私は彼女の告白練習相手

kao

第1話



「告白の練習がしたい」

 あまりにも突然だったので言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまった。

「えっと……好きな人に『好きです!』って伝える告白?」

「そう」

唯衣ゆいは好きな人いるの?」

 そう尋ねると唯衣はコクリと頷く。

 初耳だ。いつの間にそんな相手ができたんだろう?

 なんだか唯衣が遠くに行ってしまったような気がして寂しい気持ちになった。でも私は親友の幸せを願っている。だから全力で応援するつもりだ。

「練習、私が相手でいいの?」

純葉いとはがいい」

 ︎︎私のことを頼ってくれてるようで嬉しくなる。

 恋愛なんてした事がない私が役に立てるのか? と思う。でも出来る限りは協力したい。

「告白の言葉考えてきた」

唯衣は鞄から手紙を取り出す。

「それってラブレター!?その手紙を渡せばいいんじゃない」

「直接告白したいから」

「確かに私も手紙より直接告白される方が嬉しいかも」

 ︎︎そう言ってからいやいや私の話はどうでもいいでしょ……と反省するが、唯衣はいいことを聞いたとばかりに上機嫌に頷く。

「そっか。なら直接告白する」

 唯衣は手紙を開くと、

「じゃあ聞いてほしい」

 そう言って続けた。

「ずっと見ていました。あなたは煌めく星の輝き、照らしてくれる貴方」

 ︎︎……んん?

