27文字目 近くの元悪霊と遠き地の義母
何だかんだやり取りが交わされた夜だったが、彼女らが寝静まってから知らぬ間に闇のように辺りを暗さで支配していた夜の様相は次第に太陽の出現によって白みを帯び始める。
日本のような小鳥の囀りこそないが、代わりに空を飛行している鳥型の小型モンスターがやや可愛らしいと感じる程度には聞きやすい鳴き声を放っている。
その鳴き声を聞いてか、カレンは音もなく身体をむくりと起こす。
「~~~………」
何か言っているようであるが、どうやらまだ夢心地らしい。
目が覚めたとは表現できず、その証拠に起こされた身体と相反して両目が閉じられたままで表情もどこかすっきりしない。
「すぴー」
反面、レインの方は元々が夜行系大型モンスターのレイスクイーンであった反動が未だ残留しているためか、静かに寝息を立て続けており一向に起きる気配を見せない。
普段のカレンならどこからかふっといマーカーペンでも出して顔に落書きしそうな勢いを見せそうである。
外見年齢はあどけない少女の雰囲気から精々11才前後といったところなのだが、この寝姿はその雰囲気に似つかわしい少女の魅力として合致していた。
「……くぁあ~」
女性らしくない欠伸をしつつ両腕を天に突き出し背を伸ばしてようやく目を覚ましたようだ。
歩き通しだった足は未だ棒のように疲労感を覚えたまま。
肉体を取り戻したばかりのレインは自分の倍くらいの疲労を残していそうだと、ぼやぁとしたままカレンは感じた。
「そらぁ、しんどいわけやでな…」
そう呟くと、ベッドから降りて窓辺まで歩み寄り、日の光を浴びる。
改めてもう一度天に両腕を突き出して体を伸ばす。
「んふおぉー。やっぱ朝の陽射しはしみったれた体によぉ効くわぁ」
まだ距離があるとはいえ、目と鼻の先にようやく見えてきたカレンの活動拠点。
彼女はかつての領地であったナイエルディア伯爵領の領民たちの安否を、そして―――
蔑まれながらも幼少期に共に過ごした、現状では唯一であった故人ではない母のことを、気に掛けた。
「……哀愁漂う背中を見せながら気色の悪い吐息漏らすのやめてくれる」
突然の声に、カレンは身体を跳ねさせながら勢いよく後ろを振り返る。
視線の先には、ぼーっとした表情のまま目を軽くこすり、こちらに顔を向けて体を起こしていたレインの姿があった。
「ビビらさんといてぇな姉ちゃん、心臓口からスポーン行くとこやったやんか」
「逆に見てみたいけどねそんな場面」
心部を両手で抑えながら言葉を向けるも、目の覚めやらぬ夢心地の中を彷徨っている感じを見せつつレインはしれっと言葉を返す。
しかし、カレンが憎まれ口を言うレインに向けた視線は、どことなく懐かしみを帯びているようにも見える。
「おはよう、姉ちゃん」
「……おはよ」
それから半刻。
あと一歩のところまで歩みを進めてきた二人の体調は概ね良好であった。
懸念があるとすれば、レインの疲労がそこそこ残っているということくらいか。
歩みの様子を見ている分にはその気配を感じさせないのだが、当の本人は当然としても意外に察しの良いカレンはこれに何か要因があるのではないかと少し引っかかる感じを覚える。
(何でや…? 確かに歩き通しなんがでっかい要因なんやけど、それにしたってこの回復の少なさは変や…)
顔色は然程悪くは見えないが、ふぅ、とため息を吐く頻度は疲労が蓄積していた時と変わっていない。
ベッドの端に座り込み細かく息づくレインの前に、カレンは一言使う。
「レイン姉ちゃん、【ちょっと中見してもらう】で」
「えっ、ちょ、何よ急に」
いつものステータスウィンドウがカレンの前に映し出されるが、表記そのものはカレンのものではないステータスが表記されていた。
【名称:レイン】
【年齢:暫定18】
【レベル:25】
【体力値:1964/ 1964】
【魔力値:0/ 0】
【地位:【日本語】使い】
【職位:黄泉返りし者】
【状態:疲労【大】 】
【物理系:口舌術11・異世界流体術2】
【魔法系:(空欄)】
【常時発動:接客12・精神耐性20・物理耐性20・疲労回復-6】
【神の加護:日ノ本テンショウ20・創世ゼネシス20】
「………そういうことやったんか」
普段軽口を叩く彼女が『何かおかしい』と考える時は必ず『どこかしらが変』である。
この場合、レインの呼吸が疲労している時のもののまま朝を迎えていることから、さすがにその状況でこれはおかしいと思ったが故である。
では、何故今になってカレンは『何かおかしい』と引っかかったのか?
