狂っているのは。
願油脂
第1話
まだ進行形の話になるんですけど。
地元が結構な田舎でして。
最寄りのコンビニに行くのにも自転車漕いで15分くらいかかるような、本当に田んぼしかないとこで育ったんです。
高校も隣の市にしか無くて
バスも本数が全然無いので
雨の日も風の日も真面目に毎日自転車漕いで通ってましたよ。
それで三年生に上がって
就活の時期になって仕事どうするかな〜って学校の進路指導室で求人情報見てたら、
実家から比較的近くの食品加工会社から営業職で求人が出てたんですよ。
実家から車で片道20分。
初任給18万円で完全週休二日制。
年間休日122日。
残業代別途支給。
昇給賞与あり。etc
…へぇ、悪くないな。
社会人になってもなるべく趣味のオンラインゲームやプラモデルなど、
プライベートに時間を割きたかった自分にとっては、中々の優良物件。
これは掘り出し物発見したか〜と思ってライバルが増える前に意気揚々と応募しました。
書類選考。
現場面接。
一般常識の筆記試験。
役員面接。
結果あれよあれよで無事内定。
こうして初出勤の日です。
両親からの就職祝いで買ってもらった中古の軽自動車で閑散とした国道を走って20分。
何回も通ったことのある道でしたが、こんな会社があるとは知りませんでした。
近所の田舎町でも案外知らない場所もあるんだなぁと考えながら運転していると
田んぼに囲まれた小さな敷地にポツンと
立てられた事務所に着きました。
今まで二回面接で来てるとはいえ
今日からここで働くかと思うと緊張します。
中に入ると面接の時にも顔を合わせた
上司の人が出迎えてくれました。
簡単に挨拶をし、タイムカードの切り方とかロッカーの場所とかデスクとか。
一通り教えてもらった後に、朝礼に参加する流れになりました。
事務所に通されると大体15~20人くらい、結構な数の社員の人達が集まってました。
当たり前ですが見た感じみんな自分より年上です。
年齢層も結構バラバラで。男女比も半々くらいだったと思います。
新卒入社は今年自分一人だけのようで
同期居ないけど大丈夫かなぁと不安に思っていると、自己紹介を兼ねた挨拶をすることになりました。
手汗と口の乾きがすごい。
ゴクッと生唾を飲み込んで一歩前に出ます。
緊張しながら自己紹介を終えるとパチパチと拍手で迎えてもらえました。
とりあえず一安心。
みんな優しそうな人達でよかった。
ホッとしていると上司から
「○○君は今日初日やし、この後の流れだけ見といてくれたらええからね」
と声をかけてもらいました。
わかりました と会釈して一歩引いたところから朝礼を見学する事にしたんです。
社訓の斉唱とか接客七大用語とか。
上司が言うのに合わせて周りも声を出す。
結構な声量だったので、やや体育会系
というかブラックみを感じましたが、
まあ会社だしみんなこんなもんかと軽く思っていると
ここからが変なんです。
上司が
「███████████████」
と一層大きな声で何かを早口で叫びました。
年配者特有の方言というか、訛りのようなものがかなりキツくて正直ほとんど聞き取れなかったんですが、
急にさっきまで普通だった従業員全員が
前傾姿勢で両手を胸の前に抱えて
なんていうか某モノマネ芸人のティラノサウルスのモノマネみたいなポーズで、
「ア゛ーーーーーーーーーーーーーーーー」
とか
「ヒャーーーーーーーーーーーーーーーーー」
って叫ぶんですよ。
金切り声で。
それも一斉に。
仰け反りながら白目むいて。
明らかにおかしいでしょ。こんなの。
明らかに全員狂ってました。
耳が痛くなるくらい、本当にものすごい声量でした。
多分時間的には十数秒くらいでしょうが、
あまりにも唐突だったのと純粋な恐怖でそれ以上に長く感じました。
上司が
「パンッ!」と手を叩くとみんなさっきまでの
奇行が無かったことのように、すっと普通の顔に戻りました。
ガヤガヤとみんなが仕事に取り掛かる中、
自分はあまりの出来事に頭も体も真っ白で。動けずに固まってました。
その後教育係の先輩が色々教えてくれたり、事務のおばちゃんとかが話しかけてくれたり終始歓迎ムードだったんですが、
普通なんですよ、みんな。
みんなさっきまでの奇行が
当たり前というか
気にもしてない様子で至って普通なんです。
でも自分としてはあまりにも面食らったというか、その場面に居た当事者としては
本当に怖くてその後の仕事も全然身が入りませんでした。
初日なので残業も無く、仕事を終えた自分は足早に車に乗り込んで会社を後にしました。
帰りの車の中で色々考えたんですが、
いくら田舎とはいえ国道沿いで車通りも少ないながらある中で、
あんな大音量の奇声を出したら通行人とか住民とか誰かしら気付くはずと思いました。
帰宅したらちょうど父親も母親もリビングに居たので、今日の事を詳細は伏せてそれとなく聞いてみたんです。
でも親は少し怪訝な様子で
「そんな声聞いたことない」
の一点張りで。
何より自分もあの道は今までに何回も通ってるハズなんですが、全く気が付いてなかったんです。
それに丁度あそこは一部の高校生の通学路
にもなってるようでしたが、学生時代にそんな変な噂も聞いた事ありませんでした。
奇妙だと思いながら仕方なく学生時代の友達に電話で今日の事を相談しました。すると
「やばっ!怖すぎやろそれ!」
「めちゃくちゃブラックやん!お疲れ!」
と半分冷やかしのような返答で。
もういい と憤りを感じながら
明日も朝早いからと電話を切りました。
はぁ と大きなため息をついて布団に入り、
憂鬱な気分で目を瞑りました。
正直すでに辞めたくて辞めたくて仕方ありませんでしたが、
親に通勤用にわざわざ車を買ってもらったり
何より新卒でそんなすぐ仕事辞めたら次が見つかるのかという不安がありました。
せめて3年は辛抱しろと親や先生にも口酸っぱく言われてきたからです。
その日の夜、夢を見ました。
仕事を休んだ自分の元に会社から電話がかかってくる。
電話に出ると先輩が心配そうな声で話を
聞いてくれるけど、
その先輩の声の向こうで
社員全員の金切り声の大合唱が聴こえる。
咄嗟に目が覚めました。
まだ辺りは暗く時計は夜中の3時をまわったくらいでした。
ひどい寝汗で動悸も治まらず、
結局そこから一睡も出来ずに部屋に目覚ましのアラームが鳴り響きました。
今もその会社には勤めています。
ただ引越し費用がたまったらすぐにでも辞めてこの地域から離れようと思います。
もしかしたら実家にももう帰らないかもしれません。
もちろん会社にも親にも引越しや退職のことはタイミングを見て話はするつもりです。
自分でも現状会社に行けているのが不思議なくらい、学生時代に想像していた社会生活とはかけ離れた不安と恐怖の日々でした。
でも今は逆に少し安心してるんです。
え、なんでかって?
だってよく言いませんか?
ブラック企業の人間は段々感覚が麻痺して、自分の会社が「おかしい」事にも気が付けないとかなんとか。
この日常が
「おかしい」と頭で理解出来ているうちは、
きっと自分はまだ狂ってないんですから。
完
狂っているのは。 願油脂 @gannyushi
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