29文字目 計画


街道を外れた先の森林の奥部。

まるで予め拵えていたかのような原木の机を椅子の元へと到達した二人。


前回、失言によってレインの怨嗟心に火が灯ってしまい、彼女の圧力を前にして隠し立てすることはもはや限界と見たカレンは、胸中抱えていた計画の旨をレインに打ち明けることを決意する。


「確かにうちが今おるギルドを構えとるんは例の子爵家系や。うちが13くらいの時やったかいな…悪評も悪評、政策に口出したら極刑、金に手ェ出したら極刑、幅利かせよったら極刑、内部告発しようもんなら極刑以上の極刑…と、何するンにしても手酷ぅ切り捨てる言う人の形(なり)したバケモン一家よ。姉ちゃんの回想の経緯聞きよる辺り、うちの耳に入る相当前からえげつのぉことばっかしくさっとるらしいな」

「そうよ。わたしがああなったのも元はアイツの口車が原因だし、父と思っていた成れの果てを許すつもりはないけど、もっと許せないのはあの畜生と手を組んだことに他ならないわ」

「せやからレイン姉ちゃんは貴族嫌いの節がある思ぅて敢えて伏しとったんやけど、うちもホンマは貴族の一家系やったんよ」

「どこの貴族よ。わたしの怨嗟に関係するならいくらカレンでもそっ首叩き落とすわよ」

「うちも今覚悟しとる。叩き落としてくれてもええけど、うちにも浅ぁない因縁あんねん。その後やったらいくらでもくれたるわい」


過去に苦い思い出を受けているカレンだからこそ、レインの境遇に思うところがかなりあり、カレン本人も言った通り彼女のどちらもかの子爵に浅からぬ因縁を感じている。


かつて伯爵令嬢であった過去を持つカレンにどのような因縁があるかはこの先明らかになるとして、問題は子爵家当主と思われる人物に加えかつて父と呼んだ男との共謀を一身に受けてしまったレインの方である。

逝去当時、彼女は一見して風邪のような気怠さや発熱を患っており、程度も決して軽くなかったところにあの謀計が圧し掛かった。

当時の彼女の住まう一軒家の地下は劣悪という言葉では物足りないレベルであり、身を窶したままの彼女が長時間幽閉されれば危篤状態一直線という命の危険が明確出来る状況下を当時の共謀者は自身の欲目や目的のために利用したのだ。


防音設計がされているわけでもなかった地下の一室に彼女がいることを知っておきながら淡々と共謀者二人が事を語るに至ったのは、万が一にも彼女が生きてここを出ることはないと確信していたのだろうが、結果的に事を運んだはずの謀殺は唯一の例外によって意外な道を辿ることになるかもしれなかった。



「うちの本名は『アルカレンス・ウィル・ナイエルディア』、元伯爵令嬢で伯爵家第五子の人間や。過去悪政を布いたナイエルディア伯爵はうちの実父や」

「ナイエルディア―――そう、アンタその家系の生まれなのね」


何やら憂いを帯びるレインの目を見逃さなかったカレンだったが、事の真相に行き着く前にやることがあるとして一先ず保留にする。


「カレン、今伯爵はどうしてるの」

「………わからん」

「わからない?どういうことなのよ」

「…一年半ほど前、うちの生誕祭が派手に開かれたんや。齢16を祝う、うちの家系の定例祭典でな」



所々言葉が詰まるカレンを見ながら、当時の成り行きを静かに聞き入るレイン。

カレンは虐げられていた過去のことも話しの途中で要所要所入れつつ、かつて自身の領土を襲った【群集襲来ネ・グンネ・シュラリオーゼ】まで語った。

話が後半に移りゆくにつれ、レインの表情が徐々に強張り、最終的には恐怖感さえ内包しているかのように驚きの表情を浮かべていた。



「―――アイツ、まさかここまで腐ってたなんて…!!」


さらに彼女の感情に沸々と底から沸き立ち燃え上がりそうな怒りも含まれ始める。

レインの生前でも、エナフィオン子爵の噂といえば悪いものであるということが当たり前であったようで、事あるごとによくない噂を風と共に受けていたことをぼんやりと思い出す。


「あちこちから資金を略奪するように徴収していたって噂は山ほどあったけど、そんなことが出来るのはこの世界でもほんの一握りの存在―――」

「レイン姉ちゃんの思っとることはうちの考えとる通りなんやと思う」


カレンは一息つき、二の句を継ぐ。


「うちがおるギルドは子爵領にこそ場所を置いとるけど、実際にゃギルドお抱えの腕利きの魔法行使者のおかげで、奴らに感知されへんよう、元からそこに存在せえへん商業として動けとる。やから、領民から見よったらうちらは冒険者いう名ぁの放浪者に過ぎんっちゅーわけや。一歩間違えよったら子爵抱えの冒険者に見られとっても不思議やないから、不穏な視線を向けられるンが多いンも実情なんよ」

「そんな中でアンタよく耐えていられるわね」

「8才ン時までエライ目に遭ぅた経験がまさかこないなとこで生きよるたあ、世の中わからんモンやで」


虐げられた当時に培った図太さも、今やカレンの強みの一つである。



そこに初めからあったかのように置かれている木造の椅子に腰掛けながら、カレンは目の前の机に何枚か資料のようなものを出す。


「とりあえずや、うちらが今考えとる計画の一端だけでも知っといたらええ。それと、一つ約束してもらえんやろか」

「内容によるわ。言ってみなさい」


感情の何もかもが煮えくり返っているためか、眉間に皺をよせ厳しい表情を見せているレインはそのままカレンに目線をやる。

その先にいた【日本語】使いは、これまで見せたことのない誠実かつ切実な面持ちで視線の先を見据えていた。




「子爵家への復讐…こん計画に則って、二人でかましたろやんけ。せやから―――――」




「一人で突っ走って、一人で死にに行くな」







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あれっ、もしかして理解ってない? ~関西弁の伯爵五子は【日本語】使いの転生者~ 森羅 葉 @ShinraRings

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