第18話 初戦闘の結果は……
「あ、みんな~」
待ち合わせ場所に行くと、そこには既に他の面々が揃っていた。
「わ、みんないつもと違うね~」
大雅たちが身に着けている衣装を見て、祈はそう言葉を漏らす。
それぞれが身に着けている服は、祈が普段見るような私服ではなく、いつもとは違うような印象を与える衣装だった。
大雅は、七分袖のややぴっちりとしたシャツに、指貫きグローブとサルエルパンツを着用している。
それにより、鍛え抜かれた筋肉がよくわかり、なんだか圧力を感じる。祈はすごい、としか思っていないが。
続いて、柊華が身に着けていたのは黒の居合道着と手甲、あとはいつもはヘアゴムでポニーテールにしているが、今は桜の髪飾りでまとめていた。
凛とした雰囲気を持つ美少女であるので、すごく似合っており、祈もカッコいいねぇ、とか思っている。
一矢は弓道着。心臓を護るための胸当てと、ポーチのようなものを腰元に身に着け、勾玉が付けられたネックレスのようなものを身に着けていた。
昔の武士っぽい、みたいな漠然とした感想を祈は抱いた。
そして最後に、紫月。紫月は、巫女服を着ており、両手にミサンガのようなものを身に着けていた。
実家が神社であるからか、なかなかに様になっており、祈は似合ってるねぇと思った。
ちなみに、祈と一緒にやってきたエヴァリアはゴスロリ衣装だ。
「おじさんたちから聞いてるかと思うが、これはオレたちの霊装だ」
「それがそうなんだ~。へ~、一人一人で違うんだね~」
大雅の説明に、祈は感心したような感想を口にし、
「ほう、なかなかの力を感じる衣装じゃな。衣装が違うところを見るに、何か意味があるのか?」
エヴァリアも衣装から強い力を感じ取って小さく笑い、違いについて尋ねる。
「そうね。基本的に、その人に合ったものが作られるの。大雅ならこれ、私なら居合道着、一矢は弓道着、紫月姉さんなら巫女服と言った感じにね」
「じゃあ、みんなが要望した結果がそうなの?」
「そういうわけではなく、ある霊具がその人に合った霊装の設計図を創り出すんです。そしてそれを、音海家……つまり、紫月姉さんの家の方々が製作しているんですよ」
「へぇ~、紫月お姉ちゃんすごいんだねぇ」
「……私がすごいんじゃなくて、私の家族がすごい」
「何言ってるの。紫月姉さんだって、おじさんたちと遜色ないじゃない」
「……えへへ、そう言われると照れる」
眠たげな顔ではありつつも、どこか頬を赤らめて小さくはにかむ。
一応年上の女性なのだが、妙に愛らしさがある。
「……さてと。雑談はこの辺りにして、そろそろ行きましょ」
柊華が話を切り上げ、出発しようと提案する。
「おう」
「わかりました」
「……りょうか~い」
「えっと、どこへ?」
「予測場所よ。時間はわからないとはいえ、場所はなんとなくわかっているから。そこでしばらく待機なの」
「なるほど~。それで、その場所は?」
「霊道山よ」
「あ、あそこなんだ~。じゃあ、そこに現れるの?」
「そうだな。予測場所が外れたことはまずないからな。確実と言っていい」
「……というわけだから、早速行こう」
紫月の言葉で、一行は目的地の霊道山へ向かった。
霊道山。
それは季空市に存在する山で、つい先日、祈が蓮太郎や雪葉に霊術や能力の扱いについて教えてもらった場所だ。
なぜ、霊道山という名前が付いているかは、至ってシンプル。
この山にはよく幽霊が出没するのだ。
その理由自体は一般市民には知られていないが、異戦武家や補佐の家系の者たちには理由が知らされている。
その理由は、『あの世に繋がりやすいから』というもの。
異世界が始めた繋がった時代よりも前から、この山には幽霊が出やすくなっていたのだ。
では、その幽霊がどこから来るのかと訊かれると、街で死んだ者や、隣町での死んだ者などが普通ではあるのだが、中にはあの世からこちらへ来てしまったり、遠い地から、恨んでいる相手を追いかけてくる、という者も稀にだが存在していた。
