この争いに終止符を

遠部右喬

第1話

 生きると言うことは戦いの連続である。命を繋ぐ為に他の命を消費せざるを得ない以上、ほぼ全ての生物は戦いと無縁ではいられない。その場に留まり続ける植物も、場を確保する為の生存戦略を持っている。生きる為に他を屠り、戦に明け暮れる。闘争本能は生命の本質の一つだ。

 無論、争いは異種間のみならず、同種間でも起こる。縄張りの為に、時には繁殖を巡って、争いは起こる。とは言え、血みどろの争いになる前に事を収める術を持っている生物は少なくない。同種の個体数を減らすような争いは、大抵の場合、デメリットの方が大きいということを遺伝子レベルで知っているのだろう。

 故に、殆どの人間は同種間の争いを醜く、遣る瀬無い不快なものだと認識する。縄張り争いの域をはるかに超えた大掛かりな紛争のニュースに、多くの人は悲しみを覚える筈だ。賢い先人達は争いをコントロールする方法を模索し、様々なスポーツやゲームを発明した。それらは穏便に闘争本能を発散させる手段となり、現代まで人々を熱狂させ続けている。

 だが、悲しいことに、争いの種は尽きることは無い。日常生活のレベルでなら、殆どの人が見聞きしたり、経験したことがある筈だ。

 何かとマウントを取りたがる面倒臭い同僚、互いを理解しようとしないカップル、犬派対猫派、つぶ餡vsこし餡……日常のあちこちに争いの火種はある。そして私もまた、火種を抱えている。


 告白させて欲しい。

 私は断然たけのこ派なのである。


 この世界には、二通りの人間が居る。「きのこ派」と「たけのこ派」だ。この駄文を読んで下さっている諸賢に、一体何のことか分からないと仰る方は居られなさそうではあるが、もし居られたら、出来ればここから先はパソコンやスマートフォンで「きのこたけのこ戦争」とお調べになってから読んでいただければと思う。

 余談だが、独自に大々的な調査を行った所、圧倒的に「たけのこ派」が優勢だった。何せ、5名にも及んだ調査対象者(内1名は自分である)中、4名がたけのこ推しだったのだ。戦争という表現では生ぬるい、最早、大虐殺と言うべきだろう。



 つい先日の事である。

 近隣の小売業店舗のマーケティング調査――コンビニ巡りと言い換えてもいい――を行っている最中、とある店舗の菓子コーナーで、あの黄緑色を基調とした小箱がちょこんと置かれているのが目に付いた。その隣には、永遠のライバルである黄色のパッケージのお菓子も積まれている。


 たけのこ氏ときのこ氏だ。


 久しぶりにたけのこの小箱を手に取り、その軽さに驚いた。幼い頃の私の味覚とお腹を満たしてくれたお菓子は、こんなにも小さく軽い物だっただろうか。その佇まいが何だか愛しく、購入を決意する。

 レジに向かう前に、一応棚に書かれた値段を確認した私の目玉が飛び出た。


「高っか……」


 飛び出た目玉を眼窩に押し込み、しかし一度決めたことだと、清水の舞台からスカイダイブの心持ちで黄緑色の小箱と共にレジに向かう。以前はもう少し可愛い値段だったように思ったが……物価高騰の時世に軽く涙ぐむ。

 ともあれ、レジにて無事たけのこ氏を身請けし、帰宅する。

 それなりのお値段に対する期待とノスタルジーに逸る心を押さえ、コーヒーなど淹れてみる。

 コーヒーとたけのこ氏を机に運び、腰を落ち着ける。


 用意は整った。


 箱を開ける。


 中袋を破る。


 空にたけのこの甘い匂いが広がり、コーヒーの香りと交る。美しい調和だ。

 既に十分満ち足りた心で、たけのこを一つつまみ、口に放り込む。


「美味っ」


 流石のたけのこ氏。

 たけのこ本体部分である、ややもさもさとした塩味のあるクッキーと、それを包む皮に当たる、少々やぼったく思える厚めに掛けられたチョコレート。これだけ聞くと全くそそられないかもしれないが、この組み合わせが絶妙に美味しい。クッキー生地にアーモンドプードルでも含まれているのだろうか、小麦粉だけではない香ばしさも感じる。甘いチョコ部分とブラックコーヒーの相性も悪くない。つまむ指が止まらなくなった。

