第17話 初めての討伐へ

 割と豪華な夕飯を終えた出雲一家+αは、家に帰宅し、交代で風呂に入るとその日は就寝となった。


 祈にとっては初の能力の使用や、霊術の仕様であったため風呂に入って居る段階でうつらうつらとしており、リビングでそのまま眠ってしまったので、エヴァリアがお姫様抱っこで部屋に運んだ、という出来事があった。


 そして翌朝。


「んん~~~~っ! はぁ、うん、なんだか寝覚めがいいね」


 起床するなり開口一番に、祈は気分が良さそうにそう口にする。


「それに、体の調子もいいような?」


 ベッドから降りて、軽く体を動かすと、いつもよりも体の動きがいいことに気付いた。

 妙に体が軽く、さらに言えば、エネルギーに満ち溢れているような、そんな感じである。


 理由はわからないが、体の調子がいいということは、決して悪いことではなく、むしろいいことだ。

 なので、祈は理由を考えるのは一旦後にして、リビングへ。


「おはよ~」

「えぇ、おはよう、祈ちゃん」

「おはよう」

「おはようじゃ、祈よ」


 リビングへ行くと、雪葉は朝食を作っており、蓮太郎はコーヒーを飲みながら新聞を読み、エヴァリアは優雅に紅茶を飲んでいた。

 何気に紅茶を飲んでいる辺り、滞在三日目の朝にして、馴染んでいるようである。


「エヴァちゃん、吸血鬼さんのハーフなのに、朝早いんだね~」

「いやなに。こちらの世界において、夜型の者はそう多くないと聞く。であるならば、妾も朝方にしようと思ったまでじゃ。それに……」

「それに?」

「……祈の寝起き顔が見られるからの」


 顔を赤くさせながら、やや恥ずかしそうに呟く。


「ふぇ?」


 祈は思いがけない理由に、やや茫然とする。


「あー、いや、気にせんでよい」

「あ、うん。じゃあ、えっと……」


 気にしなくていいと言われた祈は、一瞬だけ何かを考える素振りを見せた後、口を開き、


「む?」

「……今日から一緒に寝る?」


 突然そんなことを言ってきた。


「んん!?」

「あらぁ」

「おぉ?」


 一緒に寝るかどうかを尋ねられると、エヴァリアは目をかっぴらいて勢いよく祈の方を向き、雪葉は嬉しそうに微笑み、蓮太郎は感心したような声を漏らした。

 ちなみに、祈の顔は赤い。


「い、いや、それは嬉しいが……よ、よいのか?」

「う、うん。だって、せっかくお友達になったんだし、それに……エヴァちゃんはぼくにプロポーズしたでしょ?」

「う、うむ。そう、じゃな。……改めて言われると、少々気恥ずかしいが……」

「だから、ね? もっと仲良くなるために、一緒に寝るのはどうかな、って思って……あ、嫌なら断っても――」

「嫌なはずはない。ならば、今日から共に寝るか?」

「いいの?」

「もちろんじゃ」

「じゃあ、今日から一緒だね!」

「うむ!」


 話はすんなりと決まった。

 一緒に寝ることになり、祈はそれはそれは嬉しそうな表情を浮かべ、エヴァリアもそんな祈を見て優し気な笑みを向けた。

 両親は生暖かい目で見ている。


「ふふふ、女の子二人が仲睦まじくしている光景は、とてもいいものね~」


 まあ、雪葉は妙に恍惚とした表情を浮かべていたが……気にしてはいけない。


「さ、二人とも、とりあえず朝食にしましょう。座って座って~」

「うん」

「了解じゃ」


 二人は雪葉に言われるまま席に着き、朝食を食べ始める。

 出雲家にとって、家族そろっての朝食は、割とレアだったりする。

 如何せん、蓮太郎と雪葉は家柄の関係上、この街にいないことが多々あるからだ。


 つい先日まで、家にいる時もあるにはあるが、なんだかんだで夕方以降からの仕事であるため、朝はゆっくりである場合が多く、祈があらかじめ作り置きしておいた朝食を食べるため、こうして揃う機会は少ない。

 それこそ、仕事が休みの時くらいだ。


 そう言った背景もあり、祈はいつになくましてにこにことしている。

 やはり、家族全員でいることが好きなのだ。


「あぁ、そうだ。祈、君が異戦武家として戦闘に参加するのが今日の夜になったよ」


 朝食を食べ始めてから少しして、蓮太郎が例の件についてのことを伝える。


「むぐむぐ……こくん。うん、わかった~」


 祈は口の中に残っていた物を飲み込み、にこにこしながら了承する。

 緊張感のない祈の表情と様子に、蓮太郎と雪葉はやや苦笑い。

 我が子ながら、ぽわぽわとしている。


「それで、時間は何時なのかな?」

「詳しい時間はまだわからないね。何せ、今日出現することは予測されているけど、それがどの時間かはわかっていないからね」

「あれ? 向こうの魔物さんたちが現れる日って予測できるの?」

「あぁ、できるよ。専用の霊具があってね、それを使って予測しているのさ。……まぁ、それでも予測不可能な場合もあってね。その例が……エヴァリアさんの時だったりするんだ」

「む、妾か?」

「あぁ。極稀だけどね、エヴァリアさんのように、なんの予測も無くこちらの世界に向こうの存在が現れる時がある。ただまぁ、そう言った場合はよほどのことがない限りはないんだけどね」