どう対処しても幽霊が現れる、という経緯から、霊が通りやすい道のある山、という意味で『霊道山』という名前が付けられている。
閑話休題。
霊道山に到着した一行は、祈とエヴァリアを除いて、かなり真剣な表情で警戒しながら山の中を歩いていた。
「祈よ、妾の傍から離れるでないぞ」
「うん」
異世界の魔王という事で、何かを感じ取っているのか、祈のすぐそばを歩くエヴァリアは、祈に自分から離れないようにと命令し、祈は頷いた。
さすがの祈も、今の状況でぽわぽわ~っとした、柔らかい笑みを浮かべてはおらず、やや緊張した面持ちだ。
これには、幼馴染たちも内心安心している。
いつものようにぽわぽわとした顔をされると、気が抜けそうなので。
ちなみに、陣形についてだが、一番前を大雅が歩き、その右後ろに柊華、大雅の左後ろに紫月、真ん中にエヴァリアと祈、最後尾に一矢、と言った状態だ。
大雅が前にいる理由は、所謂盾役であるため。
紫月はどちらかと言えば後衛だが、霊術の扱いが上手く、能力もサポート向きであり、霊術での攻撃力がやたら高い為、中距離戦を得意としているため、この位置だ。
柊華はゴリゴリの前衛なので、問題なし。
一矢は弓を扱うと言う関係上、後衛なので、こちらも問題なしだ。
尚、本来であれば、祈は――というより、出雲家は対魔物戦の切り札的存在でもあるため、身を隠している場合が多い。
今はエヴァリアがいるので、堂々と真ん中にいるが。
「……そういや、今回来る奴、最低でも一級らしいぜ」
「最低でも、という部分が気になりますね。最悪の場合は、特異級も出る、という意味にも聞こえますし」
「そうならないことを祈るわ。……いやまぁ、そういう予測が立てられたから、この霊装を身に着けてるわけだけど、ね……」
「「「……まぁ、うん」」」
ふっと、遠い目をしながら微笑む柊華の言葉に、他の三人も似たような表情で頷いた。
祈はきょとんとしながら四人がなぜ、微妙な表情をしているのかと疑問に思ったが、気にしないでおいた。
なぜか、少々疲れているようにも見えたので。
「……それにしても、祈ちゃんの参加、よく許可されたねー」
と、紫月がそんな疑問を漏らす。
「ぼくの参加、そんなに嫌がられてるの?」
「嫌がられてるっつーか……ほら、祈はオレら全員の関係者からも好かれてんだろ?」
「好かれてるかはわからないけど、昔から可愛がられてはいるね~」
「なんだったら、私たちよりも可愛がられてる気がするくらいには、祈は好かれてるわ」
「そうなの?」
「「「「そうなの」」」」
「へぇ~」
割ととんでもないことを言ってはいるが、祈はあまり深く考えず、ぽわぽわ~っとした返事だ。
ちなみに、柊華が行ったことは事実である。
一例を挙げるのであれば、柊華の家である、時雨家と、一矢の家である、弓波家の二つがわかりやすいだろう。
この二つの家は、それぞれが居合と弓道の道場を開いており、当然二人にもその技術を叩き込むべく、日々厳しい修行を課している。
そのため、両親は二人に対して厳しめであり、可愛がられてはいつつも、どちらかと言えば厳しさが目立つ。
しかし、そんな二人を差し置いて、祈はかなり可愛がられている。
何せ、いるだけで空気を和ませてくれるような、柔らかな雰囲気を放ち、尚且つ優しさが異常なまでにあり、さらに言えば家に行く際には必ずと言っていいレベルで何らかのおかずかお菓子を作ってくるのである。
そんないい子すぎる少女のような少年が存在し、尚且つ親戚のような存在であれば、そりゃぁ可愛がるという物だ。
「本当なら、祈は参加するなんてことはなかったんだけど……こっちの事情を知ってしまったから、放置するわけにはいかないのよ。そういう決まりだし」
「決まり?」
「はい。我々異戦武家は、こちらの事情を知ると、戦闘に参加させられるようになるんです。これは、誰かに教えられた、という状況や、戦闘に関して一度でも目撃してしまった場合でも適用されます。つまり……ガッツリ祈兄さんは足を踏み入れてしまった、ということになりますね」
