第5話

 俺は天ぷらが好きだ。

 揚げたての天ぷらには洗練された美食の粋がある。

 他の揚げ料理とは違い、天ぷらは衣の中で食材を蒸しているのだという。

 蓮根、椎茸、薩摩芋、海老――。

 食材を活かし、高め、丁寧に差し出す。


 だからこそ、惜しい。

 弟の葬儀の後だった。

 弟の倅とその奥さんが用意してくれた弁当には、しなびた天ぷらが入っていた。

 弁当の天ぷらがしなびていたからって文句をつけるつもりはないが、アスパラにスジが残っていたのがどうしても気になった。

 下処理をきちんとしていればこうはならない。


 昔はそんなものかと気にもせずに食べていたような気もするが、この年になると感情にブレーキが効かない。

 ついぽろりと悪態が口をついて出てしまったのが良くなかった。

 その場の空気が悪くなったのが分かった。

 羞恥心が込み上げたが、どうにもならなかった。


 息子が呆れたような顔で俺を見ている。

 それを、息子の倅が不思議そうに見ている。

 今年で二歳になるのだったか。奥さんのお腹はもう大分大きくなっている。二人目は女の子だろうか。また男の子だろうか。


 小さな顔に、くりくりとした大きな目が瞬いている。

 この孫はきっと、息子に麻雀を教わるだろう。

 釣りを教わるだろう。

 好きな力士はいるかと問われるのだろう。


 俺がそうされたように、俺がそうしたように。

 音を立てずに牌を置く打ち方を教わるのだろう。


 電球の紐に括り付けられた紙風船を潰さないように、優しく、静かな手で。


 愛を教わるのだろう。


 ああ。

 空気が悪いな。

 息が苦しくなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短い旅を終える。 lager @lager

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