第44話

「お待たせ、萌香さん」

「ジュンさん、お久しぶりです」

 携帯電話を見ていた萌香がジュンに気が付いて明るい表情を見せる。

「さて、向かいましょうか」

 二人は程よく話をしながら甘味処へ歩いて行ったのだ。

 二人が暖簾をくぐると店員はそそっと出てきた。

「いらっしゃいませ、あっまた来てくれたんですねー。それでは本日はお店が空いてますので、少し特別なお席はいかがですか」

 店員は二人の事を覚えていたようだ。

二人というよりかは、恐らくジュンを覚えていたのだろう。ジュンの見た目の印象が強く、その甘味処の中でもこんな客が来た、と話題になっていたのだろう。

 それにしても去年の夏の事だ。

「是非、空いているなら」

 ジュンが言って萌香も続けて答える。

「良いですね」

 案内された席は公園の景色が見える小さな茶室であった。

「畳なんて足を付けたのはいつぶりだろう」

 萌香が呟くと、ジュンが不思議そうに話した。

「そういえば、私も畳の経験は……。懐古趣味な私ですが、何故か畳に触れたことは一度もありませんでしたわ。初めてです。こんなひんやりとしているのですね……。どうしてでしょう。日本の畳の歴史など懐古趣味者の私が興味を持たないことはないと思いますのに」

 懐古品を集めるときはいつも米田と一緒で、米田と会う前の過去の記憶がジュンは思い出せない事に気が付いていた。

 ジュンが悩みかけたところで、店員は本日のおすすめを案内しだした。

「季節はまだ涼しいですし、本日はあんみつがお勧めとなります。以前は……、夏でかき氷でしたね。いかがですか、あんみつは」

 店員はどうやらあんみつを食べてほしいようである。

「いいわね。それにしましょうか」

 ジュンが言うと、店員は小さくお辞儀をしてふすまを閉めて出ていった。

「保坂さんの開く新しいメイドカフェはうまくいきそうですか?」

「はい、営業時間も体制も以前のろりぃたいむに比べて、はるかに健全なメイドカフェになったような気がします」

「それはよかったです。萌香さんのほかの方たちもうまくやっていけるようであれば、このまま、私は次の調査へ進めそうです」

「次の調査はどこですか?」

「トウキョウから少し離れたところですわね。なので、アキハバラに残る萌香さんとはここで一旦、お別れをしないといけないですね」

 萌香は暫く黙ってしまった。

「……そうなんですね、ジュンさんとは今日でお別れになっちゃうんですね、寂しいです」

 しんみりしてしまった頃、丁度、あんみつがやってきて、萌香はそのあんみつの入った器を両手で抱え、感傷に浸る。

「食べないのですか?」

「いえ……、あの、ジュンさんにはまた逢えますか?」

 萌香は真っ直ぐな眼差しでジュンを見据える。

「逢えるかもしれませんね、その時はその時です」

 ジュンは優しく笑って見せた。

「私、ジュンさんと離れちゃったらうまくやっていけるかなぁ」

 萌香が黒蜜と粒あんを頬張りながら呟いた。

「萌香さんはもっと自信を持ってもいいと思いますのよ。正直、最初は奥手な性格なのかと思いますが、萌香さんは案外、勇気ある方だと私はわかりましたわ。クラブに潜入した時、私が一瞬ソースに飲まれそうになったことがあるでしょう。その時、萌香さんが居なかったら、私は今ここにはいなかったでしょうし、調査も失敗に終わって、探偵なんてやってられなかったでしょうね。救ってくれた萌香さんに本当に感謝しています。萌香さんと過ごした期間は短かったですが、とても楽しかったですよ」

 ジュンは萌香に感謝の意を述べた。

 萌香が遠慮がちに「そんな、とんでもないですよ」と、言うと、ジュンが再び話し出した。

「萌香さんの価値は計り知れないものなのです。自分を大切にして自信を認めてあげてくださいね。パパ活や身売りなどして自分の価値を一定の額で定めてしまうのは本当にもったいないことですよ。一度決まった額が多少なり上がったとしても、それは萌香さんの人生にとっては微々たるものでしかないのです。計り知れない価値を萌香さん含め人々すべてが持っています。そして、自分を受け入れて、どんなことがあっても、自分を否定せずにありのままの自分を受け入れてあげてください。そうして生きてもらえると私は嬉しいです。そして、そのことをリリアさんやみかこさんにも伝えてあげてください」


 短い間だったが、萌香にとってはジュンとの行動はとても楽しくて、充実した思い出となったのであった。

 甘味処を出たジュンが去り際に言う。

「萌香さんといると落ち着きましたし、楽しかったですわ。それも、私の愛する……、いやなんなのでしょう……、妹……、みたいだと感じていたのでしょうかね。会えなくなるのは寂しいですが――この辺でサヨナラです」

「あの」

 萌香が声を出して、ジュンが振り向く。

「ありがとうございました。いつかまた」

 萌香もジュンに背を向けてアキハバラのメイドカフェへ戻っていったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る