未成年者誘拐被疑事件に係る捜査経緯について。

薮坂

捜査報告書

 本件は、令和8年7月7日に発生した被害者■■■■に係る未成年者誘拐被疑事件である。本件の端緒、被疑者◯◯◯◯の特定経緯、捜査経過及び逮捕の状況については下記のとおりであるので報告する。

            記

1 被疑者

 住所   ××県△△市□□町◯-△△

 職業   会社員(カフェ■■皆戸店)

 氏名   ◯◯ ◯◯

 生年月日 平成12年5月5日生(26歳)


2 被害者

 氏名  ■■ ■■(当17歳)

(詳細については令和8年7月11日付、本職作成に係る『被害者の人定事項の特定について』と題する捜査報告書参照のこと)


3 被疑事実の要旨

 被疑者は、令和8年7月7日から同月10日にかけて、■■■■(当17歳、以降被害者と記載)に対し、インターネットを介して稼働するゲームアプリケーション(名称:□□バトル)内のダイレクトメッセージ機能を使用し、被害者に対し「君を助けたい」「迎えに行くから心配しないで」「絶対に君を守る」等の文言を送信し、被害者をして被疑者と共に行動すれば現在の状況を打破できると誤信させ、同月7日午前10時20分頃、被害者の自宅最寄駅の私鉄◯◯駅ロータリーにて、自身の運転する普通乗用車(◯◯300し△△△△号)に被害者を乗車させ自己の支配下に置き、上記場所から◆◆県◇◇市まで帯同させ、もって甘言を弄して未成年者を誘拐したものである。


4 事件捜査経緯(被疑者特定経緯及び逮捕までの流れ)

(1)令和8年7月8日、■■■■(以下被害者と記載)の母親から当署受付に電話連絡があり、『昨日から娘と連絡が取れない』旨の通報を受け、本件誘拐被疑事件の端緒を得た。


(2)当署生活安全課防犯係所属の本職は直ちに被害者の母親を本署に招請し、面前での聴取を行った。

 母親は、

・娘が昨日の午前中に家を出たきり帰ってこない

・スマホに連絡しても不通である(圏外のアナウンス)

・娘が家出するのは初めてである

・娘の交際相手は把握していない

等を申し立て、被害者が行方不明になっている原因については心当たりがない旨回答した。


(3)本件については行方不明事案として初動捜査しつつも、未成年者略取誘拐被疑事件の可能性を否定しきれないことから当署刑事第一課強行犯係に速報し、行方不明捜査及び事件捜査の両面で捜査することとした。

 母親から詳細を聴取したところ、被害者については同月7日午前7時30分頃、学校に行くと申し立て自宅を出る姿を見たのが最後であり、その後の行方は杳として知れない状態にあった。また被害者から母親に向けたメッセージアプリケーションによる連絡もなく、聴取段階で母親から被害者のスマートフォンに架電するも不通状態(電源オフ)であった。


(4)本職らは行方不明捜査として、被害者が所有するスマートフォンのキャリアに捜査関係事項照会書(皆南生安発第1192号)を送付し、刑法第37条第1項を根拠として被害者のスマートフォンの現在地等の情報を求めたところ、『現在、当該スマートフォンは電源が入っていない状態にある』旨の回答を受けた。

 参考事項として、『当該スマートフォンの最終電波送受信位置』も併せて回答され、それによると

・△△県▲▲市▽▽区◯◯−◯◯ ■■駅を基点として半径500メートル以内(令和8年7月7日 午後2時17分時点)

とのことであり、本職らは同地点において重点的な聞き込み及び防犯カメラ捜査を実施した。


(5)被害者の人相及び行方不明時点の着衣については母親から情報提供を受けており、それに合致する人物を捜索した結果、被害者の人着に酷似する人物が、上記駅の新幹線改札を通過する状況が同駅設置の防犯カメラに記録されていた。