「なるほど~」
じゃあ、どのみち戦うことになってたんだね~、といつものほんわかとした笑みで話す。
一応、戦闘前の状況なのだが、祈がいるせいか、どうにも緊張感がない。
とはいえ、それらは決して悪いことではなく、変に緊張しすぎないという意味ではむしろプラスに働いている。
それに、祈を除いた四人は、今までにも戦闘経験があるので、適度に気を緩めつつ、同時に辺りを警戒していた。
現状、何かがこの世界に来る、なんて気配はない。
それと同時に、いつ来るかわからない、という状況でもあるわけだ。
「ま、俺たち的にも、祈には知られたくなかったんだがなぁ」
「そうなの?」
「そりゃそうだろ。俺たちはともかくとして、お前は性格がなぁ……」
「んーと、ぼくの性格が悪いって言う意味?」
「むしろ逆です。祈兄さんの性格が良すぎて、変に相手を気遣うのではないか、という心配があったんですよ」
「ん~?」
一矢の言葉の意味がよく理解できず、祈は首を傾げた。
「たとえ話だけど」
と、どう説明しようか一矢が迷っているところに、柊華がそう切り出す。
「相手が……そうね、ドラゴンだったとするわ。そして、そのドラゴンを討伐しようという流れになって、いざそのドラゴンに対して止めを刺すという場面になりました。祈はどうする?」
「え? う~ん……そのドラゴンさんをよく視る、かなぁ」
「「「「視る?」」」」
「うん。だって、そのドラゴンさんがこっちの世界に来てから悪さをしたのかわからないわけでしょ? それに、本当に悪さをするためにこっちに来ちゃったらそれは仕方ないけど……でももしも、それが操られちゃったり、どうしようもない事情だったりしたら、ぼくは殺さない方法を考えるかなぁ。だから、視るの」
いつものほんわかとした雰囲気に表情はそのままだが、その言葉はかなり真剣味を帯びていた。
予想の斜め上を超える祈の発言に、幼馴染四人は呆気にとられ、一人の魔王は面白そうに笑いを漏らす。
「なんつーか、祈らしいな」
「ですね。僕たちにはない発想です。さすが、出雲家と言ったところでしょうか」
「そうじゃなきゃ、祈の使用可能な能力回数があんなことにならないわよね……」
「……ん、祈ちゃん、すごい」
大雅と一矢、柊華の三名は苦笑いし、紫月はいつもの眠そうな表情ではありつつも、どこか誇らしげだった。
「ははっ、本当に祈りは面白いのう。しかし……そうか。ドラゴン相手でもそうするか……ふふっ。まぁ、おぬしなら本当にできてしまいそうじゃがな」
「そうかな~?」
「あぁ、うむ。本当だとも。……っと、ほれ、おぬしら、そろそろ準備をした方が良いぞ」
柔らかく笑いながら、祈に本当だと返すエヴァだったが、すぐに何かの気配に気づいたように表情を真面目なものに変え、準備をするようにと促した。
エヴァの突然の言葉に、祈を除いた四人はまさかと気配を探り、すぐに戦闘態勢に入った。
その直後、
『ガアアアアアアアァァァァァァァァァッッッ!!!』
突如として、目の前に十メートルはあろう巨体を持つ黒い鱗を持つドラゴンが咆哮と共に現れた。
「お、おいおいおいおいおい!? マジかよ!? ドラゴンじゃねーか!?」
「なんで今し方話してた奴が出て来るわけ!?」
「これは、まずいですね……紫月姉さん、階級は、どれくらいですか?」
「…………一級、最悪特異級の場合もある」
紫月の答えに、三人は顔を青ざめさせる。
しかし、こんなものが街の方へ行けば、街全域に張ってある結界を壊し、とんでもない被害が出るかもしれない。
それに、自分たちはこれを対処するのが仕事なので、逃げることなど論外。
つまり……
「戦うしかないわ」
「だよなー……」
「しかし、どうしますか? ドラゴンはたしか、かなり鱗が硬く、同時に攻撃力も高い。攻守優れた種族だったはずです」
