第45話

「美能さん、久しぶりに飲みに行きませんか?」

 事務所に戻ったジュンが誘う。

 陸の隣にはアンドロイドのティファがいて二人は恋人のようで相も変わらず微笑ましい。

「良いですよ。久しぶりに深く話しでもしましょうか」

 陸は案外乗り気であった。

 夕暮れが過ぎた頃、八をさす短針を確認して陸が言う。

「ティファ、今日は惠谷さんと飲みに行ってくるから、先に寝ているといいよ」

ティファがお辞儀をする。

「陸さん、飲みすぎは注意です。ですが、楽しんできてください。それではおやすみなさい」

そう言って、ティファは一人で二階の部屋へ姿を消していった。

 二人は事務所から割と近い、小さな隠れ家的居酒屋をたまたま見つけて、そこへ入ってみる事にした。

「ここってミートボール置いてますか?」

 陸が店員に聞くと、店員は「うち、ミートボールはやってないですね」と簡単に答えた。

 なので、陸はレモンサワーをチョイスして、ジュンはハイボールを、添え付けにフライドポテトとカツオのたたきを注文した。

「惠谷さん、アキハバラでの調査はどうなったんですか?」

「問題が収束した、と言えばそうですね。後は彼女らの人生を彼女らにゆだねてみるしかないです」

「無事終えることが出来たのならそれはよかったです。初の長期にわたる単独調査、潜入も含めて大変だったでしょう。今日は乾杯ですね」

 居酒屋の中で陸が小さくジョッキを掲げて言う。

店の中にいる客はジュン達のほかに、三人程が集まったグループが一組だけで、ガヤガヤとした雰囲気ではなく、寧ろ、充実した内容のある話がちらほらと聞こえてくるような感じであった。

 その静かな雰囲気の中の陸の声はそれなりに響いていて、店にいる客たちの視線は二人に注目されていた。

「カンパイ……ですわ」

 「今回の問題は、とある女子高校生が居なかったら解決できていなかったかもしれません。最初は気弱そうに見えましたが、そう考えると、その女子高生はある意味勇気がある方だったんだ、と思いますわね」

 ジュンがチョコソースに溺れかけた時、萌香が救護してくれたことをジュンは思い出しながら話をした。

「確かに、学生が探偵の潜入調査に加担するのは勇気がいりますね。で、その女子高生とは?」

「一旦、お別れをしましたわ」

 さらっと告げたようで意外と重い台詞。

「何故です?」

 陸は忘れているのだろうか?

 ジュンが補足していく。

「何故って、次はトウキョウを離れるじゃないですか、その女子高生とのお別れも寂しいのですけどね。なんにせよ、妹のように思えてしまって仕方がなかったもので」

 陸はジュンに質問をした。

「そういえば三年前にも妹の話をしていませんでしたっけ?」

「うーん、そうですね。十歳の妹がいたような……、という話でしたっけ。記憶は曖昧ですが……」

 ジュンは十分な間を取ってから言った。

「本当に妹なんていたのでしょうか……? いたような、いなかったような……。考えれば考えるほど複雑な気持ちになりますわ。可笑しいですわね」

 首を捻り、思い出そうとするが、思考を巡らせれば巡らせるほど、頭痛が酷くなるので、ジュンは顔を歪めてなんとか耐えながら答えた。

「ふうん……」

 一呼吸置く陸。

「それと、調査とは別に一つ気になったことがあるのです」

 ジュンが飲みかけのグラスを置いて真剣な眼差しで陸に訊く。

「なんですか?」

「……私は一体、どこからやって来たのですか?」

 その時もだが、ジュンは再び頭痛に襲われた。

「イタ……」

 思わず声が漏れてしまう。

「惠谷さん、あまり無理しなくても……」

「いえ、私は突き止めたいのです。私自身のことを私が知らないなんておかしいじゃないですか。陸さん教えてください」

 ジュンは頭を抱えながら激痛を堪えてまで知りたいようだ。

「日本の畳に触れた時、私は懐古趣味者であるのに今まで畳に触れてこなかったことに違和感を覚えたのです。懐古品が好きな私でしたら、もう既に骨董品屋などを巡って老舗の畳を踏んでいるはずだと考えたのですが、私の経験は初めての事でした。これってどういうことだと思いますの?」

 陸は正直、言うべきか迷ったが真剣なジュンを目の前にして話さないという訳にはいかないと思った。

「惠谷さんは……」

「私は?」

「未来からやって来たタイムトラベラーなんだと思います。と言っても信じてくれないでしょうけども。タイムマシンには恐らく一号と二号があり、惠谷さんはその二号、一度乗ると帰還することが出来ず、尚且つ記憶を失うというタイムマシンに乗って来たのでしょう。なので、惠谷さんは記憶を失っている。たとえどれだけ大切な記憶だとしても、タイムトラベルを決断したのは惠谷さん自身なのです。まあ、僕の知っていることはそれだけですよ」

「陸さんは何故タイムトラベルについて詳しく知っているのですか?」

「別に僕はタイムトラベラーでもなんでもないですけどね。ちょうど三年前ですかね。カナガワの失踪事件を調査している最中、ティファの映像の中で、僕の恋人であり未来人の彼女がその情報を語っていて、それを見ただけです」

 二人が三年前のカナガワ失踪事件について思い出してゆく。

「ここまで話してもらってとてもありがたいのですけど……うぷっ……ちょっとお手洗いへ行ってきますわね」

 思い出に浸りかけた時、ジュンが慌てて立ち上がった。

やはり、記憶の話をすると体調を崩すのか、ジュンは口を塞いで慌ててトイレへと駆け込んでいってしまった。

 一人になった陸は考えた。ジュンは協力をしてくれた女子高生の事を妹のように思っていた。

 そして、ジュンは自分の家族の存在を忘れている。

 ジュンも違和感に気が付いてきたようだが、具合が悪くなってしまうようでは仕方がない。

 ジュンには、今回協力してくれた女子高生のような、妹がいた……。

 そして、アキハバラにはびこるメイド少女らをも姉妹のように感じていて、その一心から、救いたいと自らの意思で思い、行動に出た。

 陸の勝手な仮説に過ぎないが、もしかすればこの仮説は当たっていて、事実にもなりうるのだ。

 だが、陸はトイレから戻って来たジュンにその仮説を話はしないし、ジュンがこれを知るという事は恐らく無いに等しい。

 何故なら、運命を変えることが許されていないからだ。

 タイムマシン弐号機には、未来の帰還が不可能になるという事と、過去への永住と引き換えに記憶を失うというのが設計の中に組み込まれている。

 タイムマシン弐号機が存在するという事は、壱号機ももちろん存在する。壱号機は未来へ帰還することはできるが、大きなパラドックスを起こさないため短い期間で強制帰還することとなるという仕組みだ。

 ジュンは未来より過去を選んだ。それは、懐古品が好きというだけなのか、米田に想いを馳せて忘れられなかっただけなのか。

 ジュンの記憶はまだまだ深いのだ。


 

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アキハバラの片隅 懐古趣味者のオモイ 有馬佐々 @tukishirosama

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