 被害者は不詳の男性を伴っており、同男性と連れ立って新幹線のプラットホームへと進入する状況が記録されていた。なお、新幹線の切符について被害者は、同男性から手渡しによって受け取っており、以上のことから同男性は本事件について何らかの関係があると思料された。

 よって行方不明捜査から未成年者略取誘拐被疑事件に切り替えて捜査を進めることとなり、同日、当署に皆戸南警察署長を長とする同捜査本部が設置された。


(6)上記男性の人定事項については判然としなかったが、同男性は防犯カメラ捜査により新幹線の切符を乗車直前に購入していることが判明し、購入に際して使用されたクレジットカードの名義から、未成年者略取誘拐事件被疑者として

・◯◯ ◯◯(当26歳)

が浮上したものである。


(7)◯◯◯◯(以降被疑者と記載)に対する基礎捜査により、被疑者は隣県に在住する会社員であることが判明し、住居、勤務先及び所有する普通乗用車等が特定され、所要の捜査を経て、同車両が■■駅周辺の時間貸し駐車場に駐車されていることが判明した。

 その車両を発見し、■■地方裁判所裁判官◇◇により発布された捜索差押許可状によって同車両内を検索した結果、助手席に被害者が所有するスマートフォン及び被疑者名義のスマートフォンを発見し、本職が両物件を領置した。

 このことにより、被疑者が被害者を何らかの方法により略取または誘拐した蓋然性が高まり、◯◯◯◯を被疑者とした逮捕状を同裁判所に請求予定としたものである。


(8)被疑者及び被害者の所在捜査については、■■駅から新幹線で西方面の新幹線に乗車したことが防犯カメラ捜査等から判明しており、切符の購入履歴から、◆◆県◯◯市に所在する△△駅で降車する可能性が極めて高いと思料された。よって◆◆県警本部に本事件概要を説明し協力を求め、先行して△△駅の防犯カメラ捜査を依頼した。

 その結果、被疑者らは△△駅で新幹線を降車し、私鉄に乗り換え更に西方面へ進行したと判明し、すぐさま同地点周辺に向けて本県警本部刑事部捜査第一課特殊事件捜査係捜査員、当署刑事第一課捜査員及び当署生活安全課捜査員を派遣し、被疑者らの捜索に当たったものである。


(9)同月8日午後8時頃、本県捜査員らは◆◆県での捜査を開始したが、同県の△△駅周辺には防犯カメラの設置が多いものの駅から離れるにつれ屋外防犯カメラの設置が少なくなり、被疑者らの足取りを追跡するには困難を極め、△△駅から西方約2キロメートル地点で被疑者らの痕跡を失尾した。

 翌9日についても継続して防犯カメラ捜査を実施したが有力情報はなく、周辺の聞き込み及び宿泊施設に対する検索等を行ったものの同様に有力情報は得られなかったものである。


(10)捜索と並行して実施していた被疑者に対する素行捜査によると、被疑者の勤務先で被疑者の友人である△△△△(以降、参考人と記載)を発見、同日午後5時頃に接触し聴取を行ったところ、

