第16話 エヴァリア初めての寿司

 とはいえ、今日は祈の特訓により、少々汚れていたので、着替えてから行くことに。


 一応、出雲家にも車はあるのだが、エヴァリアが興味深そうに周囲を見回す姿を見て、せっかくだから、ということで徒歩で行くことになった。


 まあ、目当ての店自体は、車で行くよりも、徒歩で行った方が何かと楽なのもあったが、今回はエヴァリアのためということになった。


 エヴァリア自身、夜の季空市を見たことはあったが、あの時は祈の治療をするべく急いでいたため、あまり見ることができておらず、実際今が初だったということもあり、目を爛々と輝かせている姿は、見た目通りの少女らしさがあり、出雲家の面々は微笑ましい気持ちになった


 ちなみに、何気に祈とエヴァリアは手を繋いでいた。

 二人とも、方向性の違う可愛らしさを持っていたためか、道中かなり注目されていたが、二人ともまったく意に介していなかった。

 祈は気づいておらず、エヴァリアは気づいてはいつつも、単純に街の風景に目移りしているからである。


 尚、視線の六割くらいは男性の視線であり、残った四割が女性である。

 基本的にもれなく、惚けたような顔をしていたが、二人は気づかなかった。


 閑話休題。


 道中、注目を浴びつつも、四人は目当ての店に到着。

 そこには、小さな店があり、看板には『雨葉鮨』と書かれていた。

 その店をエヴァリアは興味深気に観察しつつ、出雲一家と共に中へ。


 店の中は、こぢんまりとした印象だったが、丁度いい室温で、妙に心地よかった。

 異世界であるため、自分の知る世界の建築技術の違いから、ほ~と感嘆の声を出しながら周囲を見回す。

 そんな様子のエヴァリアに、祈たちは微笑ましい視線を向けた。


「いらっしゃい。おや、出雲さんたちじゃないか。珍しいな、この時間に来るのは」


 そんな四人に、カウンターの向こう側にいた初老の男性が気さくに話しかけてきた。


「こんばんは、雨葉さん。昨日出張が終わりましてね。なので、今日は四人でこちらに、と」


 面々に話しかけてきた男性は、この店の店主である、雨葉重蔵あまばじゅうぞうだ。

 実年齢は六十程度だが、実年齢よりも若く見られがちであり、実際渋いおじさま、という印象をよく抱かれている。


「ははは、そうだったか。……ん? 四人? そう言えば、見慣れないお嬢ちゃんが二人いる気が……」

「あー、色々とありましてね。あっち絡みなんですよ」

「ふむ」

「ちなみに、こっちの女の子が祈ちゃんで、こっちの黒髪の女の子はあっちから来た人ですよ~」

「なんとまァ、そいつは珍しいもんだ。しかし、大丈夫なのかい? たしか、向こうから流れ着く存在というのは、決まって悪だった気がするんだが……」

「今回はかなり特殊みたいでしてね」


 そう言いながら、ちらりとエヴァリアの方に視線を向ければ、


「ほほう、ここが祈が話していた物を食べさせてもらえる場所か」

「うん、ここのお寿司はね、とっても美味しいんだよ~」

「とってもとな。それは楽しみじゃな」


 にこにこと楽しそうに会話する二人の姿があった。


「見ての通り、祈と仲良しになったんですよ」

「ははぁ、そいつァたしかに、祈君なら不思議じゃないってもんだ。しっかし……事情を知らなかったら、あのお嬢ちゃんが祈君とは想像もつかねぇなぁ」


 ははは、とおかしそうに笑う重蔵。


 実は重蔵は『異戦補佐』の家の者だったりする。

 異戦補佐の面々は、『異戦武家』の者たちとは違い、表で何らかの職に就いていることが多く、そのほとんどが情報収集できて、尚且つサポートができるような職業であることだったりする。

