28文字目 失言

さらに一夜明けた日、陽射しのよい一日が再び彼女らの体を照らす。

常時発動パッシブを【日本語】の行使によって書き換えたおかげか、今朝のレインの目覚めはカレンと同様に疲労の色をすっかり取り除かせていた。

カレンの方も消耗した体力をこの一夜の休息で問題なく回復したようで、昨日の急激な眩暈やら意識朦朧やらの症状は形を顰める。

万全の体調で、二人はあと少しの距離を再度歩み出す。



「あ~~~、今日も晴れてよかったわあ~」

「それは何よりね。体の調子も問題なさそうだわ」

「助かったわ~レイン姉ちゃん。あのまま出発しとったら早い段階で野宿やらかしとったで」

「別に、当たり前のことしただけよ。あのまま歩けだなんて今どき奴隷にも命じないわ」


普段通り他愛もない会話をしながら道中を恙なく歩いていく二人。

しかし、前日以前と比べると会話にぎくしゃくしたような堅苦しさが無くなっている。


宿を取った町並みを離れてからかなりの距離進んだようで、現時点では水平線が見えそうなほどの野原と木々の数々が広がっている。

一直線に舗装されている街道に従って歩いていれば、本日中には目的の場所へ辿り着く算段である。



「で、アンタの拠点ってざっくり言うとどんな感じよ」

「ざっくりでええのん?」

「具体的なことは着いたらわかるでしょ」

「う~ん…せやなあ…」


レインの問いかけを受けて、今自身があちこち動くための依頼請負元の町並みを改めて振り返るカレンの口から出たのは、ざっくりにも程がある回答だった。



「ええ加減?」


「は?」



聞いておいてその反応もどうかとは思ったが、あまりにも自信の想定とかけ離れた回答に、自身の意思に関係なく素っ頓狂な声が喉のセキュリティをいともたやすく突破した。

いい加減な街とはどういうことなのか。


「いい加減ってどういうことなの」

「姉ちゃん、具体的なんは着いたらわかるて言うたやん」

「そうだけど言ったけど!いい加減な街ってざっくりにも程があるでしょ!」


そう言いながらも二人の歩みはしっかりと目的地へ着実に進んでいた。

周りの風景はそんな二人を微笑ましく見ているような穏やかさを内包しているようにも感じる。


「ええ加減や言うたらええ加減なんよな…適当こいたり、あっけらかんとしとったり、お金に無頓着やったり…」

「ねえそこ治安悪くない?お金に無頓着はさすがにわたしも引くわぁ…」

「うーん……あ!ええように言うたら、寛容な街?」

「絶対街の端でスラムが出来上がってるやつだわ……」


端々で言葉に棘が付いている気もするが、カレンはそこに気付きつつも触れようといった素振りを見せる気配はない。

何やら考えがあってのことなのだろうか。


「あるかも知れんな~。何てったってエナフィオン子爵管轄の街やもんな」


その一言を聞いたレインの歩みが止まる。




「―――――カレン、今何て?」



見る見るうちに表情に憤怒の色が浮かび上がるレイン。

ハッと失言をカマしたカレンが顔に手をやり後悔する。


「え?えーと、なんやったっけな?」

「誰管轄の街ですって?」

「さ、さ~、誰やったっけ、レイン姉ちゃんの顔がおっかのうて頭からすっ飛んでもうた」

「誤魔化さないで」

「誰の管轄やったかな~、え~とな~」

「誤魔化すな」


憤怒の色が言葉のやり取りの段階を経ることに増していくのがカレン視点でなくとも火を見るより明らかだった。

言葉の圧も交わすごとに強まっていく。


「そ~、そもそもうち貴族の名前あんま知らんしな~」

「元ナイエルディア伯爵令嬢のアンタが貴族の名前忘れるなんて悪役令嬢もおっかなびっくりの低知能を露呈するわけないでしょ誤魔化してないでさっさと思い出してもう一度わたしの前で提示して見せてくれないほら早く」

「せやかて工藤~」

「前世ネタで引っ張れると思ってんのこれ以上ふざけると引っ叩くわよカレン。恩義があるから最後にもう一度普通に聞くわよ」

「いやいやええやんそんな拘らんでm」


「 い い か ら 早 く 言 え 」


もはや引っ込みの付かない事態にまで発展している。

過去辛酸を舐めさせられた思いで命を一度は落としたレインの事だ、かの血族の名前を出されたとあっては心の収まりがつかない。

その証拠に、彼女の周囲には憎悪の気配が、自然とレインの身体にまとわりつくように一層濃く渦巻き始めている。


カレンはこの状況を危険視し、もはや隠し立ては逆効果と判断、意を決してレインに胸中を打ち明ける決断をする。



「落ち着けレイン姉ちゃん!ここまで来たらうちの計画が狂ってまうから、観念して全部話したる。せやからちょい、寄り道するから今はうちの話を聞いてくれへんか」


「………アンタの計画が何なのか初めて聞いたし知ったこっちゃないけど、内容次第では能力全開で凸するから覚悟しておいてちょうだい」



そういうと二人は街道の順路を外れて早足で歩みを進め、あちら側から視認できなくなるレベルで木々生い茂る森林の奥部へと入り込み、まるで予め拵えていたかのような原木の机を椅子の元へと到達する。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る