地に足に着いた――とは、王道的な作品によく使われる表現です。
ですが意外性のある斬新な作品とは、『遠くの物』を掛け合わせることで誕生します。
『魔王』と『勇者』を掛け合わせたところで、今ではもう既視感のある作品になってしまうでしょう。
しかし『魔王』と『保育士』ではどうでしょうか?
作者様は、そのどちらもとても『遠い物』を掛け合わせ、予想の付かない斬新な物語を誕生させました。
ですが、この物語は斬新で意外性があるだけではありません。
一発芸的な、ネタに走った作品ではありません。
それはなぜか。
『保育士』の仕事とは、戦いとは、例えそれが異世界であろうとも、限りなく現実的だからです。
現実の中の現実だからです。
異世界の魔王の城という一番現実からかけ離れた場所で演じられる、一番現実的な戦い。
地に足の着いた、斬新な異世界物語。
オススメです!
【簡単なあらすじ】
ジャンル:ハイファンタジー
主人公はある日気がついたら、子供の姿で異世界の魔王城に居た。前世の記憶を取り戻したものの、この世界については無知な彼女。一緒に住んでいた少し年上の子供たちからこの世界について学んでいく。すると驚くべきことを耳にするのである。大人だけが不老不死の出界で、大人に不要とされた子供たちが幼い子供たちを育てながら、大人たちに逆襲を誓う?!
【物語の始まりは】
主人公が何故異世界にて保育士を始めたのか? その経緯から始まっていく。子供が子供の面倒を見る。しかも、ここには子供しかいないようだ。一体何があってこんなことになっているのだろうか?
【舞台や世界観、方向性】
魔王を倒した勇者の願いで、この世界に生きる”大人(成人)”は不老不死となった。しかし不老不死なのは成人だけ。子供のうちはその恩恵が受けられず、自らが望むだけ生きられる大人たちは子供を必要としなくなった。
この世界には”子供に人権がない”。
子供たちは不老不死ではなく、飢えと渇きで死ぬことはないが、食事をしないと身体の完成は遅れるらしい。
この世界では、子供にしかない”ギフト”と呼ばれる能力があるようだ。
【主人公と登場人物について】
彼らの話によると、主人公は元々話もできない子供であったが、前世の記憶を取り戻し、まるで別人のように。
主人公は、この世界ではある貴族の下働きをさせられていた8歳の子供。ある日意識を失い、気づいたら魔王城にいた。
この城へは沢山の子供がいるが、”おじい”と呼ばれる人物が連れてくるらしい。
【物語について】
本編に入ると、主人公が倒れるまでの経緯と、この世界がどんな世界なのかについて明かされていく。主人公は、前世では恐らく過労死してしまった保育士。異世界で転生し、8歳のある日まで貴族の元で下働きをさせられていた。しかしある時、意識を失い気がついたら魔王城に居たのである。それまで大人のいいなりになっていた彼女は、自分で考えることが出来なかったのかも知れない。この場所には、三人の自分の意志で動くことのできる子供たちがいたが、彼らに話しかけられても言葉を発することが出来なかったようだ。それでも、彼らの手伝いを始めた彼女に、彼らは声をかけてくれた。その上、名前のなかった主人公に名前を付けてくれた。その事がきっかけで倒れ、名前が関係したのか、前世の記憶を思い出すのである。
主人公は、彼らに自分の前世のことなどを話す。突然前世の話などをしたら、普通は信じて貰えないものだが、倒れた主人公の前後では全く言動が異なっており、その働きなどから信じる要素は沢山あった。彼らも彼女の行動には納得のようだ。そして彼らは、彼女の力があれば自分たちの夢が叶うかも知れないと言い出すのである。
かくして彼らの、大人たちへの逆襲がここに幕を開けるのであった。
【良い点(箇条書き)】
・些細なことが、本当はとても大切であるということが学べる物語。
・名前とは個体などを識別するものである。それは自分が存在していると認められているという意味でもあり、親とは子供に幸せになって欲しいと願い授けるものである。名前を持つことの大切さを改めて考えさせられた。
・日本の便利さと保育現場の過酷さが分かる。
一般家庭で、一人から三人程度の子育てを平均だと考えたら、いくらプロとは
いえ一人で、三歳児を二十人も見なければならない現場と言うのは過酷である。そもそも自分で何かをすることができないから面倒を見る必要があるのだ。一般人ならせいぜ二人で音を上げそうである。
・日本の利便さについて。これは常々思うことである。道具についてもそうだし、種類や価格、そして時短。いろんな意味で楽の出来る、そして手ごろな価格で便利なものを手に入れることのできる環境が日本だと思う。しかも丈夫なものも多い。
・主人公のギフトはまるで、れ……(ネタバレになるので略)。これは便利!
【備考(補足)】12ページ目まで拝読
【見どころ】
この作品は現代社会に対しての問題提起作品でもある。単に不老不死の世界で、その恩恵を得られない子供たちを救おう、育てるという話ではないのだ。
特に保育の環境、現場の過酷さについては痛いほど伝わって来る。経験がなければ書けない物語だと思う。世の中、働き方改革が促進され、確かに残業などが減った会社もあるかも知れないが、そもそも昭和、平成の働き方がおかしかっただけなのである。日本は賃金が低く休みが少ない上に、残業ばかりの国であった。文明が進み業務が楽になっても、未だに物流関係では人手が足りず、過酷な輸送などを行っているところも多い。
どんなに時間が短縮されようとも、人手が足りているわけではなく、場所によっては賃金の関係で人が雇えないのではなく”働き手”自体が不足している場合もあるのだ。保育の場合は資格も必要となる。
海外ではベビーシッターがいる環境が普通だったり、お手伝いさんを雇うのが普通だったりする国もあるだろう。しかし、現在の日本では待機児童がいる状況。圧倒的に、保育の為の場所と人材が不足しているといえるのではないだろうか? この物語の主人公は過労死しており、現場の過酷さを語っている。ただこれに関しては、簡単に解消されるものでもないのが現実である。
主人公達が暮らしている魔王城。この物語では社会問題を取り上げつつ、ファンタジーとして楽しめる部分も多くある。ただそれは必ずしも楽しい、明るいというものではない。不老不死は本当に幸せなのか? ということを考えさせられるのである。何故ここが魔王城と呼ばれているのか? そもそも魔王とはどんな人だったのか? 徐々に明かされていくこの世界のことやこの城の主のことなど。魅力の詰まった物語だと感じます。あなたもお手に取られてみてはいかがでしょうか? お奨めです。