 ︎︎この告白が駄目なわけじゃない。でも唯衣らしくないなって思った。

 それに真顔な上にめっちゃ棒読みなので、違和感がすごい。言葉が頭に入ってこない。

 そして彼女の言葉はまだ続く。

「太陽のように輝く――」

「ちょっと待って」

 唯衣は首を傾げる。どうして止められたのか分かっていないようだ。とりあえず引っかかった部分を聞いてみる。

「煌めく星の輝きとかなに?」

「少女漫画を参考にした」

 どんな少女漫画を参考にしたらああなるんだ。その後に太陽の輝きとか入ってるし、輝きすぎじゃない!?……まぁ唯衣にとっては輝いてるのかもしれないけど。

 ︎︎唯衣は表情の変化がわかりにくいため、よく知らない人が見たら冗談だと思われてしまうだろう。

 ︎︎唯衣が一生懸命告白しているのに冗談で片付けられてしまうのは悲しい。だから私はつい余計なことを言ってしまう。

「そういう言葉が好きな人はいるかもしれないけど、回りくどくて分かりづらいからもうちょっとシンプルな言葉の方がいいかも」

 唯衣はじーっと私を見つめる。

「あ、ごめん……」

 ︎︎告白もしたことない奴が偉そうにアドバイスしてしまったと反省する。しかし唯衣はそんな私を見て首を振る。

「ううん、ありがと。私はこういうこと初めてでよく分からないから」

 唯衣は微笑む。彼女の表情の変化は乏しいが、だからこそ少しの変化が新鮮に感じる。

 唯衣は真剣に私の言ったことをメモっていく。それだけ本気なんだってことが伝わった。嬉しいはずなのになんだかモヤッとした気持ちも湧いてくる。

 唯衣に恋人が出来てしまったら、こんな時間も少なくなってしまうんだろう。それはなんだか嫌だなぁ。

「ねぇ、唯衣はその人のどこ好きなの?」

「う〜ん? よく分かんない」

 ︎︎唯衣は腕を組んで首を傾げている。

「分からないの!?」

「うん、だって気づいたら好きになってて、好きだなぁって気持ちが溢れて止まらなくなったんだ」

 ︎︎一緒にいたから分かる。唯衣の話す声は弾んでいて、本当に好きなんだということが伝わる。

 ︎︎そんな人いたんだ。それは私の知らない人だ。一緒にいたのに気づかなかったなんて……。

 私だって唯衣のことずっと見てたし、その人よりずっと傍にいるのに。

 ︎︎そんなモヤッとした気持ちが湧いてきて、このままではいけないと思い直す。

「練習に付き合ってくれてありがとう」

「そりゃ唯衣のためなら協力するよ!なにせ一番の親友だからね」

 ︎︎自分でそう言ってズキリと痛む。親友であることに満足していた。むしろ親友でありたいとそう思っていたのに。

 でも親友よりも近い、恋人というポジションが現れて嫉妬してる。

 ︎︎私ってこんなに心が狭い人間だったんだ……。

「好きだよ」

 唯衣がそう言った。びっくりして顔を上げると近くに唯衣の顔があった。

「どう? さっきの」

 唯衣は真剣な表情だった。私は思考停止していたが、これは告白の練習なのだとたっぷり数十秒の時間をかけて気づくことが出来た。

 び、びっくりしたぁ……告白されたのかと思った。

 さっきからドキドキと心臓がうるさい。

 私に向けられた好意じゃないってそんなの分かってる。でもあの告白が私に向けられたものだったら良かったのに……そう、思ってしまった。

「純葉……? やっぱりダメだった?」

「あ、ごめん! ちょっと考え事してて……凄く良かったよ! やっぱりシンプルな方が伝わりやすいと思う」

 言いながらさっきのドキドキが胸の痛みに変わっていることに気づく。

 ああ、これは駄目だ……もう自分を誤魔化せない。


 ――私は唯衣のことが好きなんだ。









 ︎︎それから私は毎日のように唯衣の告白練習に付き合った。

 ︎︎練習でも「好き」と言われて嬉しかった。でも同時にその言葉は私へ向けられた言葉じゃないと思ったら胸が苦しくなる。そんな日々を繰り返してるうちに、終わりは始まった時のように唐突に訪れた。

「今日、告白しようと思う」

 とうとう恐れていた時がきた。

 私は躊躇いがちに口を開く。

「あのさ、まだ告白しなくてもいいんじゃない? ほらまだその好きな人のことよく知らないでしょ?」

「大丈夫、好きな人のことよく知ってるから」

 言葉が詰まる。彼女は一度決めたら曲げることはない。

「好きな人って誰なの?」

 唯衣はは答えてくれない。彼女は困ったような顔で私を見る。

 私は言い訳ばかりを考えて。唯衣の告白を止めようとしている。

 彼女を困らせたいわけじゃなかった。私はどうして素直に応援出来ないんだろう。

 もっと早く自分の気持ちに気づいていれば……。 いや気づいたところでなんだというんだ。彼女が好きな人ができる前なら告白出来たというの? 答えは否、だ。そもそも唯衣が好きなのは私ではないのだから、この恋は実ることはない。だからせめてこの恋は隠し通そう。

 ︎︎私は感情を押し込め、笑顔を作る。

「告白、頑張ってね」

 声が震えないように頑張った。気を抜くと泣きそうで、拳を握りしめる。

「じゃあ本番の告白する」

「うん」

 ︎︎私は頷いて、唯衣は背中を向ける。

 唯衣から視線が外れた瞬間、必死に抑え込んでいた感情が溢れ出した。涙がこぼれる。

 ︎︎唯衣の告白が成功しなければいいなんて少しでも思ってしまった。もしも告白が失敗しても唯衣が私を好きになることはない。それに失敗したら唯衣が悲しむだけなのに。最低だ。

 ︎︎私の恋は叶わない。でも唯衣の恋は叶ってくれ、と願う。そしたらきっとこの恋を諦められる。

 ︎︎唯衣は出口近くまで歩いて行くと――

 教室から出ていくことなくくるっと振り返った。

「え?」

 ︎︎振り返ると思わなかったので、思わず声が出る。今顔を見られたらまずい。何とか誤魔化そうと口を開こうとした……が、先に口を開いたのは唯衣だった。


「好き。私と付き合ってください」


 唯衣は告白をした。え?告白??

 まさか練習の続き? 最後に練習を? でも彼女は本番と言った。これは本番? いやそんなはずない。

 どういうことか分からず、呆然と唯衣を眺めている。あまりの驚きに涙は引っ込んでいた。

 唯衣も唯衣で私の顔を見て戸惑ってるし。

「純葉?泣いて……?」

 私がどうして泣いているのか分からず驚いているようだ。唯衣からしたら振り返ったら私が泣いてたので、疑問に思うは当然だ。

 ︎︎でも唯衣以上に驚いてるのは私の方だし、色々聞きたいのは私の方だ。

「これって告白本番……だよね?」

「うん」

「好きな人って私?」

「うん」

 あまりもあっさり唯衣が言うものだから呆気に取られた。そして色々考えて、ぐるぐる考えて……最初に出てきた言葉は……。

「告白の練習って本人相手にするものじゃないからね!?」

「失敗したくなかったけど、練習でも……以外の人に告白したくなかったから」

 唯衣らしいなぁと思う。

 私ばかりが振り回されていて、でもそんな彼女を好きになったんだから仕方ない。

 ︎︎驚いたし色々言いたいことはあるけど、さっきまでの胸にあったモヤモヤは無くなっていた。

 ︎︎言いたいことは山ほどある(主に文句)……が、何よりも先に言わないといけないことがあった。

 ︎︎私は唯衣がそうしてくれたように真っ直ぐ彼女を見つめた。そして息を大きく吸い込み、気持ちを伝える。


「私も唯衣のこと好きだよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私は彼女の告白練習相手 kao @kao1423

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