど記憶にない。


「このあと宿に帰ったら、今後の計画について話したいんですがいいですか?」


「もちろんだ」

「いいよ。部屋にお酒持ってくけど」


 つい昼頃までの俺は、のんびりしたい気持ちが高かった。しかし、魔道具屋の店主が教えてくれた情報をうまく活用できたのなら。


 この旅は一気に進むことになる。もし『渡り石』があれば元の世界に帰ってこの苦しい生活と決別できるし、なかったら諦めてこの世界で静かに平和に生きていく覚悟ができるだろう。


 食事を終え、しばらく休憩したのち、俺とガンボラさんの部屋に全員が集合する流れになった。


 早く作戦を話したい。


 そして実戦で戦えるようになった俺を見てほしい。


 体調は万全ではないし、左手もない。しかし確実に前へと進める確信めいたものがある。俺は黙々と食事を続けた。


「で、ハクヤよお、お前が俺たちと目も合わせねえくらい夢中になるような作戦って何なんだあ? くだらねえことだったらもう一本の腕ももらうからなあ」


 部屋に戻り、三人が集合した途端怖いことを言うガンボラさん。とはいえ今回は今までとは違う。危険を冒さない作戦だ。ちらっとヒカリを見る。ヒカリは持ち込んだ酒をまだハイペースで飲んでいた。話を理解できるだろうか。


「ヒカリ、そんなに飲んで平気か? この作戦はヒカリがいないと成り立たないんだ」


「大丈夫だよーー。なんてったって私はハクヤのこと信じてるからねえ。それにまだまだ全然酔ってないから何も問題はなしっ!」


 酔っている。


 だがこの作戦は明日にでも動き出さなきゃ間に合わないかもしれないものだ。


 この作戦、進めるしかない。


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