黄昏はただの夕暮れ

いお

二つ目

第1話

 ばからしい。


 二次元の主人公にはなりたくなかった。

 意味もないプライドだ。


 ……だからこの結果も、しょうがないと言えばしょうがない。

 学年四位を守り抜いてきた自分の順位が一つ落ちたとしても、おかしいことじゃない。

 どこかに、自分より頑張った主人公が居ただけの話だ。


「会長ー!やっぱ四位?」

「一個落ちた」

 どこからともなく飛んできた言葉に、感情をのせず答える。


 えー、なんて声が聞こえるのは想定内。

 気まずい雰囲気になるのも想定内。


 中学三年二学期期末試験。今日、初めて自分の順位が変わった。

 しかも、悪いほうに。

 ……ショックなんて受けるに値しない。

 生徒会長を引退したから、とか、受験が近くなったから、とか。

 そんな事を考えていつもより少し多めに勉強したのが間違いだったのだ。


 こんな報われるはずもない努力が、意味を成すわけがない。

 そもそも、三日前からしていた勉強を二週間前からしてみたって内容は変わらない。


 あーあ、無駄な時間だった。


「でも一位は坂井さんでしょ!」

 かわいそうに。

 甲高い女子の声に坂井さんのほうを向けば、遠慮がちに笑って頷く姿が目に入る。

「やっぱ頭良いー!ずっと一番だもんね」

 そんな期待、もう嬉しくないだろうに。


 ずっと一番でいるほど、しんどいことなんてないだろう。

 ……なったことがないから信憑性には欠けるけれど。


「会長、見て!順位!十個も上がった!」

「んぉ、十?すごいじゃん」

 順位表をもらって、席につくなりその紙を見せに来る西村。

「まーね、会長がついてるからさー!ほんと、順位上がりっぱなし。ありがと!」

 まあ、はじめに比べるとテストの点もほぼ倍。

 順位も上手く上がっている。

 うらやましい。


「でも、会長、いつもより点良かったんでしょ?順位上がるかもって言ってたじゃん」

「あー……。はは」


 合計点が過去最高より五点高かったからといって、順位が上がるとは限らない。

 そこを勝手に履き違えたのは自分だ。

 ざまぁみろ。


 報われることしか頭になかった自分は愚かだ。

 努力が報われるタイプの人間でないことくらいわかっているつもりだった。

 そして残念ながら、自分にはそれを慰めてくれるような人もいなければ、煽ってくるような奴もいない。

 我ながら、淋しい青春だ。


「まー、まだ学年末残ってるし。数学の点数もうちょっと上げたい!」

「ん、任せろ」

 今の西村の得点は四、五割。

 時間配分を工夫すれば、その得点も安定するだろう。


 努力の報われる西村のことだ。

 そのうち、自分の存在も要らなくなるんだろう。

 勉強に楽しさを見つけて、己の力で上へ這いあがれる。

 ……。



 ガラガラ、と聞き慣れた古いドアの鳴き声に、真面目な生徒会長らしく視点を定める。

 肌寒い廊下での順位表の配布を終えたのだろう。


 ……ああ、まーた有難いお話が始まる。

 その予感に、自分の世界を探す者、校庭に意識を投げた者、覚悟を決めた者。

 迷う余地もなく後者に決めて座り直す。


 別に、有難い話というだけであって、タメになるわけではない。

 でも、どうせ、生徒のお手本をしていたのなら、最後まで真面目でいたいじゃないか。


「えー、まず、今回は、全体的に、合計点も上がって、順位もね、上がった人が、多いと思うんですけど」


 前置きが長い。

 言葉と言葉の間にしっかり読点を入れる、独特な話し方に嫌気が差す。


「受験もね、近いので、引き続き、努力を怠らないように、してください。順位落ちた人はね、えー、まだまだ、頑張りが届いていないと、いうことなのでね」

 あーあー、うるさい。長い。

 典型的な話の長い校長かよ。


 "頑張りが届いていない"。

 要するに、努力に到達していない。

 ハズレの先生ではないはずだけれど、こういうところは合わないと思う。


 誰かの順位を上げるには、誰かの順位を下げなければいけない。

 誰かの努力が報われるには、誰かの報われない努力が必要。


 これはただの持論だ。

 自分の順位が下がったからそう思っただけかもしれない。

 それでも、自分なりに頑張った、その何かが認められないなんて悲しいじゃないか。

 いや、自分の場合は、まだ頑張れたはずだと言えばそれまでだけれど。


 ざまぁみれない人間だっているのだ。

 報われるのは天才、報われないのは凡人。

 それで何が悪い。

 しょうがないと認めてくれ。

 自分の努力くらい、自分で報いたいだろう。

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黄昏はただの夕暮れ いお @min0913

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