 そうしてたけのこ氏を半分程平らげた時、ふいに、先程見掛けた黄色い箱の面影が脳裏に浮かんだ。


「そういや、きのこ野郎を最後に食べたのはいつだったかな」


 名残り惜しくはあったが、私はたけのこの箱の蓋を閉じた。



 翌日、私はきのこ氏を入手する為に昨日のコンビニへと足を運んだ。何の為か。無論、きのこ氏とたけのこ氏を食べ比べる為である。何故そんなことをしようと思ったのかは自分でも分からない。或いは、二つ同時に食べることの叶わなかった子供時代の無念を昇華したかったのかもしれない。

 ともあれ、この日も前日と何一つ変わらぬ居ずまいで、きのこ氏は販売棚に鎮座していた。


(まあ、そうだよな。やはり、たけのこ氏程の人気者ではないのだろう。売り切れる心配は無いというものだ)


 鼻で嗤い、それから慌てて首を振った。いやいや、推しのライバルこそ、その実力を認めるべきだろう。どうも私は狭量でいけない。己を恥じる。

 ともあれ、きのこ氏の身柄を確保。レジにて保釈金を積み、自宅へ連れ帰る。


 コーヒーを淹れる。


 コーヒーときのこ氏、そして、昨日残しておいたたけのこ氏を机に運ぶ。


 きのこ氏の箱を開け、中袋を裂く。


 一つ取り出し、まじまじと眺めてみる。チョコレートのカサと、クラッカーで出来たが可愛らしい。見た目だけならたけのこと良い勝負、いや寧ろ、きのこの方がやや優勢と言っていいかもしれない。だがね、肝心なのは味ですよ、味。

 いざ、実食。頂きます。


 ………………………………………………………………あれ、美味いな?


 サクサクポリポリとしたクラッカーと、一塊になったチョコレートのコントラストが楽しい。それぞれがきちんと完成された美味しさであり、何と言うか、「元気」を感じる味と食感だ。カサと柄を同時に味わうも良し、分けて食べるも良し。これはこれで、指が止まらなくなる。

 私は焦りを覚えた。今の今迄、声高にたけのこを称え生きてきたのだ。きのこの美味しさに気付いてしまった今、もし派閥変えなどという事になれば、それは人道にもとるのではないか。誰にも言えない。知られる訳にいかない。これからは、「隠れきのこ派」として生きて行かざるを得ないかもしれないのだ。

 私は絶望的な気持ちでコーヒーに手を伸ばした。

 口中のきのこを一掃し、深呼吸する。

 恐る恐る黄緑色の箱を開け、中からたけのこを一つつまみ上げ、思い切って口に放り込んだ。


「やっぱ、たけのこだわ」


 安定の美味しさににんまりとする。派閥変えならず、両雄並び立たず。やはりたけのこは強かった。



 という訳で、思いつきで行った比較検証の結果は、たけのこへの想いが堅固なものであると自覚するに終わった。

 残念なことに、きのこたけのこが手を取りあう図は私には見えなかったが、今回の食べ比べは、両氏の美味しさに改めて気付く良い機会だったと思う。よろしければ、きのこ派の方もたけのこを食べてみて欲しい。屹度、「みんなちがってみんないい」を実感出来るのではないだろうか。

 それと、今回のMVPは間違いなくコーヒーであったことも記しておく。きのこたけのこ何方にもそっと寄り添い、程よく甘さを緩和してくれたのみならず、コーヒータイムを挟むことで、それぞれをスムーズに行き来することが出来た。どんな場面でも、調停役の果たす役割は大きいのだと実感したしだいである。


 ところで、彼等とアルコールとの相性はどうなのだろうか。試しに、残りのきのことたけのこは、ウイスキーに調停してもらうことにしよう。コーヒーに次ぐ、新たな名調停役になってくれるとありがたいのだが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この争いに終止符を 遠部右喬 @SnowChildA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