言葉にできない
トム
言葉にできない
――絶句。
その光景を見て、最初に思ったのはそれだった。
唐突に起きる。天災であり、ある意味人災であり、事故もあり、故意すら混在しているかもしれない。陸の内側では倒壊し、寸断され、孤立し奪われていく。海辺では波が襲い、真っ黒な濁流と理不尽なまでの力で、全てを飲み込み押し倒して、薙ぎ払っていく。
予測はアテに出来ず、常に厳戒態勢を取れる訳でもなく。一度起こればそれが終わるのを唯待つしか人には出来ない。
日常は日々刻々と続く。変わらず。唯、淡々と。続き続けると思っている。
そんな保証は何処にもないのに――。
瓦礫の山をただ呆然と眺めて、老人は言った。
「――
まるで風船から空気が抜けていくように呟かれたその声音には、彼の魂すらも抜けていくような、何かが欠けていくような感じがした。
「これからだ!」
「まだやり直せる!」
「絶対諦めない!」
「これを教訓として私達は――」
そんな耳障りのいい言葉が聴こえてくるが、全てが軽くて彼の心にまで届く事はなく、ただただ頭の上を通り過ぎていく。……それでも彼はそんな者たちに慈愛の顔を見せ「……ありがとう」と応える。
――とうに総てを諦めて。
本当の絶望を知っていますか?
本当の理不尽を知っていますか?
偽善と罵る相手は何処にも居ないのです。
総てを失った本人の心には何が映るでしょう……。
遺体が見つかったのは、まだまだ瓦礫撤去が進む彼の家屋があった場所、……その台所の隅。彼はそこに一人で、餌皿を大事そうに抱えたまま居た。二度と動かぬ骸となって――。
~了~
言葉にできない トム @tompsun50
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