 鏡子が教師であるのと同じだ。


 まぁ、雪葉は例外だったりするのだが。

 ちなみに、重蔵が寿司職人を選んだ理由は、


『夢だったから』


 というものだったりする。


『異戦武家』は基本的に、将来的な自由が制限されることがほとんどだが、『異戦補佐』は補佐という役柄、かなり自由にできる。


 もちろん、それらを活かして補佐をする。


「さて、今日は俺の寿司を食べに来たんだろう? 立ってないで、座りな」

「おっと、そうでしたね。二人とも、そろそろ座ってね」

「了解じゃ」


 蓮太郎に促されて、二人は仲良く隣に座る。


「む? この、透明な箱の中に入っているものはなんじゃ?」


 席に座るなり、エヴァリアは目の前にある透明な箱に入った赤や白といった、様々な色の何かが入っており、それに対して疑問の言葉を漏らしていた。


「これは、ネタさ」

「ネタ、とな?」

「おう。俺が握る寿司の主役さ。こいつがなきゃァ、ただの酢飯だけになっちまうのさ」

「なるほど……しかし、随分と綺麗な肉じゃな。これは、一体何の肉なのじゃ?」

「これは、魚の肉だ」

「ほう、これが魚の肉とな? ふむ、たしかに向こうで見かける家畜の肉とは違うな……こちらの世界は面白いのう」


 重蔵の説明を受け、からからと笑う。

 エヴァリアにとって、魚を食すことは滅多になかった。

 魔王城自体が内陸に存在するという理由だ。


 とはいえ、海に面していない国なのかと言われれば、答えはNOであり、港町が存在している。

 一度そちらで食べたことがあるが、それは生ではなく、焼き魚であった。

 なので、生の魚というのは、エヴァリアにとってかなり好奇心を刺激されるものなのだ。


「これしきのことで面白いと思うたァな。ま、向こうの世界の人間ってんなら、不思議じゃねェか。おっし、じゃあ今日は美味い寿司を味わってってくんな!」

「うむ、そうさせてもらおう」


 エヴァリアの反応が気に入った重蔵は、嬉しそうに笑いながら、寿司を握り始める。

 最初は何を出そうかと考えたが、やはり定番中の定番ネタを出すことにした。


「へい、お待ち!」

「これは、なんという魚なのじゃ?」

「そいつは、マグロだ」

「マグロ?」

「あぁ。こっちの世界じゃ、割とでかい魚でな。たしか、最高で四メートル以上ある奴もいるくらいだ。で、そいつは、その魚を捌いた時に最も多く取れる、赤身って部位だ。他にも色々な部位があるが、最初ってんでまずは赤身からな」

「なるほど。では、早速頂くとしよう。……あむ。むぐむぐ……」


 寿司を手で摘まみ、口に入れて咀嚼する。

 最初は目を閉じていたが、咀嚼するごとに目が見開いていき、さらに咀嚼する頃には幸せそうな表情を浮かべながら、頬に手を添えていた。


「こくん……おぉっ、これはかなり美味いのうっ!」

「お、そうかい?」

「うむ! これが生の魚か……なんともまぁ、美味な食べ物じゃ。てっきり、生臭いものかと思ったのじゃが、全く臭みはない。味も甘みがあってよいな」

「ははっ! そうかそうか! んじゃ、次はこっちを食べてみな」

「む? 今の赤身に似ておるが……妙に白っぽいな。これはなんじゃ?」

「大トロだ」

「大トロ、とな?」


 聞きなれない言葉に、エヴァリアはこてんと小首をかしげた。

 当然、元の世界では全く聞いたことのない食べ物の名前だからである。


「こいつはな、好き嫌いがわかれやすくはあるが、好きな奴はかなり好む。ま、食ってみりゃわかる」

「そうじゃな。では……あむ。……っ!?」


 口に入れた瞬間、エヴァリアは大トロの強い脂の味に、思わずカウンターの下で、足をバタつかせていた。

 顔は先ほどよりも幸せそうであった。


「これもとびっきり美味いのじゃっ!」

「お、そんなに美味かったかい?」

「うむ! 口の中に入れた瞬間、溶けてしまったが、それがよい! この脂の甘み、先ほどの赤身とは比べ物にならんな! 素晴らしいぞ!」

「ははっ、どうやらかなりお気に召したみてェだな。こっちも嬉しいってもんだ。……っと、すまんすまん、ほったらかしにしちまってたな」

「いえいえ、俺たち的にも、是非とも食べてもらいたかったので気にしませんよ」

「そうですね~。個人的に、可愛らしい反応が見られて嬉しいくらいですから」

「はははっ、さすが五家の中で最もお人好しの家と言われるだけある」


 蓮太郎と雪葉の言葉を聞いて、重蔵は笑いながらそう言葉を発した。

 まあ、五家の中で最も、と言うか、この街で一番のお人好し一家だとも言われていたりするが、本人たちは知らない。


「して、他にもネタはあるのじゃろうか?」

「もちろんだ」

「ほう! なら……っと、そうじゃった。妾の金ではなかったな。うぅむ……とりあえず……お、あの河童巻き? というものを」

「エヴァリアさん、遠慮しなくていいんだぞ?」


 さすがに高そうなものを頼みすぎるのは申し訳ない、そう考えたエヴァリアは良さそうなものを見つけるも、最も安い河童巻きに変更。

 しかし、蓮太郎は気にしないでいいと告げる。


「そうよ、エヴァリアちゃん。私たち、こう見えてもお金はある方だから、好きな物を頼んで?」

「……よいのか?」

「もちろん。な、祈」

「うん。エヴァちゃんはぼくを助けてくれたんだから、いっぱい食べて! それに……」

「それに?」

「エヴァちゃんが幸せそうに食べてる顔、とっても可愛いから!」

「はぅっ!」


 大輪の花のごとき笑顔と共に放たれた誉め言葉は、エヴァリアの心の急所を的確に狙ってきて、平常時の口調からは考えられないくらいの声が漏れた。

 どこか乙女らしさがある。


「ははっ! そうだなァ、祈君の言う通りだな。嬢ちゃんの幸せそうな顔は、俺からしても嬉しいもんよ」

「そ、そうか。……で、では、厚意に甘えるとしよう」

「うん、そうして!」


 祈は嬉しそうに微笑む。

 そんな祈の顔を見て、エヴァリアは頬を赤らめつつ、ふっと笑みを浮かべた。


 全員の説得もあり、この後のエヴァリアはほんのわずかに遠慮をしつつも、美味しい寿司を堪能した。

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