「……魔石の位置は心臓部辺り。けど、そこは特に硬い鱗がある」
「つまり……相当キツイ、ってことね」
四人は目の前で街の方を見ているドラゴンを見て、どう対処すればいいかを話し合う。
まだ動き出す気配はなく、おそらく異世界からここへ来る間に通ったゲートらしきものに対して寄っているからだろう。
だが、それも永遠ではなく、いずれは動き出してしまう。
ドラゴンともなると、相当かなり早い段階で動き出すはずだ。
「んじゃ、オレが攻撃を凌ぐから、柊華さんは逆鱗を狙ってくれよ」
「了解。あんたの能力なら行けるでしょ」
「当然」
「では、僕は援護ですね。弓で気を引きつつ、柊華さんに攻撃が行かないようにしますよ」
「……わたしは、全体的なサポートをする。とりあえず……『身体上昇・四連』」
紫月が何かを唱えると、四人の体が紫色の淡い光に包まれる。
「お、サンキュー、紫月さん! んじゃま……今のうちに行きますか!」
「「「おう!」」」
四人はドラゴンに向かって駆け出した。
まだ動かないが、早めに決着をつけるべく、四人はそれぞれの攻撃を加えていく。
大雅は『距離』の能力を用いて、一瞬で自分のいる位置とドラゴンの顎の位置の間の距離を縮めると、その勢いで強い打撃を与えた。
ドゴンッ! と鈍い音が鳴ると共に、ドラゴンの顔がカチあげられ、上を向く。
『グガアアアアアァァァ!』
「ちょっ、硬くね!?」
しかし、大雅はあまり手ごたえを感じておらず、むしろその硬さに手が少し痺れる。
だが、すぐに次の行動へ移る。
瞬時に地面と自分の位置の距離を縮め、地面に着地。
すぐさま胸元に潜り込むと、拳に『重力』の力を乗せる。
「重撃ッ!」
魔石を守る硬い鱗目掛けて拳打を叩き込む。
『グルゥゥゥゥゥゥッ!』
重力を纏っていたからか、鱗が少し欠け、僅かに苦悶の声を漏らす。
その隙に、今度は一矢がドラゴンへ矢を射って行く。
一撃、二撃と、霊力でできた矢を打ち込んでいくが、軽く刺さるだけで、すぐに抜け落ちる。
「やはり、今の霊力ではきついですね……! ですが!」
一発が小さくとも、それを積み重ねればいい、その考えのもとに、一矢は先ほど当たった場所と全く同じ位置に矢を射って行く。
小さくとも、少しずつ、少しずつ矢が刺さって行き、傷が広がる。
『ギャアアアァアァァァッッッ!』
だが、一矢の攻撃がきっかけだったのか、単純にタイミングが悪かったのか、ドラゴンが動きだす。
『ガアァアァァァァッッ!』
「なっ!」
動き出したと思ったドラゴンは、身を翻すと太い尻尾を一矢目掛けてぶん回す。
「させないわっ!」
だが、その尻尾が一矢に衝突することはなく、その間に入った柊華が水でできた刀ではじき返す。
「『火霊術:紅蓮爆』!」
次の瞬間、紫月が発動した霊術による炎の攻撃が、ドラゴンを襲う。
着弾と同時に、ドゴォォォォンッ! という、轟音を轟かせる。
「……むぅ、結構強めに行ったのに、あんまり効いてない……」
しかし、煙の中から現れたドラゴンに傷らしい傷は無く、強いて言えば、鱗が少しだけ欠け、表面が焦げた程度だろう。
「硬いわね……やっぱり」
「あれやっぱ特異級とか、そのレベルだろ、いやマジで」
「しかもあれ、動き出しましたが」
「……とりあえず、攻撃を続行。状況に合わせて、無霊術を使用するから、頑張って」
「「「了解」」」
簡単な指示を紫月が出し、三人はそれに従って行動を開始。
大雅が『重力』の力と併用して殴りに行き、一矢は回避行動を取りつつ同じ箇所への狙撃をし、柊華は水の刀による攻撃を仕掛けていき、その四人に合わせて紫月が霊術でサポートをしていく、そんな流れだ。
四人が戦っているその後ろでは、祈とエヴァリアが様子を見ていた。
祈はまだ経験が無いので、今回は見学、と言う風に道中話したのだ。
とはいえ、祈の浄化の力はかなり強力なので、もしものための保険、と言う意味合いもあり、エヴァリアはそんな祈の護衛である。