ここに来るまでの間、まともな宿を取れる場所が近隣になかったため、野宿を数回か挟んでいたのだが、当時は環境が環境ということもありそれほど気にかけなかった。
そもそもレインはあの時と比べれば地べたで寝るくらいどうって事ないと啖呵を切っていたので、強気な発言に加え悪霊化してからの肝の座り具合が太くなった関係で、カレンは彼女のことを『とても強い少女』として認識したのも要因の一つ。
そしてまともに取った宿は今回が初めてといってもいい。
しっかりと休養を取れる環境に身を置きながら満足に回復できていないのは、主にこれの仕業だったのだ。
「『疲労回復』の値がマイナスに振り切っとる…」
「……あー、それね。アンタに話した通りの、わたしの死に様が起因してるみたいね」
「よォそれで今までへーこら出来とったなあ姉ちゃん」
「…へーぜん、の間違いでしょ。誤用よそれ。わたし別におべっか使う相手なんて……」
「……」
「……はぁ、アンタがそんなしんみりした顔してるの見ると、何かわたしまで泣きそうになるわ。何でかしら」
普段の快活な姿とは打って変わって神妙な面持ちで見つめてくるカレンに、何かしら感情を抱かずにはいられない様子のレイン。
先ほどレインが形容したような『哀愁漂う』背中を見せていた彼女の瞳は、どこか憂いを含んでいるようにも見えた。
まるで、自分の妹が心配するかのような、あるいは気遣ってくれているかのような、関連性があまりないにも関わらず懐かしみさえ感じる気がした。
「そんな顔しなくてもいいでしょ、調子狂うわね。何だったら【日本語】でいじってくれてもいいのよ」
「! ええねんな?」
「…ちょ、さっきまでの哀愁はどこ行ったのアンタ、ウッキウキじゃない」
「レイン姉ちゃんの許可もろたら怖いモンなんかあらへんわ!よっしゃ、【そのパッシブ能力反転せえ】!」
「あっ」
するとカレンの前に表示していたステータスウィンドウの表記から、マイナスの記号が消失した。
【常時発動:接客12・精神耐性20・物理耐性20・疲労回復-6】
↓
【常時発動:接客12・精神耐性20・物理耐性20・疲労回復6】
つまり、この行使によってレインの疲労回復の
さすがに反映させる効力が大きすぎたのか、カレンは行使が終わると同時に足をもつれさせ体勢を崩した。
彼女の眼に映る世界が、ぐるりと大きく回る。
「ちょ、ちょ!」
体勢を崩したカレンの傍に駆け寄るレイン。
急激に相当の眩暈に襲われたカレンが焦点の合わないままレインに顔を向けて言い放つ。
「…これで、姉ちゃんの悪霊期も、バッチリ〆や」
「アンタ、なんでそこまでしてわたしの事を……」
「いやあ……うち、大事な人、手放してもーたから…」
レインがハッと表情を変えたことに気付かず、カレンは二の句を継ぐ。
「そないな思い、二度としとうないんよ」
朦朧とする意識の中、ふとあの時の言葉がカレンの脳裏を過る。
『お前たちの盾として、あたくしはホアムズと運命を共にする!!』
あれから一年半が経過した。
カレンは未だに、義母の放った言葉の数々をたまに思い出す。
昔の軋轢などとうに無くなっていると信じたい。
どこかで無事に生きていてさえくれればいい。
本心の先に見えたあの困ったような笑顔を、今度は屈託のない笑顔にしたい。
レインの過去を知ったからこそ、彼女はレイスクイーンとして浮遊していたレインに対し、無意識ながら義母の面影を見たのかもしれなかった。
「莫迦ね……ホント、莫迦」
「はは……すまん、姉ちゃん、もう一泊…してくわ」
「わたしが追加料金払ってくるから、アンタはベッドで横たわっときなさいな」
細かく息づいていたレインの呼吸は安定していた。
カレンの行使によって、早速効果が表れているようである。
その恩恵のためか、自分よりも一回り大きいカレンを一挙に抱きかかえ、彼女が一夜眠っていたベッドへと運び終わると同時にカレンの持ち物から財布を借りるように取り出した。
「……ごめん、な」
一言レインに言葉を向けたカレンは、さすがに疲労感に耐えかねたのか、そのまますうっと目を閉じ、夢の中へ意識を一時眩ませた。
レインはそれを見て、扉の方へ身体を向けて歩き出す。
「……ありがと、カレン」
誰にも聞こえない声量でボソリと呟いたレインが一室から離れると、ひと時の眠りについたカレンの口角が少し上がっていた。
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