処刑まで、あと……

 檻から出たオスカーは、一週間ぶりに青空を見た。


 民衆の罵声が聞こえてくる。


 腹部と腕を鉄製の拘束具で縛られ、処刑台に続く階段を登っていく。


 処刑台には、レオとアーサーの姿があった。一方、ルナの姿がないことに、オスカーは安心したように笑うと、静かに膝を折る。


「何か、言い残すことはあるか」


国王は、少し離れた場所からオスカーに問う。


「……では、予言しよう」


オスカーは、レオとアーサーの方を見ると


「所詮、人間と魔族はわかり合えない。この俺が死んだところで、未来は変わらない。戦争は起こる。それも百年以上続くものだ。数百万の命が消え去り、数億の被害が出るだろうなぁ。人間も、魔族も、互いに、苦しみ続けることになる。だが、それがお前たちの望んだ末路だ」


最後まで、『魔王』の立場を貫いた。


 民衆の罵声が大きくなっていく。


 レオは、一つ、深呼吸すると


「止めてみせる。僕は人間と魔族が共存できる世界を作る。絶対に。お前の言う通りにはさせない」


『勇者』として、オスカーに言った。


「どうだか。俺が死ねば、そこの魔族のことも殺すのだろう?」


アーサーを見ながら、嘲笑を交えてオスカーは言う。


「殺さない。善良な魔族と、そうでない魔族の区別くらい、できる。言ったはずだ。『共存』してみせると」


レオは強く言い放つと、アーサーの手を取る。アーサーは一瞬だけ驚いた表情を見せた。が、その後、しっかりと頷き


「我々魔族と人間が力を合わせられたのなら、より良き世界になると思いませんか?」


『魔王』の言葉を否定した。


「ならばやってみるがいい。必ず争いの時代は来る。俺の正しさは証明される」


オスカーは満足げに笑うと、ゆっくりと処刑台の上に立った。


「レオ、アーサー」


魔法を使い、二人にのみ、聞こえるように話しかける。


「愛している」


たった一言、それだけ残し、オスカーは人差し指と中指をクロスさせた。

 怒りに呑まれた国民に、そのサインが伝わることはなく、ただ、レオとアーサーだけがそのサインを見逃さなかった。


 助け出したくなる気持ちを、グッと堪える。ここでオスカーの覚悟と想いを無駄にするわけにはいかない。

 『魔王』として、最悪の事態を予言し、そうさせないように誘導した。

 オスカーの最後の目的企みは、ここにあった。


 民衆の、声にもならない声が魔王に向く。


 オスカーは静かに目を閉じると、自分の死を待った。


 足元がパチパチと音を立てながら熱を持つ。


 ゆっくりと炎が天に昇り、オスカーを包む。


 その身を焼かれながらも、オスカーは笑っていた。


 民衆の罵声が、歓声に変わる。


 満天の星空に、火花が散る。


 黒煙が、美しい星空を隠している。


 炎の音が、激しさを増す。


 ぱらぱらと、火の粉が舞い落ちる。


 不思議なことに、レオとアーサーは、恩師の散り際を「美しい」と思えた。悲しみよりも、感動が先に来た。

 『魔王』としての役割を全うし、炎の中に、静かに消えていく恩師。二人は最後の最後まで彼から目が離せなかった。

 おそらく、オスカーが悲鳴を上げることなく散っていったのは、二人にトラウマを与えないための配慮だったのだろう。

 彼の栄光を知る者は、ただ二人のみ。


 最期まで、二人にとって、オスカーは最高で最強の恩師だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恩師 葉月 陸公 @hazuki_riku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