「ふむ、ダークドラゴンと来たか」
「エヴァちゃん、何か知ってるの?」
「いやなに。あのドラゴンは、闇属性に属するドラゴンでな。禍々しい力を持つのじゃよ。決して人には懐かず、厄災をばらまく、そんな存在なんじゃが……妙じゃな」
「妙?」
「うむ。異世界の魔物には、魔石と言う器官が存在する。それは、魔物にとっての心臓部と同義であり、そこが破壊されれば死滅する。しかし、大抵の場合は魔石がある場所は何らかの力で守られ、何も見えない状態ではあるのじゃが……その部位に何やら嫌な気配のするオーラのようなものが見える」
「オーラ? ……んーっと……あれかな?」
「ぬ、おぬし見えるのか?」
「んーと、前足の真ん中くらいにね、もやもや~ってした黒っぽいもや? が見えるよ?」
まさか見えているとは思わず、エヴァリアは目を丸くする。
祈の言う通り、祈の視界には、ドラゴンの前足の間辺りに、黒いもやのようなものが見えていた。
それは、見ていて寒気がするようなもやで、祈が無意識的に浄化の力を少しだけ放出しているほどだ。
「……ふむ。祈よ」
「なぁに?」
「おぬし、あのドラゴンをどう思う?」
「え? んーっと……なんだろう、苦しそう?」
「それはそうじゃろう。あの者らが攻撃を仕掛けているからな」
何を当たり前のことを? とエヴァリアが首を傾げながら言うと、祈は首を横に振る。
「あ、ううん、そうじゃなくって」
「む? どういうことじゃ?」
「えっと、なんて言えばいいのかな……辛い、とか、苦しい、助けて、そんな声? 感情? が聴こえるというか、感じると言うか……えっと、なんとなく、だけど……助けたい?」
「助ける……具体的には?」
「えっと、なんとなくなんだけど、浄化が使えるんじゃないかなー、って思って……」
「ふむ……浄化、か」
祈の考えに、エヴァリアはふむと少し考え込む。
(蓮太郎の話では、悪性の物を浄化する、というのが祈たちの能力であったな。であるならば、ダークドラゴンには確かに有効打を与えられるだろう。むしろ、天敵と言ってもいいやもしれぬ。しかし……苦しい? 助けて? どういうことじゃ? ドラゴンはたしかに知能が高いが、少なくとも一部の例外を除き、人間に対して言葉を話すことはできなかったはず……)
エヴァリアの知るドラゴンと言えば、力の権化のような種族であり、同時に知能が高い魔物だ。
幼体ならまだしも、成体となったドラゴンは、そう簡単に討伐できるような存在ではなく、長生きしたドラゴンほどかなり強い。
目の前のドラゴンは、長生きしている方の部類だろう。
そんなドラゴンたちと戦っている大雅たちは、異世界でもかなり強い部類になるだろうとも思っている。
しかし、相手が悪い。
ドラゴンの鱗は下手な金属よりも硬い。
倒せる見込みが0ではないが、今のままでは勝つのに時間がかかるだろうと、エヴァリアは当たりを付ける。
しかし、このままでは負ける可能性の方が高い。
「……しかし、ふむ。祈よ、一つ考えがあるのじゃが……」
「あ、うん。なにかな?」
「あのドラゴン、浄化するとするならば、どこを狙う?」
「もやの部分」
エヴァリアの問いに、祈は一切の間を空けずに即答した。
まるで、確信があるかのような発言に、エヴァリアは小さく微笑む。
「なるほど、であるならば……おい、おぬしら!」
次の瞬間、エヴァリアは目の前で戦っている四人に声をかけていた。
「なんっ、すかぁ!?」
「一つ、試したいことがある。なので、おぬしらは一旦妾の後ろへ戻るがよい!」
「なに、あなたが戦ってくれるっての!?」
「半分正解、半分外れじゃ。じゃが、このまま戦っても、おぬしらの勝ち目は薄い。いや、勝てる可能性はあるやもしれぬが、そこへ到達するまでにスタミナが持たないじゃろう。死にたいと言うのであれば止めぬが、どうする?」
「……そうですね。一度、引きますか」
「……賛成。時間がかかりそうとは思ってたから、ちょうどいいかも」
