第3話 桜
重い足取りで階段を上がっている。後もう少し、後もう少しで外の空気が吸える。
青い空が近くなる分、視界は明るくなる。徐々に、流れてくる風を感じる。が、今の彼の心は曇天だ。
「ちっ、気持ち悪いくらいの生あたたかさだぜ、まったく。」
地下の空気をかなり吸って、彼の心のフィルターはより黒くなった。地下鉄を乗る前と比べてその差は一目瞭然。
荒んだ心で、荒んだ地下鉄出入口屋根の下を抜ける。やっと外に出られた。はぁ、帰りもここ通らなきゃダメなの?だる。
ビュー!
「わっ、なんだよ!突風かよ!?」
次の瞬間彼の眼前を桜の花びらが横切った。彼はその花びらを、スローモーション映像を見ているようにゆっくりと目で追った。自然と追っていた。
微かに桜の花の匂いがした。きつくなく、それでいて優しい、ふんわりとした『花』の匂いだ。
あれ?なんでだ?花びらはとっくに通り過ぎたのに、まだいい匂いがしているぞ?優しい、あたたかい、ふんわりとした匂い。でもさっきのとは違う。懐かしい、新しい匂い。生あたたかいけど、不快じゃない。虫や、草っぽい匂いだけど、心地いい。
彼は気づいた。これが春の匂いだということに。
彼は気づいた。自分の心がひねくれていたことに。
彼は気づいた。この世界は素敵だということに。
だって、苦手だった地下鉄の上にもこんな『美しい』があるのだから。
おわり
春の感じ 星歩 一 @zisyuu
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