狙われる俺?




「食事しながらでいいから聞いてくれ。今から次の案件についての説明を始める」



 食堂に入って席に着いた俺たちに、先に来て既に上座のテーブル席に着いていた男がそう声をかけてきた。


 この組織のボスである白髪碧眼の男ジェラルド・ジェイク・ギーである。


 この食堂は巨大な応接間のような作りをしていて、部屋中央に十人以上が同時に腰かけられるテーブルが設置されていた。


 ボスは短手の席に座り、俺やワルターは部屋の出入口側の長手席に適当に座っている。

 他にこの場にいるのは十本指であるエイラン・シュバールという男だ。


 歳は二十二歳。銀髪碧眼で目が細く、どこか飄々ひょうひょうとしていて掴みどころがない。

 暗殺を最も得意としているメンバーでナンバー五。

 それが奴のプロフィールだ。


 俺と一緒に食堂に入ってきたレティは隣室にある厨房へと引っ込み、他の料理人やメイドたちと一緒に仕事をしている。


 十本指はその名の通り、他に六人ほど存在するが、奴等は全員仕事中と見え、今この屋敷にはいないようだ。



「それで? 今回はどんな依頼なんすか?」



 俺やワルターに対して向かい側の席に座っていたエイランが、愉快そうな笑みを浮かべて聞いた。



「あぁ。そのことなんだがな。新たに王家から指示が下り、アヘンの密売組織を潰せと厳命が下った」

「また潰しっすか? ホント、相変わらず人使いが荒いっすよねぇ。ついこの間も反政府組織をぶっ潰したばかりだって言うのに」

「仕方がなかろう。それが俺たちの仕事なのだから」



 朝食として出された生ハムと目玉焼きを口に放り込みながら、ブーブー文句を言うエイランに、ボスが肩をすくめた。

 そんな二人にワルターもクロワッサンを頬張りながら口を挟む。



「それにしても、今度はアヘンですか。確か近年、王国内でも流通量が増え続けていると言いますね」

「あぁ。原産国は南方諸国で、大航海時代以前から麻酔薬として珍重されてきたが、嗜好品として嗜む連中が多い薬物でもある」

「煙草やキセルに混ぜて吸引したり、ですね」

「そうだ。そして、あれは嗜癖性しへきせいや依存性が高いことでも知られ、社会問題になりつつある。そうした背景もあって、数年前に全面的に輸入販売が禁止になったはずなのだが、市井しせいに出回る量は減るどころか増える一方だ」

「なるほど」



 俺は頷いた。



「それで密輸密売が横行していると踏んだわけか」

「そういうことだ。しかも、これほど王国全土に広まっている以上、単なる一商人が単独、もしくは複数で動いているとは考えられない」



 ボスのあとを継ぐように、ワルターが口を挟む。



「つまり、大がかりな組織が関与している可能性もあるというわけですね」

「あぁ。大商人が一人で動いているのか、それとも甘い汁をすすろうとその他大勢の商人がバラバラに動いているだけなのか」

「――あるいは、貴族が絡んでいるのか」



 ぼそっと呟いた俺の発言に、ボスだけでなく、ワルターややる気なさげな顔をしているエイランまで一斉にこちらを見た。

 誰からともなく溜息が漏れる。



「やれやれですね。いつになったらこの国は平和になることやら」

「いっそのこと、俺たちで国滅ぼしちゃう? ウケケ」

「まぁ、平和になるならないは別として、俺たちは王国の犬だ。王家の命じるがままに仕事をするしかあるまい」



 ワルター、エイランのあとに続くように、ボスが肩をすくめながらそう締めくくった。

 と、そんなときだった。

 厨房へと続く扉が開かれ、給仕のメイド三人と一緒にレティが入ってきた。

 彼女たちはデザートの載った皿をワゴンの上に載せ、それぞれの担当へと運んでいくのだが。



「ウィル様ウィル様。ウィル様はこれがお好きですよね? うふふ。サービスしておきました♥」



 空になった皿を引き下げ、目の前に黄色いプディングを置きながら、誰にも聞こえないように耳元で甘く囁いてくるレティ。

 彼女の言う通り、確かに俺のだけ他の連中のものより一回りも二回りも大きいように感じられたのだが、


 ――ていうか、おい。


 なんで出会って一週間しか経っていないヒロインちゃんが、俺の好物を知っているんだ?


 前世でもプリンは大好物だったし、このウィルという一見、強面なイケメンも実はプリンが好物という設定にはなっていた。

 しかし、そのことを知っているのはウィル一人。つまり、弱点や嫌いなもの含めて、誰も俺の好物を知らないはずなのだ。


 それなのになぜこいつは知っている?

 しかも、サービスとか言い出したんだが?


 俺は内心冷や汗かきながら、盗み見るように右隣に立っていたレティを見つめた。

 彼女は愛らしいヒロインスマイルを見せながらも、どこか艶っぽくてうっとりとした表情を浮かべていた。


 まさか……。

 俺はそんな彼女を前に、嫌な予感がして仕方がなかった。


 まさかこいつも俺と同じ転生者で、既に俺をロックオンして攻略モードに入っているんじゃないだろうな!?


 本来は攻略対象のイケメンどもが彼女を攻略しようと手練手管てれんてくだを駆使して迫ってくるタイプの乙女ゲー。


 それなのに、ヒロインを操作している乙女なプレイヤーたち同様、狙った獲物を狩り取ろうとするかのように攻略対象――というより、俺を攻略しようと躍起になっているようにしか思えなんだけど!?


 しかも、シナリオ最序盤でこれって……。

 もしかして俺、ゲームシナリオ無視していきなり攻略されちゃうとか!?


 表面上はクールな表情を崩さないよう気をつけながらも、内心ではひたすら心の汗を流し続ける俺。


 そんな俺を見つめる愛らしいヒロインスマイルを浮かべる彼女は……青い瞳の奥に、揺らめく妖しげな炎を灯し続けるのであった。


「うっふふふ……」






~~ * ~~ * ~~


【あとがき】


本作をお読みくださり、誠にありがとうございます。

とりあえず、本作は短編なのでここで終了となります。


もし後日、時間があって続きを書く場合は。


蒼天の蛇の仕事をしながら、ゲームシナリオ無視して怪しげな行動を取り始めるヒロインちゃんとの交流。

そして、そこにゲームシナリオがどう絡むのかといったお話になります。


19世紀の英国がモデルになっている乙女ゲーなので、有名なあのネタとかも出てくるかもしれませんね。



というわけで、またお会いしましょう~。


ぺこり

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乙女ゲーの攻略対象に転生した俺。どう考えてもヒロインちゃんが俺を攻略しようと躍起になっているようにしか思えません 鳴海衣織 @szk_siroo

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