・彼(被疑者)はネットで恋人が出来たと言っていた

・彼女のことは知らないが、随分と年下のようで、彼はそのことを嬉しそうに話していた

・彼によると、彼女は家庭内で虐待を受けているらしい

・いつか彼女を安全な場所で過ごさせたいと言っていた

・彼女とは共通のアニメが好きなことで意気投合したらしく、いつか舞台となったその海の岬に行きたいと話していた

・本日(同月9日)は彼の出勤日であったが、無断欠勤しているので心配している

・彼は無断欠勤するような人間ではない

旨回答し、被疑者の素行についていくつかの事柄が判明し、更には、

『アニメの舞台になった場所に行きたいようだ』

との参考人の文言から、被疑者らの目的地は◆◆県◇◇市に関連があると思料され、本県捜査員の一部(本職含む)は同地点へ急行した。

 なお同日、捜査書類が整い、■■地方裁判所に逮捕状を請求した結果、裁判官◇◇により逮捕状が発布されたものである。


(11)同月10日午前10時45分頃、◆◆県◇◇市所在の■■岬付近において、両名に酷似した男女二人組を発見し職務質問を実施したところ、

・被疑者及び被害者

であることが所携の身分証等から判明したので被害者の保護に着手した。

 また被疑者にあっては、逮捕状が発布されているが原本が手許にないことから緊急執行を行い、同日午前10時56分、被疑者を通常逮捕したものである。


5 逮捕時の状況

(1)■■地方裁判所裁判官◇◇により逮捕状が発布されている旨及び逮捕状の被疑事実の要旨を読み上げ、被疑者に対して逮捕する旨を告げたところ、

・間違いありません

・僕が彼女を連れ回しました

・誘拐と言われれば否定できません

と申し立て、両手を差し出し素直に逮捕に応じたものである。


(2)被疑者を近隣の⭐︎⭐︎警察署に引致し、弁解録取書を徴し弁明の機会を与えたところ、

・彼女を連れ回したのは間違いありません

・私の意思でそうしました

・これが罪になるのは薄々わかっていました

・しかしながら、私は彼女が家庭内で虐待を受けていることを知っており、彼女を守るためにそうしたのです

・彼女の体は痣だらけです、確認してあげてください

・彼女には「いつ家に帰ってもいいよ」と告げていたので、彼女をずっと自分の支配下に置いていた訳ではありません

等と申し立て、誘拐の事実は自供するものの被疑事実について一部否認した。

(被疑者の供述の詳細については、同日付、供述人◯◯◯◯に係る供述調書【甲】を参照のこと)


(3)被疑者は、

・彼女は家に連れ帰られるのですか

・警察で彼女を守ってください

・たった3日間でしたが、自分の人生で一番意味のある時間になったと思います

・彼女が僕と居て嫌な気持ちになっていないことを切に願います

等と申し立て、弁解録取書の末尾に署名指印した。

 同日、捜査用車両及び新幹線を使用し、被疑者を当署へ引致し、当署留置施設に留置したものである。


6 被害者からの聴取内容

(1)保護した被害者に対し、被疑者の供述の一部を伝え事実の確認を行ったところ、

・誘拐ではなく、私の意思で彼と一緒にいました

・乱暴なことは一切されていません

・彼を逮捕しないでください

・父親から虐待を受けているのは事実です

・私は家に帰りたくありません

等を申し向け、女性警察官により身体の確認を行ったところ、虐待の痕跡と思料される痣等を発見した。


(2)被害者にあっては、上記の状況から自宅に搬送するのは不適当であると判断し、保護後、児童養護施設において一時保護委託した。

(被害者の虐待事案の顛末については、令和8年7月25日付、本職作成に係る『被害者■■■■に係る児童虐待事件の捜査経緯について』と題する捜査報告書参照のこと)


(3)なお被害者は被疑者に対する処罰を望んでいないが、保護法益は保護者の監護権も含まれるため、被害者の保護者が被害を取り下げない限り被疑者の勾留継続が妥当と思料されるものである。


7 事件の顛末

 本事件については、当初■■■■の行方不明事案と認知し捜査を実施したが、捜査の過程で未成年者誘拐被疑事件である蓋然性が高いと判明し、捜査体制を確立、捜査員を他県に早期派遣し情報収集を行うと共に被疑者の所在捜査を実施した。

 結果、被疑者を特定し逮捕に至り、被害者についても保護したものであるが、被害者は実父から虐待を受けていることが判明し、被害者の実父についても傷害罪で通常逮捕したものである。

 本件被疑者については諸般の事情から情状酌量の余地があると思料されるものの、被害権者(被害者の実母)の処罰意思が強いため、担当検事と面談のうえ、被疑者については起訴予定としているものである。


8 参考事項

(1)被疑者の逮捕時及び被害者の保護時の状況を撮影した写真2枚を本報告書末尾に添付する。

(2)被疑者の逮捕場所等を示した現場見取図2枚を本報告書末尾に添付する。


                   以上

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