「そうなんだ。理由とかってあるのかな?」


 話を聞いていて、ふと気になったことを祈は尋ねる。


「理由は未だに解明されていないんだけど……仮説として、あくまでもこの街……というより、この世界に対して、悪性であるかどうかで判断されているんじゃないか、とは言われているね」

「つまり、悪い人か悪い人じゃないか?」

「そうだね。しかも、この説はかなり信憑性が高くてね。今回、エヴァリアさんと一緒に来た勇者の方には、ほんの僅かだけど反応があったんだ。……とは言っても、すぐに追い返されたみたいだから、俺たちは肩透かしをくらった気分だったけどね」

「へ~」


 蓮太郎の説明を受けて、祈は不思議そうにしつつも、納得したような声を漏らした。

 実際、エヴァリアと勇者が現れた時、現れたことを確認した異戦武家や補佐の家系の者たちが、急いで現場に急行したのだが、その途中で反応があった存在はこの世界からいなくなったのだ。


 しかし、念のため、ということで現場へ向かうと、そこにはおびただしい血痕があり、大急ぎで調査が入ったのだ。


「じゃあ、時間はわからないんだ。それなら、場所もわからないの?」

「あぁ、場所もわからないんだ。あまり万能じゃなくてね。ただ、今日来る、ということは判明しているから、後は発生しやすい時間に見回りを行い、出現したらそちらへ急行する、みたいな形になると思うよ」

「うん、わかった~」


 ぽわぽわ~、っとした笑みで了承する祈だが、やはり両親的には心配が勝る。

 潜在能力がずば抜けているとはいえ、こうも温厚な子供が出ていいのだろうか、みたいな。

 故に。


「エヴァリアさん、祈を頼むよ」

「私からも、お願いね~」


 エヴァリアに心の底から護衛をお願いした。

 強さはある程度把握しており、尚且つ安心できると思ったのだ。

 そんな二人のお願いに対して、エヴァリアはふっと微笑み、


「うむ、任せよ。傷一つ付けさせんよ」


 自信に満ちた言葉を返した。




 それからは何事もなく、平穏に時間が過ぎ、ついに出発の時間になった。

 今回は、見学に近いため、祈は動きやすい服装をしていた。

 Tシャツに伸縮性が高いズボンに、履きなれたスニーカー、そしてその上から外套のようなものを羽織っていた。


「お父さん、お母さん、これって?」

「それは、霊装さ」

「霊装?」

「おっと、そう言えば霊装のことは話していなかったか。じゃあ、時間も無いし軽く説明しよう。いいかい? よく聞くんだよ?」

「うん」

「霊装とは――」


 と、ここで霊装についての説明がなされた。


 霊装とは、霊力が込められた装備品のことである。

 より正確に言うのならば、武器のような装備品のことではなく、衣類系の装備品のことを指す。

 これらは魔物との戦闘において、非常に重要な役割を果たしており、その役割というのは『安全性を高めること』である。


 魔物と戦うのに、安全性もへったくれもないと言われればそれまでだが、この霊装を身につけることで、防御力が向上し、さらには自然治癒力が上昇するなど、装着者に対しての耐久性を向上させる装備なのだ。


 一応、霊術で身体能力を向上させ、防御力などを高めることもできるが、それらの効果は術者の技量によるものでまちまちだ。


 しかし、この霊装はほぼ等しく耐久力を向上させることができるのだ。

 人によっては、霊装の効果を高めたり、霊術を用いてさらにガッチガチに耐久力を高めたりする者もいるが、無くてもそこそこ戦えるので、異戦武家や補佐にとっては必需品だ。


「――という感じだね。今回、君に渡したのは、補佐の人たちの中でも割と強者の部類に入る人たちに支給されるものだね」


「じゃあ、異戦武家の人たちには違うものが配れられるの?」

「あぁ、そうだね。異戦武家の者たちは、言ってしまえば、対魔物戦、もしくは魔族戦における切り札的存在。だから、殉死してしまうようなことは避けなければならないことから、専用の霊装が作れられるんだ。今回の件で、特に問題なしと判断されれば、祈にも専用の霊装が作られるよ」

「ほんとに?」

「あぁ、本当だよ」

「ちなみに、大雅君たちも持ってるわ~」

「そうなんだ~」


 専用の霊装、という言葉に、祈は表面上はいつも通りのほんわか笑顔だが、内心ではかなり喜んでいたりする。

 なんだかんだで、自分専用というものは好きだったりするので。


「それと、これも持っていきなさい」

「これは?」


 蓮太郎が祈に手渡したのは、何やら五センチほどの淡く透き通った青色の石だった。

 持っていると、不思議な力がある気がして、祈はなんとなしに凝視しながら蓮太郎に聞き返す。


「お守りみたいなものだよ。効果は、霊術の発動を補助したり、命に危機に瀕するような攻撃を一度だけ防いでくれたりするものだね。初戦闘から慣れるまでの間に支給されるものだね」

「なるほど~」

「ほう、こちらの世界にはそのような便利なものがあるのじゃな。面白い」

「向こうにはないのかい?」

「まあの。結局は、自分の力次第じゃからな」

「それもそうだね。……っと、こんなところかな。とりあえず、祈は絶対にその外套を脱がないように。エヴァリアさん、改めて祈をよろしく頼みます」

「私からも、お願いね~」

「うむ。……では祈よ、そろそろ行くとしよう」

「うん。それじゃあ、行ってきます!」

「「いってらっしゃい」」


 こうして、祈とエヴァリアは二人に見送られて、初の魔物戦へと足を向けた。

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