エヴァリアの言葉に、一矢と紫月は賛成の言葉を返し、すぐさま離脱。
大雅と柊華の二人は、どうするべきか悩んだ後、確かにその通りだと思い直し、こちらも離脱。
「よし、では早速行動するとしよう。祈よ、任せるぞ」
「うん、浄化すればいいのかな?」
「うむ。妾が動きを止める故、その直後におぬしが答えた場所を狙うのじゃ。よいな?」
「うん、任せて」
「え、ちょっと待って? 祈にやらせる気!?」
「まぁな。じゃが、安心せい。祈には傷一つたりとて負わせはせんよ。まぁ、見ておれ。妾としても、一つ気になることがあるのでな」
「おいおい、祈は荒事向きじゃねーんだぜ? さすがに……」
「大丈夫だよ、ぼく、エヴァちゃんを信じてるからねー」
大雅が反対するような言葉を吐くよりも早く、祈はにこにことしたいつもの笑みで、そう告げた。
エヴァリアの頬が緩み、頬が紅潮する。
「ま、まぁ、そういうわけじゃ。ま、見ておれ」
「……ん、エヴァちゃんを信じる」
「いいんですか? 紫月姉さん」
「……少なくとも、わたしたちより強いから」
「「「あー……」」」
なんと説得力のある言葉か。
特に、柊華に関しては瞬殺されているので、説得力が段違いだ。
結局、幼馴染たちは信じることにした。
そもそも、祈が信じると言っているのだから、信じないのは今後のことを考えるとちょっと、という考えも少なからずあるので。
「よし、では……『黒縄縛鎖』」
エヴァリアが何かを唱えると、その直後ドラゴンの足元に魔方陣が出現。
そこから黒い鎖が何本も飛び出し、ドラゴンを縛り付ける。
『グガァァァッ! グゥゥォオオォォォォォ!』
突然拘束され、ドラゴンが鎖から抜けようともがくが、鎖はびくともしない。
「ほれ、祈よ、今じゃ」
「うん、行ってみるね」
「気を付けてね、祈」
「うん」
「……『鋼神』」
と、紫月が霊術を使用して、祈の体を強化した。
主に、防御面で。
「紫月姉さん、それ……」
「……保険」
「そ、そうですか」
紫月がかけた霊術は……まぁ、結構えぐい奴だが、祈はそれを知らない。
そんな祈は、とことこ、ともがいているドラゴンに近づく。
「わぁ、おっきいなぁ……でも、ちょっと怖いかも?」
目の前にいるのが、いとも容易く人を殺せる生物だと言うのに、祈はどこかずれた反応である。
しかし、祈らしいと言えばらしい。
「んーっと……うん、この辺りかな?」
祈は自身が気になっていた部分に両手を添える。
表面はつるつるしているのか、ザラザラしているのかわからないという、なんとも不思議な肌触りだったが、祈はそんなことを気にすることなく、目を閉じて集中する。
自分の胸から肩、肩から腕、腕から手の平へと、自身の中にある暖かな力を動かし、そして、
「『浄化』」
浄化の力を行使する。
すると、祈の手から眩くもどこか安心するような、そんな光が溢れだし、辺り一帯を照らした。
光はドラゴンへと染み込んでいき、同時に外側も包み込んでいく。
『グルゥ……ガァァゥ……』
すると、ドラゴンの方に変化が訪れる。
先ほどまでは敵意や殺意で満ちていた声に、穏やかさが混じってきた。
それどころか、なんだか鱗が黒から白へと変わっている気がする……というか、実際に白くなってきている。
そうして、浄化の光が収まり、そこにいたのは……
『――感謝する、異世界の人の子よ』
流暢に喋る純白のドラゴンだった。
「「「「「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!?」」」」」」
まさかの出来事に、この場にいる者たち全員、軒並み素っ頓狂な声を出すのだった。
異世界の魔王に惚れられた男の娘、美少女になる ~身近には結構ファンタジーがあったみたいです?~ 九十九一 @youmutokuzira
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